第8話 From the New Life(4)

「いやあ、まさか希少種族の方に会えるなんて……感激です」

「はは、そういっていただけると光栄ですわ」


 担当の人は、いかにも場末の商店の店主といった、さえないおっさんだった。

 正直、あのジャンク屋のおっさんと、どっちが連合の職員ですか? と町行く人に聞いたら、ジャンク屋のおっさんのほうに票が集まりそうなぐらい役人に見えない。


 だが、ありがたいことにひたすら人が良く、しかもドラゴン種族に憧れを持っているのか、こちらの言い分を疑うことすらなく、助けになってくれた。


 長引いた3時間の面会の結果、俺は正式な、構造再現不可ドラゴン種族であり、希少種族存続保護法に基づく特別保護対象者として連合にIDが登録されることになった。


 なお、連合のIDを持つというのは当たり前のことではない。

 所属各国の国民一人一人にIDなど与えていては、管理がとんでもなく大変であり、何かしらの重要な人物、広域手配犯罪者、連合職員などでなければ割り当てられることが無い。

 ドラゴン種族の場合は各々の種族ごとに方針が違い、種族全員がIDを持つ場合もあれば、一部の公的立場の人間のみが重要人物としてIDを持つ場合もある。

 アラサムリスの場合は、後者であったらしく、リリーも今回初めてID割り当てとなった。


 ともかく、そんなわけで俺、ラズ・トラハリスはリリーリル・トラハリスの弟としての身分を手に入れたのだ。

 もはやラザルスと呼ぶものもいない。

 そしてかつての俺をラズと呼んでいたのも孤児院の仲間と同行している二人ぐらいなのだから、過去の俺と紐付けられることもない。


 生まれてこの方、使い続けてきた名前と別れることになるのはちょっと寂しかったが、そんなことはもう一つ得られたものの喜びで帳消しになった。


『結構大きい額っすね……』

「ああ……俺もびっくりしている」

「……実は私もなのよね……」


 面会後、適当に相談できる場所を、と入った料理店の個室で、俺たち三人の感想は一致していた。

 

 その対象は、テーブルの真ん中の端末に表示させた明細の内容だ。


「毎月の年金はまあ……妥当な額よね」


 ヒヤヤッコにテリヤキソースをかけて食べながらリリーが指摘する。

 質素な暮らしをすれば、働かなくても生きていけそうな額が妥当かどうかと言われれば、多いかなとも思うが、もろもろの身体的事情がある種族もいるだろう。

 たまたま費用があまりかからない種族である俺やリリーの事情だけで判断するのは早計だ。


『でも一時金がちょっとびっくりする額っすよね』


 端末の画面内でカッパエビ煎餅をかじりながらルフがため息をつく。

 オンラインのシリ種族は、自分の演算力でなんでも具現化できる。

 彼が座っているソファや、食べているもの、さらには身に着けている服にいたるまでがルフ自身の演算能力で生み出されたもので、その意味で生活に費用が一切かからないのがシリ種族の利点だ。

 だから全く貨幣について無頓着な奴がシリ種族には多いそうだ。

 ちなみに、彼の食べているカッパエビ煎餅とは、こちらでも一般的なお菓子で、このコロニーでもいたるところで売っているはずだ。

 たしか、カッパとエビの中間みたいな生物であるカッパエビの身をすりつぶして煎餅状に整形して焼き上げたものだ。類似品にサルカニ煎餅というのがあって、こちらはサルとカニの中間の生物であるサルカニが原材料だ。


「まあ、でも大半が見舞金だからな……」


 俺が口にしているのは、テンプラの盛り合わせだ。

 好物のアイスクリームのテンプラに合成メープルシロップをかけて食べている。うむ、やはりうまい。

 孤児院ではこのような高級品は口にすることができず、軍に入って最初の給料で食べて、こんなにうまいものがこの世にあるのかと驚いたことが思い出される。


「気にしなくていいわよ……」

「いいのか?」

「うん。だってもうラズにとっても同族じゃない」


 見舞金、つまり犠牲になったアラサムリス種族の皆の家族や親戚が受け取る金額が、全て俺たちに回ってきているということになる。

 爆発があった時点での一族の総数は285人。

 一種族の構成員の数としては少ないように思うが、聞いてみるとドラゴン種族はどこもこんなものらしい。

 それならば一か所で集まって住んでいる理由も少し納得できる。

 要は、長寿な一族の20家族ほどがまとまって助け合いながら暮らしていたということなのだ。


「俺は……面識無いからな。後でみんなのこといろいろ話してくれるか?」

「……うん……わかった」

『で、このお金をどうするかっすね』


 俺は、考えをまとめるためにミソオシルコを一口すする。

 ミソの風味がオシルコの甘さと調和して落ち着く味だ。


「3人がそれぞれ問題を持っている。その中で緊急性が一番高いのは、ルフだろう。その次がリリー、俺の件は余裕があったら程度でいい」

「いいの?」

「ああ、姿が変わったし、過去の口座や身分証明にこだわる必要もなくなったからな。昔の俺と距離をとっていれば改めて狙われることなんて無いはずだ」

「……本当に、それでいいのね?」


 リリーが念押ししてくる。

 俺は即答しようとしてできなかった。


 もちろん、身分や貯金などに関わる気はない。

 だが、それ以外は?

 例えばこれまで生きてきた経験、あるいは人間関係……それらを完全に切り捨てていいのだろうか?


 人間関係は……少なくとも軍に入って以降のことは問題ない。

 あえて仲間や親しい人を作らないようにと注意してきたこともあり、親しいといえるのはルフぐらいのものだ。

 それ以前は……孤児院での親しい友人の中で、今生き延びているのはジェイクとハント、あとエドぐらいだろうか……

 彼らはそれぞれ別の未開惑星で開拓の仕事をしている。

 日々がモンスターともいえる危険生物との殺し合いだそうで、メッセージに添付して送られてきた画像データによると、かなりワイルドな生活を送っているようだった。


 そうか、あいつらとも会えなくなるのか……


 軍を退役したら一度会いに行こうと思っていたが、それも無理だ。

 今の見た目で会いに行っても騒動になるだけだろうし、記録上はラザルス・カタンは死亡ということであいつらにも伝わっているだろう。


 少しは悲しんでくれるだろうか……


 考え込んでいると、ふと手に暖かいものが触れるのに気づく。


「リリー……」


 いつの間にか隣にいた彼女が、俺の手を握っていた。


「やっぱり、ちゃんと問題を解決したほうがいいわ。私と違ってあなたの友達はまだ生きているんでしょう?」


 彼女は、自分も打ちひしがれているだろうに、俺を心配してそのように言ってくれたのだ。

 

 俺は……しばし呆けるように彼女の顔を見上げ、そして彼女の手を握り返した。


「ありがとう……そうするよ。だけど、優先順位は変えない。一がルフでその次がリリーだ」

「……ええ、そうしましょ」


 俺はリリーと目を合わせ……そして……


『むきー、二日連続リリーさんには貸さないっすからね!』


 ルフの声で俺とリリーは我に返る。


「そ、そんなんじゃねえよ」

『……ごまかしたっすね』


 なんとか追及するルフをなだめ、話を本筋に戻す。


「宇宙船を買おうと思う」

『いいっすね。せっかくだから速いのがいいっす』

「足りるの? それと動かせるの?」


 金持ちが個人で買う最も高価なものといえば、プライベートコロニーだろう。

 小型の、数千人規模のものを所有している金持ちや貴族の話は聞いたことがある。

 余計なことだと思うが、ギャングや闇組織がひそかにプライベートのコロニーを所有しているという話がもある。


 宇宙船を買うというのは、コロニーに比べればハードルが低いが、それでも一般庶民には難しいことだ。

 富裕層が買う豪華クルーザーや企業が買う大型の移動支社ほどでは無くても、一般人だと2、3人乗りの小型艇、それこそ俺が乗っていたガンボートから砲を取り外しただけのような者がせいぜいだろう。

 座席以外に居住スペースがある居住船は、かなりの高給取りや儲けている自営業者で無ければ手が出ないし、方向性は違うが貨物を大量に運べる輸送船などは、もちろん業務に使うのだろうが、さらに高価だ。


 市場に出ている宇宙船でいえば、高いほうから超大型船、豪華クルーザー、大型旅客船、大型輸送船、中型客船、中型輸送船、家族用居住船、小型輸送船、小型艇という順になるだろう。


 その中で、今俺たちが持つ資金で何とかなるのはどのレベルか?


「やっぱり家族用居住船じゃない?」

『小型艇の中でも大き目で快速タイプだったらいろいろ小回りが効くっすよ』

「だって、これから家族が増えるのよ? 小さい船じゃ困るわ」

「そんなすぐに増やす予定は無いんだけどな……」


 ルフが提案した快速タイプの小型船、もちろんいろいろの機種がある中で一番おすすめとして提示されたのを見ると、定員3人、操縦周りは一人でOK、小さな個室が一つとそれ以外の乗組員のためのバンクベッドが6人分、シャワールームが一つだがキッチンや食堂スペースなどは無い。

 快速を売りにしているらしく、コロニー間や惑星往還を行うならば快適だろうが、星系間移動はどうせフォールドを使う必要があるからあまり関係ない。

 倉庫スペースも標準コンテナ1つ分程度で、輸送の仕事には不足だ。


 これが家庭用居住船になると、部屋も複数になり、リビングや食堂として使える大き目な部屋もある。定員や倉庫に関しては大きさによるので一概には言えないが、速力は重視されていないのが普通だ。


「まず、小型艇は無しだな。住めるほうがいい。コロニーに定住するのもまずいしな」


 登録上の母港は必要だし、停泊時には料金もかかるが、コロニー内に家を借りるよりは費用がかからない。

 そんなわけで全人類の半分、と言われているコロニー居住者の中には、実質的に船の中で生活しているものも多いのだ。


「それじゃ、居住船で決まりね」

「いや、動きが鈍いのも嫌だし、何より稼げるほうがいい。だから、中古で中型貨物船にしようと思う」

『……貨物船……中型……中古……値段順に並べ替えて……こんな感じっす』


 表示を切り替えてくれるのでリストを並べて見ていく。


「うわっ、船歴200年近いじゃねえか……こんなの動くのか?」

『一応直近の検査は通ってるっすね、でも現状渡しかあ……』

「古いほうから見てたら変なのに当たらない? 先に予算を決めたら?」

「そうだなあ……」


 本体以外に、修繕、改造、各種手続きや保険、あと当面の生活費とか……いくら大金を持っているとはいえ、他の費用を考えると大半を宇宙船に使うわけにはいかない。

 輸送で稼ぐというのもうまくいくかわからないし、予算は控えめにしておいた方がいいだろう。


 俺たちは、食後も場所を移して買う船を検討するのだった。

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