無宿の稼ぎ

神宮 雅

第1話


 めし屋に八百屋に呉服屋に。店々が立ち並ぶ表通りは、今日も股引を履いた尻からげの男達が歩き、木の強そうな女が店の品々に睨みを利かせる。

 間口の狭い蕎麦屋の前には、縁台に座る男が片膝に胡座を掻きながら蕎麦を啜っていた。油が染みた総髪は乱れ、口元には無精髭を生やし、薄汚い褌を見せながら、晴天であるにも拘らず下駄を足先で垂らす姿は、流れ者の無宿其の者。

 食い逃げを心配する店先の看板娘は、可愛らしい笑みの裏で男を監視していた。それ以上に、向かいの桶屋の長男坊が格好良い所を魅せようと鼻を膨らませていた。

 が、その心配事は杞憂と終わり、男は腹巻から巾着を取り出すと四文銭を三枚取り出し、器と共に縁台に置いて立ち上がった。

 看板娘は普段通り礼を述べ、その姿に桶屋の長男坊は見惚れながら、その場から離れる男に舌を鳴らす。そこへ、除夜の鐘を突く撞木の如き親父の鉄拳が振りかぶられ、鈍い音を鳴らした。

 硬く乾いた地面は下駄の音を響かせ、その音を、空気を運ぶ大八車が掻き消した。

 男は大八車を引く男に言った。

「そこの男、俺を運ばぬか?空気を運ぶより儲かるぞ。二百文でどうだ」

 その言葉に、大八車を引いた男は鼻で笑った。

「あんた、こんなもんに乗ったらケツが二つに割れるぞ」

 男は大八車の男よりも大きな声で高笑いをする。

「生まれた時から二つに割れておるわ!いや、更に割れれば、見世物小屋で大儲け出来るかも知れぬな。そうすれば、お主は尻を四つに割ってみせた天才として稼げるぞ?」

 男の言葉に腹を抱えて笑う大八車の男は、参ったと一言申すと大八車に男が座る事を許した。

「二百文なら半里でいいか?」

「駕籠者は二人に対し、お主は一人。儲けがあるだけ良いだろう?」

 大八車の男は僅かに眉を顰めるが、金には変えられぬと男の要求を呑んだ。

 そして、一里程走った大八車は男を下ろすと、代金をほくほく顔で受け取った。

「確かに。それにしても、一文無しな外見のあんたがこんな事で金を使うなんてな。何で稼いでいるんだ?」

「そんな事より、お主の言う通り尻が二つに割れてしもうたわ。それはもう深く彫られておる」

 それを聞いた大八車の男は、冗談だろうと言いながらも、抑えきれない興奮を露わにした。

「嘘だとわかっておるが、どれ、見てやろう。本当に割れていれば、このまま見世物小屋まで運んでやろう」

「いやいや、見世物小屋で売る商品であるぞ?そう易々と見せられぬ。……そうだな。尻を見せ、更にお主が気にしておる儂の儲けを教えてやろう。一朱と一五〇文でどうだ?」

 大八車の男は少しばかり悩んだが、男から受け取った二百文を見て頷いた。

「良いだろう。たった二百文で儲け話が聞けるんだ」

 男は四〇〇文を受け取ると、呉服を捲ると褌を食い込ませ、大八車の男に自身の尻を見せた。

 その尻は、二つにしか割れていなかった。

「これが儂の儲け方だ」

 そう言うと、男は次の町へ走って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無宿の稼ぎ 神宮 雅 @miyabi-jingu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ