第5話 From the New Life(1)

 最後に残していたスラスター燃料を使って、俺たちは進路をコロニーの廃品回収業者のところを目指すことにした。

 道中、といっても最後の進路変更後だったが、まだ酸素に余裕があるらしいので今後のことについて三人で話した結果、そういうことにしたのだ。


 カバーストーリーはこうだ。

 まず基本はリリー(と呼ぶことにした)が主導権をとっているということにする。

 俺は彼女の弟で、一緒に宇宙をさまよう羽目になったという設定、そして運よく宇宙を漂流していたガンボートを見つけて、それを拾って来たということにする。

 ルフをどうするかというのが問題だったが、そのためにもまず彼がどんな状態なのかを確認しなくてはいけなかった。

 

 慎重に艇の内部を捜索したところ、思いもかけないものが見つかってしまった。


「人形?」

「そうみたいだな」

『え? どういうことっすか?』


 多分この辺だろうと、船の制御関係のありそうな所を探ると、そこに場違いなものがあった。

 制御基板から伸びたケーブルの先に、かわいい金髪の少女の人形が存在したのだ。

 見ると人形の背中に入出力の端子があって、そこにケーブルが刺さっている。


「どう考えてもこの人形が関係しているわよね」

「普通のガンボートにこんなものがあるって聞いたことねえしな」

『ええ? どうなってるっすか? 僕見えないんすよ!』

「説明すると、こんなところにあるはずのないものが見つかった。女の子の人形、しかもケーブルが刺さって中に電子回路ありそう……ってところか?」

『なるほど、僕のへんてこな状況の原因はそれっぽいっすね』

「ってか、ちょっと苦しいんだけど……」

「おっと」


 確かに、内装パネルを取り外したせいで、リリーの姿勢がえらいことになっている。

 無重力状態じゃなければ無理な姿勢だし、体が変な角度で折り曲げられており、苦しそうだ。


「とりあえず戻すか……ネジは……外したままでいいか……」


 俺がごそごそとパネルを戻すあいだ、リリーは凝った体を伸ばすためにうにょうにょといろんな向きに体を曲げていた。重力が無いからやりにくそうだ。

 その時、スピーカーから音が割れ気味なぐらいの大声が聞こえた。


『わかったっす!』

「いきなりなんだ? びっくりしたぞ」

「痛いっ」


 驚いたリリーがキャノピーに頭をぶつけていた。


「大丈夫か? 血は……出てないようだな」

「ええ、何とか……ずきずきするけど……」

「で、何がわかったんだ? ルフ」

『インターフェースがわかったんで、その人形について調べが進んだっす。これは一種の義体っす』

「義体って……普通はもっと大きいだろう?」


 人間の間で生活して、交流するためのものだから標準種族の体格に合わせてあるはずだ。こんなに小さい、小さい女の子が胸に抱いているような30cm程度の人形がそれであるというのはにわかには信じがたい。


『確かに小さいっす。でも、機能が制限されてるからっす』

「どんな制限が?」

『動けないっす』

「それって義体なのか?」


 意味ないじゃないか。


『その代わり、ちゃんと意識は保持できるっす。バッテリーを内蔵してるはずっす』

「じゃあ、人形だけ外して移動できるってことか……」

『一応、小型でいいんで外付けでバッテリーはつないでおいてほしいっす』

「そりゃそうだな」


 と、このような経緯を経て、3人で艇から離れることができるようになったのだ。



「そうか、そいつは災難だったな」

「ええ、本当に……」


 ここはコロニーの廃品回収業者の作業場。

 自由貿易コロニーである『ダンテ』は、大まかには長い串の真ん中に団子が一つだけ残った形をしている。串を軸にして団子の部分だけが回転するような構造をしている。

 住民が生活することができるのは中央の団子の部分で、ここは回転軸から離れるほど大きな遠心力が得られるので、外周部は比較的高級な地区として知られている。

 それほどではなくても団子内部は気密が保たれた空間なので、回転軸近くの側も居住、商業、工業、金融、行政などの施設がそれぞれ区画を作って存在している。

 

 じゃあ、この作業場はどこにあるか?


 それは串側のそれも端にちょこっとした構造物と、そこにワイヤーでつながれた多くの大物のジャンク、そして小物のジャンクが入っている籠やコンテナがあるだけの場所だった。

 当然回転軸である串にへばりついているわけだから無重力で、そのためどんな重量物であっても細いワイヤーがちぎれることはない。


 ここに限らず、一般的なコロニーの串の部分は宇宙船や重量物の係留場所になっている。

 団子の部分は、回転しているから入出港が難しいし、そもそも回転する団子に大質量の宇宙船をくっつけるのは強度的にも問題だ。

 それに対して、串の部分は中に移動用の通路があり、荷物を引っ張るレールが外側にいくつも走っているだけで、人が住んだり長居するのには向かない殺風景で実用的な場所になっている。


 とはいえ、あえてそのような場所に住んでいる者というのもおり、それがまさに目の前にいる廃品回収業者のおっちゃんだ。

 『転生』前の俺と比べてもさらにおっさんで、動くのに負荷のかからない無重力空間を寝床にしているのも関係しているのか、無重力対応な体形(縦だか横だかわからん、ということで太った人を揶揄する表現)をしている。

 事務所や応対スペースとおっちゃんの居住スペースも兼ねているのか、唯一存在する与圧ブロックに2人(+お人形さん)は案内されたのだ。


 直接ガンボートを乗り付けたところ、ちょうど宇宙服姿で作業しているこのおっちゃんに出会ったので、最初に生身で外に出るというインパクトをかました後に、身振り手振りでこの艇を売りたいと伝えてこの状況になっているのだ。


「で、これに乗っていた奴はどうなった?」

「残念ながら、すでに空気が尽きていてお亡くなりになっていました。悪いとは思ったんですが、スペースが無かったので体の方は……」

「あ、タグはちゃんと取ってきました」


 そういって俺が差し出したのは何を隠そう俺自身のタグだ。

 これが当局に提出されることで正式にラザルス・カタンは法的に死亡したことになる。


 このことについてはもちろん3人で議論になった。

 だが、姿が全く変わってしまったこと、そして漂流の経緯、謎の人形のことなどを考えた結果、死んだことにした方が良いだろうという結論になったのだ。

 確かに今までの人生で積み重ねた、あと一歩で市民権が得られるというラザルスの身分を捨てるのには抵抗があったが、それよりもドラゴン種族の生き残りという身分のほうが大事にされるだろう、ということで納得したのだ。


「そうか……それじゃ一緒に預かっとくぜ……」


 ということで、ガンボート一隻をジャンク品として親父に売ることに成功した。


「でもよく簡単に売れましたね……もっと怪しまれていろいろ聞かれるのかと……」


 コロニー中央の団子の部分に向かう移動通路を進みながら、リリーが効いてくる。


「そりゃあ、向こうにとっては大儲けだからな。多少怪しくたって引き取らねえってことはねえよ」

「そうなの?」


 リリーに説明してやる。

 俺たちが受け取ったのはあのサイズの船をジャンク品として引き取ってもらうのにちょっとプラスした額だ。

 それに対して、あのおっさんは、共和国に対してあれを遺失軍用品としての価格で引き取ってもらうはずだ。

 確かに不具合で漂流したという事実はあれど、見た感じ大きな損傷もなく、実際におっさんの目の前でスラスタ―による軌道修正をして船を近づけている。

 そうであれば、ジャンク品ではなくまともな船としての値段がつくだろう。

 それに加えて俺のタグだ。

 これによって、ちゃんと機体の来歴や、入手経緯について説明がつく上に、軍への情報提供としていくばくかの謝礼をせしめることもできるはずだ。


「それじゃあ、こっちは相当損をしているのね?」

「そうだけど、こっちも探られたくない部分があるからな。なるべく共和国とは直接関わりたくない」

「そうね……」


 通路内部は移動に便利なように、自動で引っ張ってくれる持ち手がついている。

 端っこのジャンク屋の近くは持ち手も少なく、通路も狭か、進むにつれて通路が広くなり、多人数が行き来できるようになってきた。

 この辺りは中型船用の発着場だろうか、コロニーのこちら側は産業系の発着場なので、人員移動よりもむしろ通路の外の荷物コンテナの移動のほうが多いと想像できる。逆に向こう側の無重力地帯は旅客船中心なので、通路も太く、複数あるそうだ。


「とりあえず、どこかで宿を取って、食事だな」


 ピピッ

 腕巻き型の端末が音を鳴らす。


『充電と端末もお願いしまっす!』


 表示を見るとルフだった。

 いつの間に俺の端末にハッキングを仕掛けたのか、というかどうやって通信してるんだろう?


「わかったわかった。もうちょっとだから待っててくれ」


 俺は、なぜか自分が持つことになってしまった人形の頭をなでる。


「ふふっ、わが弟ながら似合ってるわよ。かわいい」

「うるせえ」


 残念ながら公式の立場としては、俺はこの年下好き変態性癖持ちの女を姉として扱わなくてはいけないらしい。

 それが、今後のために絶対必要だから。

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