第9話 From the New Life(5)


「やっぱり、不便っすよ……」


 そんなことをのは、何を隠そうルフだ。

 のために、義体が必要になったのだ。


 ルフが義体として選んだのは、少女型のものだった。

 ちょうど、安く売られていたのだが、値段の分、あまり精巧なつくりではない。

 

 肌は金属質だし表情を変える機能も無い、ワンピースを着た少女としての造形がなされているだけのいわゆるロボット的姿をしている。

 身長は130cmぐらいで、力も弱い。

 先ほどから不便といっているのは動きにくいということだ。

 なお、当然本人は前の転化体と同じように男性義体を望んだが、値段という障害の前に屈していた。

 宇宙船を買うという目的のためには他はなるべく節約したい。

 

 そりゃあ自由自在に動き回れるS体と比べれば、義体は制限も多くて不便なのだろう。


「でも、ずっと転化してただろう? それに比べたらマシじゃないか?」

「いや~、一度Sに戻ると慣れちゃったんすよね~」

「数日のことじゃないか、堕落するには速すぎるだろう?」


 数日――俺たちが『ダンテ』に到着し、次の日に連合の事務所に出向き、それから数日のことを思い返す。


 宇宙船は見つかった。

 船歴50年程度、まだ中古船としても古いが、スクラップと呼ばれる程ではない。

 中型の輸送船で、四角い船首部分に操縦席や居住スペース、動力部が集中している。

 船首部分から四方に張り出したメインスラスタ―が、それなりの速力を保証するが、全部に集中しているために方向転換や加減速は鈍い。

 スラスタ―が四方に張り出しているというのは、後部に直列にコンテナを長く連ねる輸送船構造だからだ。宇宙標準コンテナを2列2段で、速力や機動性の許す限りつなげていくことができる。

 問題は船首部分が検討中に話が出た小型艇程度しかないことなのだが、それに関してはいささかずるい解決方法があった。


 ともかく、条件に合う船が見つかったが、それが『ダンテ』にあるなどという幸運は無かった。

 そのため、現物があるコロニーに移動する必要が出てきたのだった。


 そのために、旅客船を予約し、移動のためにいろいろの準備をしていたのだった。


 さて、この宇宙における絶対に近い制限とはなんだろうか?


 もちろん、生存環境をそろえるのが難しいということが思い出されるだろうが、それはコロニーが惑星とさほど変わらず快適な居住環境を実現するという点で克服されうる。

 もちろん費用はかかるのだが……


 それより絶対的なものとは光速の制限だ。

 

 物理法則では光速を超えることはできない。

 現に、俺たちが戦場から『ダンテ』を選んでやってきたのは、光速を超えることなしに移動できる場所の候補が少なかったという理由からだ。

 他の候補は共和国だったので選択肢が無かったのだ。


 特殊な手段を使わなければ俺たちは光速を超えて移動することができない。

 すなわち数光年以上離れた星系を移動するのには特殊な手段を用いる必要がある。


 そしてそれは、シリコノイドにとっても同じことだ。

 汎銀規格の情報機器やネットワークでも、光速を超えることができない。

 ローカルネットに接続したルフは、『ダンテ』内ではどこでも瞬時に移動することができるが、これから行く星系への移動は簡単ではない。


 情報ネットワーク上の特殊な手段を利用して、S体のまま移動する方法が無いわけではないが……


『それはかなりコストと時間がかかるっす』


 とのことだったので、素直に義体に移動して旅客便での移動を行うことにしたのだった。

 なお、客船にはS体を保持するためだけの、『脳缶』と揶揄される設備もあり、そちらは料金が格安なのだが、『あれは人権蹂躙っす』と苦情が出たのでやめた。

 義体1つ分の旅費ぐらいの費用は問題ない

「それでしばらくやっていくつもりなの?」

「ダメっす、こんな体じゃリリーさんに対抗できないっす」


 ルフは、ちょっと彼女には高めの椅子によじ登って、深く腰掛けると全身からの力を抜いた。


『やっぱりこっちのほうがいいっす』


 卓上のタブレットに移動したルフは、そのようにこぼす。

 義体とローカルネットの行き来は一瞬だ。

 現在タブレットを介してコミュニケーションを取っているが、本体は『ダンテ』のローカルネット上に存在している。

 本体全てを移し替えるには、義体、受肉用人体、転化体、あるいは旅客船の『脳缶』などが必要だ。

 情報端末でそこまでの容量を持ったものは無い。


「じゃあ、俺は出かける」

「いってらっしゃい」

『頑張ってきてくださいっす』


 前の宿とは違い、ちゃんとベッドが2つある少しマシな部屋を、俺は一人で後にする。


 宇宙船を買ったのでは無いのか?

 早く引き取りに行かなくていいのか?


 ところが、ここで一つ問題が発生した。


 免許が無いのだ。


 宇宙船を運航するには4、いや実質3つの免許が必要になる。

 すなわち、通常航行免許、惑星往還免許、コロニー発着免許、フォールド航行免許だ。

 このうち、コロニー発着は自動化されているので、簡単な法規の試験で手に入る。

 実際、オンラインで申請、受験、発行まで2時間で終わった。

 ということで残りの3つなのだが、これらはシミュレーションによる実技が必須で、通常航行免許は実際の宇宙船での実習が必要になる。

 これらはオンラインではどうしようもないので、こちらから出向く必要がある。


 とはいえ俺は楽観視している。

 使えない身分のものではあるが、軍にいた頃の経験があり、実際に軍内部の免許は持っている。

 20年もやっていれば、ガンボートだけではなく、艦隊内の輸送や、地上への物資の輸送を任務で請け負うこともあり、免許は使えないが経験は使って問題ない。


 フォールドだけは未経験だが、こちらも操船というよりは手順をなぞることが中心らしい。



「よし、問題ない……しかし、その年で一発合格とは驚いた」

「はは、ありがとうございます。実は親の船で練習してたんですよ」

「そうだろうなあ、未経験じゃそこまで動かせねえよ」


 免許取得のための施設は公的なものではない。

 もちろん、公的資格を発給するわけだからそれなりに統制されているのだろうが、基本的には民間の店舗で行われている。

 『ダンテ』は大きくないので、免許取得の店は3箇所しか存在しないし、この店にはシミュレーターも3機しかおいていなかったが、これで間に合っているようだ。


 現在、この施設の店員と俺、そしてもう一つのシミュレーターにも免許取得を目指した若者が入っている。

 

 俺は、当然のことながら操縦に問題はない。

 中型の免許は小型艇や小型船と違って未経験で取れるようなものではないのだが、それは操船が難しいからだ。

 実際、俺は順調に過程をクリアしているが、店内のモニタに出ている他の二人は苦労しているようだ。


 ああ……そんなに急に減速したら……


 いまシミュレーションの一つの画面が赤く点滅している。

 事故を起こしたとシミュレーションプログラムに判定されたのだった。


 中型輸送船は急な加減速が厳禁だ。

 構造に違いはあれど、小さい本体で多くの重量物を運ぶという構造になっているので、急な加減速では接続部が破損したり、コンテナ内で荷物がつぶれたりする。


「ああっ、やってられるか!」


 突然そんな声が聞こえて、俺はびっくりして飛び上がる。

 比喩ではなく、低重力区画なので急に動くと浮かび上がってしまうのだ。


「おいおい、そんな短気なことじゃフォールド免許とかどうするんだよ? あれは面倒だぞ?」

「けっ、そんなんだったら免許はやめた」


 シミュレーターから飛び出してきたのは、若い男だ。

 もちろん見た目が若いからといって実際の年齢が若いとは限らないが、言動や動作からすると実際の年齢も10代と思って問題ないように思う。


「休憩でもして機嫌直せよ、お前より小さいこの子だって出来てるんだ。落ち着けば大丈夫さ」


 ダシにされたのは俺だが、実際に客観的には10代半ばぐらいの見た目だろうか……

 もちろん実際の中身は35歳のおっさんなのだが、残念なことに見た目も身分証明書上も15歳ということになっている。


「お前みたいなガキがいっちょ前に免許取ってどうするんだよ?」


 おっと、こっちにとばっちりが来たようだ。


「ああ、父が急死して、中型輸送船を残したんで、急いで免許を取る必要があるんですよ」

「……わりぃ」


 もちろん、免許取得の間だけの作り話だが、目の前の若い男は、まずいことを聞いてしまったと思ったのか、素直に謝った。


「俺はジラート、これから商売で一旗あげようと思っている。よろしくな」

「ラズです。よろしくお願いします」


 見た目を考慮して、丁寧な言葉遣いを心がける。


 ジラートは、店内の自販機でジュースを買って渡してくれる。

 俺も、いったん休憩と思っていたのでありがたく受け取り、シミュレーター待機用のベンチに座る。

 ジラートも隣に腰を下ろした。


 話してみると、彼はこのコロニーで生まれ育ったそうだ。

 父母は病院を経営していて、跡を継ぐことを求められたのに反発して宇宙船乗りを志したらしい。


「もったいない……と思うけど……そういうことじゃ無いんだよね?」

「ああ、安定なんてくそくらえだ!」


 自分自身も、過去にハイリスクハイリターンな職業選択をしたので、その気持ちを否定することはできない。

 とはいえ、俺の場合はものすごく低レベルな安定なのだが……廃品回収やどぶさらいなんてその日暮らしの低収入だからな。


 俺のほうのストーリーはさっき言ったことに尽きる。

 中型輸送船の免許を一揃い手に入れる動機としては、それがぴったりだったのだ。


「そうか、じゃあ合格してもお別れなんだな」

「でもまあこのあたりの星系で仕事をしていたらそれなりに出会うこともあるでしょう?」

「それもそうか」


 それからは順調だった。落ち着きを取り戻したジラートも、問題なくシミュレーションの課題をこなしていった。

 もともと、よほどのことがなければ1日2日で取得できる免許なのだから、当たり前かもしれない。


「それじゃ、二人とも、明日1100ここ集合で」

「はい」「わかった」


 その結果、シミュレーションに関しては全部合格をもらい、残るは実機の操縦実習だ。

 実習に関してだけは公的機関が音頭を取って行われる。

 そのため、随時というわけにはいかず、そのために明日まで待たないといけないのだ。


 俺は、ジラートと別れて宿に戻る。

 ちなみに彼はコロニー外周側の重力が高いエリアに自宅があるそうだ。


 金持ちめ。

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