第6話 From the New Life(2)

20240510訂正

「……ミスタークのローカルネット……」

>「……ダンテのローカルネット……」

ローカルネットは同一星系の中でなければ、光速の縛りがあるために機能しません

『ミスターク』は星系をいくつか持つ国家なので、国家単位のローカルネット、というのがありえないと気づき訂正しました。

――――――――――


「ようやく、落ち着いたね」

『こっちもダンテのローカルネットに接続できたっす。生き返ったっす』


 串団子の真ん中の団子部分こと居住区の中でも、回転軸に近い無重力・低重力区画はあまり人気がない。

 宇宙で贅沢なものは上から順に、空気、水、食料、重力だ。低重力や無重力は、経験がなければ珍しいかもしれないが、いろいろ不便だし健康にもよくない。

 そんなわけで、安宿はそのあたりの重力が低い区画にあるのだが、俺たちはさらに一人部屋を使うという節約手段を実行した。


 つまり、ベッド一つの一人部屋を借りたということになる。

 その一室のベッドに俺とリリーが腰掛け、目の前のテーブル上にはさっき買った安物のポータブル情報端末が乗っている。カメラとスピーカーがついていて、ルフが意思疎通をするのに使用するためだ。

 先ほどまで彼女が本体としていた人形は、そうしたコミュニケーション機能が欠けていたので不便だったのだ。


「いいのかよ、一緒の寝床で……」

「あら? 姉弟なんだからおかしくないんじゃない?」

「その設定は外だけにしてくれ」

「じゃあ男女の仲ってことにする?」

「……はあ……多分将来的にはしょうがないんだろうけど、しばらくは控えようぜ」

「おや? ラズくんはお姉ちゃんじゃ不足? これでも故郷じゃけっこう人気あったのよ?」


 茶化しているが、彼女が故郷の、爆散したコロニーのことを話題にするのは今まで無かったし、俺たちもその話題を避けていた。

 気が抜けた……わけじゃないだろうが、ひとまず安全が確保されて余裕が出てきたってことだろうか?


「よしてくれ、今余計な荷物を抱えるわけにはいかねえだろ……」


 当然、そのあたりのことは3人とも理解している。

 なにせ、俺たちの前には問題が山積みだ。


「まず俺についてだけど、もしかしたらあの事故が狙って起こされたものだった可能性がある」

「心当たりは?」

「無い」

『それがかえって不気味ですよね……」

「所詮ただの孤児上がりの底辺軍人だからな」

『もしかして、軍歴満了時の特典とかを軍がケチったとか、そういうのですかね?』

「すごく無理があるけど、動機としては納得できるな……でも、いちいちそんな面倒なことをするかな? 今までだってアガりの連中がいないわけじゃねえしな」


 実際に20年を全うして、上級の市民権をもらった奴と会ったこともある。そいつは物好きなことに、士官学校に入り直して今度は指揮官として軍に戻ってきたのだ。

 20年殺し合いをやってまだ続けるつもりかよ、と呆れたものの、戦闘狂というのとはちょっと違うらしく、人当たりの良い男だったと記憶している。


「……とりあえず過去のこととしてはそれぐらい、あとは今後の生活の見通しが立たねえことだな。それに関してはリリーと一蓮托生ということになる」

『なるほど……じゃあ次は僕っすけど、将来の見通しはラズさん以上に暗いっすよ。なんせ人として認められて無いっすからね』

「それは共和国にい続ける場合だな。もう無理じゃねえか? どうしてそんな物好きなことをしてたのかは知らねえが、危ないだろう?」

『そうっすね。社会勉強のつもりだったっすが、もう一生共和国には近づかないようにします。それと一文無しっす』


 なお、この『ダンテ』は地理的に言うと共和国の近くではあるものの国境外だ。コロニーの運営はここを発祥とする企業連合で、共和国とあといくつかの国が大使館を置いて、外交戦や諜報戦を繰り広げている混沌とした場所だ。


「転化前の財産とかは無いのか?」

『ああ、カルプっすか? 一応親に預けてある分があるっすけど、こっちでしか意味ないっすよ』


 現在宇宙に貨幣は3通りある。

 そのすべては電子貨幣で、昔使われた紙や金属の貨幣というのはどこにもない。

 そのうち2つは全宇宙で通用するもの、そして1つはローカルでしか通用しないものだ。


 ローカルで、とはいえ、それは決済がローカルで完結するというだけで、単位としては『クレジット』で共通だ。


 そして、全宇宙の、俺たちのようなカル種が共通貨幣として使うのが『ベリル』。

 これは全宇宙でリアルタイムで決済可能という特殊なシステムを使っており、我々一般庶民が使うことなど基本的には無い。

 政府や大企業間の取引などで使用されることがあるぐらいだ。


 一方、ルフのようなシリ種が共通貨幣として使うのが『カルプ』で、こちらは彼らの世界では価値があるが、俺たちが持っていてもジュース一本すら買えない。


 ルフが俺たち……いや、うぬぼれて言うならば俺と一緒に生活するというのなら、カルプの財産はあまり意味がない。


『そういうことなんで、しばらくそっちでの体はお預けっす。ラズさん、ちゃんとかまってくださいね』

「心配するな」

『それで、あとはやっぱりあの人形っすね』


 謎の動けない義体、ローカルネットに本体を移す前にはルフの体でもあったそれは、普通に考えてもおかしな物体だった。


「ネットでは調べがつかなかったのか?」

『……ダメだった。だってトンデモない機能じゃないっすか? 転化を即時キャンセルして戻れる義体なんて……全シリコノイドが泣いて喜びますよ?』

「そうだよなあ……」


 なんせ、そうなったら不死身に近くなる。


『だから、これは持ってるだけで危険なんすよ。早く誰かに押し付けたいっす』

「あてはあるのか?」

『近くのコロニーに僕の転化をやってくれたお医者さんがいるんで、その人に渡そうと思うっす』

「その人で大丈夫なのかしら?」

『立場もあって圧力に屈しないって意味だと適任っす』

「じゃあ、それを優先しよう。爆弾を抱えてるっていうのは落ち着かない」


 正直、そのあたりに捨てて行った方がいいとも思えるが、そうするにはルフたちに取って重要すぎる。


『僕のほうからはそれぐらいっすね』

「それじゃ私の番ね」


 最後にリリーだ。

 表向きにはこの一団の主体となるのだからおろそかにはできない。


「まず、身分のことね。調べた結果、やっぱり全滅ということになっているみたい」

「そうか……」


 実際リリーはその想定で行動してきたわけだが、事実として知らされるのはキツい。


「リリーみたいに宇宙に逃れた同族はいなかったのか?」

「……あの……爆発じゃ……無理だと……」


 その先は言葉にならなかった。


「ごめん……つらいよな」


 俺はいたたまれなくなって、彼女を抱きしめる。

 小さくなった体では、抱きかかえる、ではなく抱きつく、になってしまうのが恰好つかないが、そんなことはどうでもいい。


「なあ、今日はもう休まないか?」


 俺は、そのまま彼女の顔を見ないで、そう提案した。


「……うん」


 そして、俺とリリーは抱きしめ合ったまま、ベッドに倒れこむ。

 ふと目を向けた安物の端末に、『今日はリリーに貸してあげます』と文字が表示されるのを見て、内心で苦笑した。

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