第10話 From the New Life(6)
「なんだよ、ボロっちいな……」
ジラートの言葉に内心は同意しながら、しかしあえて言葉にするのはためらわれた。
なにせ、そのボロい船を管理している役人が目の前にいて、こちらを睨んでいるからだ。
実際に輸送船を使っての実習だが、思いのほか多人数となった。
俺たちがシミュレーターで実技の試験を受けた店の他に、同じような店が2つあるということなので単純に3倍は見ていたのだが、この狭いコックピットにすし酢目になっているのは10人を超えている。
内訳は操縦免許の実習をするのが5人、試験官をする役所の人が2人、そして船外作業の実習者が6人だった。
船外作業は極端な話、周囲に何もいないような宇宙空間なら勝手にやっても構わない。
当然事故でけがをしたり死んだりしても自己責任だが、それで他に迷惑をかけるわけでもないからだ。
問題は、コロニーやビーコンの管制宙域、他船と接触の可能性がある場合などで、こちらは事故が他者に迷惑をかけるから、免許を必要とする。
そして、免許が職業を得るための手段だとすると、船外活動の免許はかなり就職先が多い。
コロニーの荷役作業員、船団の貨物作業員、コロニーや宇宙船、ビーコンの整備を外から行う場合などに多くの人員が必要なのだ。
そんなわけで、俺たちはボロい船で出航、航行、停泊ののち船外作業実習、帰航を1サイクルとして何度か繰り返すことになっていた。
「ふんっ、加速が遅い」
「確認不足だ。死角に他船がいたらどうする?」
「そんな操作だと荷物が崩れる。やりなおし」
試験官は厳しかった。
単なるいやがらせ(も混じってるのかもしれないが)ではないことは、確かに指摘されている内容が納得できるものだからだ。
とはいえ、今指摘されているのは他の組だ。
俺たちは操縦席の後ろで立ってその様子を見学している。
今回の試験は、中型輸送船免許を一から取る4人、そして中型旅客船免許持ちで中型輸送船の免許を追加で取る1人であった。
ベテランは、さすがに後ろで見ていても安心していて技量の高さがわかった。
試験官も特に口を出さずに、滞りなく終了した。
それから俺たちの番になったのだが、ここで試験官の厳しい指摘が飛んでいた。
「なんか……俺、自身がなくなってきた……」
ジラートがこぼす。
「ま、まあ頑張ろう」
俺もちょっと自信がなくなってきた。
「次、ラズ・トラハリスに交代だ」
「は、はい」
ああ、だめだなあ。
昔は俺より体のでかい相手っていうのは、そうはいなかった。
今の目線で目の前の試験官の角度だと、とある大男の上官を思い出して、つい背筋が伸びてしまう。
――あいつは怖かったからなあ……
身長は2mを越え、標準種族の中でも最大の体格だったろう。
基本、ガンボート部隊は放置放任が基本だったが、その中で一人口うるさかったのを覚えている。
俺が目をつけられたのは、規律ではなく仲間の葬式を無断で欠席した時だった。
――仲間を悼めねえ奴は誰からも悼んでもらえねえぞ!
余計なお世話だと思った。
上官だったし、余計な摩擦は嫌だった俺は、それからなるべく彼を避けるようにしていた。
今、この試験官の頭上から降りてくる声に、その時のことを思い出して委縮してしまった。
そんな内心の動揺をごまかすように、俺は操縦席に急いだ。
「出航シーケンス、開始します」
まずは、コロニーの重要情報の確認――コロニー全体、貨物港、中型貨物3号埠頭……よし、問題ない。
「安全情報を確認、続いて両隣の状態を確認、出航準備状態に無いことを確認……」
「減点」
「えっ……?」
「想定は一般コロニーだから、上下方向の確認が抜けている」
しまった。
ここは小規模コロニーだから、宇宙港は一列になっている。
しかし、一般的なコロニーは発着が多いので多列構成で、その場合は上下方向にも他船が存在するのだ。
いくら現実には居ないとはいえ、試験のための実習なのだから、言い訳はできない。
「最初からやり直しだな。そのまま行けるか?」
「はいっ」
背筋に冷や汗が流れ落ちるのがわかる。
俺は、つい癖でこぶしを作り、右のこめかみに打ち付ける。
――やべえ
つい、やってしまった。
これはヘルメットを被っている時の動作だ。
かつて俺がガンボート乗りだった時の切り替え方だ。
ヘルメットをかぶっていない今やるのはちょっとおかしい。
冷や汗の量が増えたのを感じる。
だが、結果としてはこれが功を奏したのかもしれない。
テンパってそのままのような性格をしていたら、今頃俺は宇宙の塵だ。
どうしようもなくなったときは開き直る。
それが自然に出来ることが俺の生命線だった。
結局、やり直しはうまくいった。
操縦桿を握っての船の操作は、試験官も「ほう」と口にするほどうまくいった。
落ち着きさえすれば軍歴20年の経験が生かせる。
「よし、では交代」
俺は、ふらつく足で操縦席から離れる。
無重力でふわふわ浮かびながら、操縦席の後方に位置し、持ち手につかまり体を固定する。
「ふぅ……」
思わずため息が出る。
気が付くと額に汗がへばりついている。
俺はそれをぬぐい、前方に視線を向ける。
次はジラートだ。
「軍上がりか?」
いきなり小さい声で話しかけられた。
「ええ」
「そうか……それにしては見た目が……」
「はは、若作りが趣味なんで……」
「そういうのもいるのか……」
一人だけいたベテランの受験者にはさっきのしぐさがばれていたようだ。
民間船ではよほどのことがない限り操縦手がヘルメットを着用することはない。
軍の場合はガンボートに限らず輸送船から戦艦にいたるまで、ヘルメットを被って操縦することは多い。
そして、俺が見せた操縦の腕は、その推測を補強したのだろう。
今はごまかしたが、今後のことを考えるとまずいかもしれない。
いくら見た目や年齢が違っていても、ひょんなことから過去の自分に結び付けられる可能性がある。
一応、俺は戦死したことになっているが、別の見方をすれば逃亡していることにもなる。
もちろん、事情を考えれば俺にやましいことは無いのだが、それをすべて憲兵隊に信じてもらい、そのうえで正当な扱いを受けるという保証が無い。
俺は本当に殺されそうになったのか?
あの謎の人形型義体は何なのか?
将来仮にかつての友人に名乗り出ることはあったとしても、軍に名乗り出るつもりは無い。
それをする程には、俺は軍を、そしてアルカティス共和国を信じられなかった。
俺は心配ごとを抱えたまま、宿に帰ることになった。
「いやあ、ばれるかと思って焦ったよ」
「それじゃあ、用心の第一歩として、私のことを『おねえちゃん』って呼んで」
『リリーさんだけずるいっす』
そんな会話を交わすことを予測して、ちょっとうんざりした気分であったのは確かだ。
だが……
「なんで……」
その部屋は荒らされていて、リリーの姿はなく、ルフの義体は手足をちぎられて火花を飛ばしながら横たわっていた。
From the New Life『新生活より』
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# From the New World
『新世界より』
ご存じ、ドボルザークの曲で、アメリカ移民がもう戻れない故郷を懐かしむ曲らしいです。
過去に戻れない、しかし過去とは切り離そうとしても切り離せないものです。
義姉(あね)の手を取り宙空(そら)を駆け、虚妹(いもうと)と一緒に電海(うみ)を行く 春池 カイト @haruike
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