第4話 The Air-conditioned Equations(4)

 目覚めたとき、なんか不快だった。


「おはよう」

「……ううっ、どれぐらい気を失っていた?」

「10分ぐらいかな」

「そうか……」


 ならまだ安心だ。

 これで「半日も目が覚めませんでした」だと、すでに空気がなくなっていることになる。


『なんで……』

「ん? どうした?」


 なんかルフの動揺した声が聞こえた。


『なんでちっさくなってんですかあ~!』

「……ちっさく……?」


 そこで初めて気が付く。


「うわっ、何だこりゃ?」


 パイロットスーツがだぶだぶだ。

 それに、目線も低い。きっちり角度を合わせていた各種ディスプレイの見える角度が違う。

 そして、しっかり調整したはずの座席がまるであっておらず、本来なら腰のあたりを支えるでっぱりが肩甲骨に当たってしっかり持たれることができていない。


「おまっ……ってリリーリル! こりゃなんだ?」


 さっきからにこにこしている元凶と思われる女を問い詰める。


「何って?」

「なんでこんなに背が縮んでんだよ!」

「だって……マッチョなおっさん嫌だし……」

『マッチョなおっさんが良かったのに~』


 意見は完全に対立している。


「種族変えるだけじゃ無かったのか……」

「場合によっては年寄りだったり、同性だったりしかいない場合があるから、ちゃんと繁殖できるようにそのあたりは調整できるようになってる」

「調整したの?」

「うん」

「どんなふうに?」

「私の好み」

「こんなちっこいのが?」

「そう、年下褐色悪ガキ系弟キャラが……イイっ」


 だめだ、ルフが特殊性癖だと思っていたら、それをはるかに超えるのがいた。

 うっとりした目でこっちを見るリリーリルに、身の危険を感じた。


「……はあ……んで、さっさと休眠とかのやり方教えてくれねえか?」

「うーん、先に光合成からかな」

「……そりゃそうか、空気がないとどうしようもないからな」


 食べ物や水は最悪数日我慢できるが、空気は数時間だ。

 優先順位はそちらのほうが高い。


「えっと、まず大前提。アラサムリスはもともと植物だった」

「へ?」


 いや、だって彼女は動いてるし俺も動けてるよな……


「植物が頑張って動けるようになって、もっと頑張って見た目を人間っぽくして、さらに頑張って人間みたいに生きられるようにした。だから、思い出すだけで植物になれる」

『なんかチートっすね。すごい効果のわりに楽すぎっす』

「あら? うまく使おうとすると難しいのよ?」


 まさか植物に転生するとは思わなかったが、それが命を保つために必要ならできるようにならなきゃいけない。


「やってみる」


 植物、といっても草や花はイメージしにくい。

 つまり木になればいいということだろう。

 俺は、自分が人型をした木彫りの人形になったと念じる。

 皮膚が固くなり、そして……


『おおっ、なんか色合いが変わってきたっすよ』

「ダメね。光合成をするんだから表面は緑色にしないとだめよ。ほら、こんな感じ」


 言ってリリーリルは体を緑色に変化させる。


「こうか?」

「うん、とりあえずできてると思う。その状態のままだったら裸になったら1か月は保証する」

「裸……ああ、表面積」

『あのう、ちょっと疑問なんすけど、こんな暗い場所でも光合成ってできるんすか?』

「あら?」


 そして外を見るリリーリル。

 ふんふん、と見回してうなずくと、自信たっぷりに言った。


「無理ね」

「なんじゃそりゃ」


 確かにそうだ。

 光合成だって適度な恒星の光が必要なはず。

 それは今見えるような点々とした光では足りず、コロニーや惑星のような近場で無くてはならない。


「ええと……じゃあ、休眠のやり方を教えるね」

『ごまかしたっす』

「ごまかしたな」

「そそそそんなこと無いわよ。えっと……基本的にはさっきのやり方の延長で……」


 やり方としては、さっきは表面を植物にするというやり方だったのを、内臓も含めて植物にするイメージだ。「正直みんな子供のころからできるからうまいやり方とかわからない」と言われたものの、何とか30分程度の練習で俺はそのやり方を身に着けることができた。


「これで、生き延びることができそうだ」

「そうね、とりあえず最低限ってところだけど……」

『ちょっといいっすか?』


 ずっと沈黙していたルフがそこで声をあげる。


『えっと、いろいろ調べてたっすけど、助かる確率をあげる方法があるっす』

「なに?」

「本当?」


 ルフはずっと艇の状態と周りの天体の状況を確認して計算していたそうだ。

 それによると、姿勢制御用のスラスタ―を使うことで、進路を微修正して、惑星のスイングバイを何度か利用することで有人コロニーに進路を向けることができるそうだった。


『……でも、かなり難しいっす。それと、計算上は一か月ほどかかるっす』

「なるほどな……俺が休眠をできないとそもそも無理なわけだ」

『そうっす。この操船はリリーリルさんでも僕でもできないっす。だから合計4回の姿勢制御を寸分のミス無しでラズさんにやってもらわないとダメっす』


 データを表示してもらうが、かなりタイミングがシビアだ。


「私は……乗せてもらうだけだから……」


 いざやるかやらないかとなったときに、リリーリルは判断をこちらに任せると言う。


「ルフの電力は大丈夫なのか?」

『計算上は問題ないっす』

「そうか……」


 ダメでもともと、と開き直るには思い決断だ。

 だが……


「やろう」

『じゃあ、航路計算その他もろもろは任せてもらうっす』

「それじゃ、私は休眠から起こすのと、起きている時の空気の維持ね。任せてちょうだい」

「ああ、二人とも頼むぞ」



 そして、生還計画が実行された。


『速すぎるっす。逆噴射1.2秒、5分以内で』

「了解」


『5秒後から右噴射2.5秒っす』

「了解」


『ずれてる……ちょっと待ってくださいっす』

「おう」

『あ~、リカバリーで右1秒、上0.5秒お願いします』

「了解」


『機体側の酸素タンク、空になったっす』

「はいはーい、じゃあ私の備蓄から出すわね」


『オッケーっす。このまま直進12日で目的コロニー近傍にたどり着くはずっす』

「よし!」

「やったわね!」


 そして今、俺たちはやっとのことでコロニーが目視できる距離まで戻ってこれたのだった。


「良かった」


水分が足りない状況でも、涙って出るんだな……俺は妙に冷静にそんなことを考えながら、無重力状態で目にへばりついている涙ににじんだコロニーの光を見つめるのだった。



 The Air-conditioned Equations『エアコンの効いた方程式』(了)

――――――――――

#The Cold Equations

 『冷たい方程式』

 酸素とか燃料とかがぎりぎりの宇宙船で少女の密航者が発見されて……というSF古典。

 古典なのでたくさん派生作品とかあるが、密航者が見つかるたびに楽になる、というのは新しいと思ったのでこのようになりました。

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