第7話 From the New Life(3)

「はい、じゃあ改めて……」


 翌朝、リリーは元気になっていた……表面上は……

 結局一晩中抱きついた(抱きつかれた)ままだったので、ちょっと体勢に無理があったのか首が痛い。

 宇宙だから、壁一枚外が絶対零度だから、室内が暑いということは無く、汗をかくような状態ではなかったが、リリーの匂いがまとわりついているのは……まあ、別に嫌な臭いじゃないからいいか。


「まずは身分を確定させること……私たちのようなドラゴン種族は汎銀河連合で一定の地位と保護を受けることができるようになってるわ」

『希少種族存続保護法っすね』

「そう……だから、ちゃんと名乗り出れば当面の生活に不自由は無いと思ってもいいはず」

「俺は大丈夫なのか? そもそも存在しなかった人間だろう?」

「別に、家系図が登録されているとかではないから問題ない。ちゃんとアラサムリスの能力が使えればそれが証明になる」

「そうなのか……」

「で、生活が安定したら、たくさん子供を作る、以上」

「ちょっと待てえぇ!」

『やっぱりそれっすか……』

「でも、子孫繁栄は最優先よ。さっきの法律にもそう書かれてるわ」

『えっと……本当っす。希少種族存続保護法第4条に種族特質を受け継ぐ子孫を残す義務があるってなってるっす』

「そう、子孫繁栄は義務。汎銀河連合法にちゃんと書いてある」


 弱ったな。

 このままだと俺の後半生はひたすら種馬と子育て生活になってしまう。


「落ち着け……なあ、その前にやるべきことがあるんじゃないのか? いないと思うって言っていたが、外で生き残っている一族が本当にいないのかとか、あるいは……」


 あの爆発で生き残った人は本当にいないのか?

 俺はその言葉がまずいと思い、とっさに別の言葉を選んだ。


「……あの爆発が誰かの陰謀だったとかそういうのは無いのか?」

「え?」

『その発想は無かったっす……』


 実際に、コロニーが事故で人が死ぬなんていうのはそれこそ10日に1回は聞く話だ。

 宇宙は広いし、それに比べて人が生活できる惑星には限りがある。

 必然、惑星の近くやフォールド航行の結節点周辺のコロニーを生活の拠点にしている人は、全人類のおよそ半数と言われている。

 今いる『ダンテ』は、比較的小型だが、それでも居住区に数十万人は住んでいる。

 大きなコロニーだと、数百万人を内包したものを複数近場に集めたコロニー群として億を超える人間を住まわせている。


 しかし、コロニーが爆散というのはめったにあることではない。


『見つけたっす。ルクスAー4コロニー爆発事件。うえ? 小さいっすね……』

「……そう、確か人口は1万人を切るぐらい。かなり古くていつもどこか調子が悪かったわ」


 内心は思い出すのに抵抗があるだろうが、リリーはルフの言葉を継いで補足説明をする。


『確かにおかしいっす……この型のコロニーだとメインの反応炉が一斉に爆発したとしても、こんな規模になるはずが無いっす。まるで……』

「なんだ?」

『……えっと……その……』

「……私のことなら気にしないで……はっきり聞かせて」

『……核兵器かも知れないと思ったっす』

「それは……」


 かつて人類が惑星上から出られなかった時期だと、まさに最終兵器、数によっては世界を滅ぼす兵器と恐れられた核兵器だが、実は現代においてはそれほど脅威ではない。


 もちろん、爆発を食らえば致命傷なのだが、兵器の主流が光線兵器になったことで、そもそも質量のある物を兵器とするのがナンセンスになったのだ。

 宇宙船やコロニーであれば本体からのレーザー砲で、惑星であれば人工衛星や地上からのそれで、容易に迎撃されるので核ミサイルによる攻撃が成功したことは歴史上ないし、そんなわけで現在使おうと思うものもいない。


 だとすると、単に爆発する核爆弾ということになるのだが……


「核爆弾をコロニーに持ち込むなんて可能なのか?」

『考えにくいっす。だけど、爆発の映像から判断するとそれが一番近いっす』

「そうか……」


 それが何を意味するのか?


「……もしそうだとしたら……どっちにしろ絶望ね……」


 そうだ。

 外で爆発するならまだいい。

 宇宙線から防護するための外装は、同様に核兵器の放射線もさえぎることができる。

 だが、内部で爆発し、そしてコロニーを吹き飛ばしたのなら、居住者は多量の放射線を浴びていることになる。


「リリー……」

「いえ、いいの……いえ、それでも……それだからこそ原因は調べるべきね。それと、外に出た血脈についても……」


 彼女が心に区切りをつけることが必要だ、というのは考えていた。

 もちろん、いきなり子作りなんて、と俺自身が動揺したのも確かだが、それを抜きにしても起こったことの清算は必要だし、たとえ望みが薄くても同胞を探すことは無駄では無いだろう。


『じゃあ、その方針で、行動開始だね』

「ああ」「わかったわ」


 

 安宿の部屋を引き払ってから、俺たちは前もって予約しておいた連合の事務所に足を運んだ。

 コロニーの居住区は、玉ねぎのような多層構造をしている。

 惑星上のようにスペースが無限にあるわけではないので、建物が立ち並んでいるわけではなく、コロニーの通路が続いており、ところどころに入口のドアがあるという構造になっている。

 一般的には回転軸から遠く、重力が大きいほど高級な区画だという常識があるものの、汎銀河連合の事務所が無重力区画にあるのはおかしなことではない。

 出入りする船舶からの最短距離ということになれば、必然この辺りになるのだから、全宇宙の管理や調整をする組織の場所としてふさわしいともいえる。


 だが……


『なんか、みすぼらしいっすね……』


 あえて言葉にしないが同意だ。

 かつて共和国にいたころ、何度か手続きで行政区画に足を運んだ時に見かけた連合の事務所とは違って、なんかみすぼらしい。

 表通りなのだから、通路の幅も高さも広い。

 気の利いた店や役所なら、入口のドアの左右を植物や像、装飾で飾り、目立つようにしているのだが、この事務所はべたべた張り紙が張られており、しかもところどころはがれていたりする。


「今時張り紙か……いや、むしろ金がかかっている?」

「そうだとしても、この汚らしい見た目はだめね」

『あれとか期限過ぎてるっすよね?』


 ルフが指摘したのは連合職員の募集の張り紙だ。

 日付を見ると……日付どころではなく募集期間が何年も前の物だった。


「不安……」

「だけど、他に選択肢は無いしなあ……」

「……そうね」


 リリーを先頭にして、事務所のドアをくぐる。

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