ぼくと僕

電磁幽体

ぼくはいわゆる不思議少女という人種です。

 まず女なのにぼくと言っている時点で、すこし一般とは外れています。

 子供のころからの癖なのです。

 ぼくの髪型は腰まで届く黒のロングストレートです。

 散髪代を節約していたらこうなりました。

 髪を洗って乾かすのがすごく面倒なのですが、読書と食事と勉強と睡眠以外することがないので特に気にしていません。

 不思議少女というものは何かと図書委員になりたがるので、ぼくも例にもれず、カウンターの当番を、今しています。

 別にこの作業が苦痛ではないので、気がつけばぼくは月火水木金の放課後担当なのです。

 図書室というのは素敵です、知らないことをより知ることができ、なによりお金がかからないのです。

 チャイムが鳴り、放課後が終わり、図書室の中で本を読んでいた男の子がぼくを待っています。

 いわゆる彼氏さんというやつです。

 たぶんいい人そうなのです。

 そして彼氏さんも本好きなのです。

 告白されたときにあらかじめ、恋人らしいことはあまりできないと思う、とぼくは言ってます。

 ですから彼氏彼女といってもすることは、同じ空間で一緒に本を読んで過ごすことぐらいです。

 相手はそれで満足するとのことなのです。

 さて、今日の帰りはアイスクリームをおごってもらおうと思います。

 こうやって手をつないで歩いている、いわば維持費のようなものなのです。


————————


 僕の日常はあんまり面白くない。

 朝起きて、本を読んで、学校に行って、合間合間に本を読んで、学校から帰って、本を読んで、食事風呂歯磨きを済ませて、勉強して、本を読んで、睡眠する。

 僕に友達はいない。

 本をずっと読んでいると、はしゃいでいるみんなが何故か馬鹿らしく見えてしまうからだ、いや、それは優越感の表れだろう。

 何の優越感? 人より本を読んでいること、たったそれだけ? うんそれだけ、馬鹿らしいや。

 思考のごたごたは置いといて、別に友達が無くとも困らない、本が有るからだ。

 しかしなんだか僕は、このままだといじめの対象になってしまうような気がした。

 単純に、友達がいないから。

 なんだか、いやだなあ。

 ほっといて、欲しいなあ。

 と思いながらクラスを見渡すと、僕と同じような本の虫が居た。

 不思議少女。

 僕も、不思議少年になれば、いじめだとか上位下位グループだとか、そういうごたごたから抜け出せるんじゃないかなあ。

 そう思ったぼくは、柄にも無くその不思議少女に告白してみた。

 適当な調子で、別にいいよと言われた。

 その日から僕は、不思議少女のつがいとして、不思議少年になった。

 休日に図書館で一緒に本を読むだけのデート。

 なんとなく手を繋いだら「ん」と言われただけで拒否されず、その代わり「……ん」とアイスクリームを奢らされた。

 そんなこんだで、気づいたら僕は彼女のおやつ係になっていた。

 今日はクレープ、昨日はプリン、一昨日はパフェ。

 バイトをしているので別に困らなかった。

 それと、こっちの都合に付き合わせたので、その代わりといっては、って感じで。

 それに、おやつを頬張る彼女は、とっても可愛かった。


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 なんだかぼくは申し訳ない気持ちになっているのです。

 相手が良いよと言うけれど、こうも毎日おやつをぱくぱくしていいのだろうか。

 自分でおやつ代を賄おうと思っても、ぼくのお小遣いがゼロに等しいのと、小学生みたいな体型のせいでアルバイトとして採用してくれないのです。

 かといっておやつは止めれません。

 なんだか、気がづいたらスウィーツ好きになってしまいました。

 読書以外に好きなものができてしまいました。

 知ってしまったものは知ってしまったのです。

 ということで、ぼくは、彼氏さんになんだか日ごろのお返しをしたい気分なのです。

 せっかくの関係ですので、少しは恋人らしいことを実践してみようと思います。


————————


 彼女からデートに誘われた。

 近くに海がある。

 その海岸線を散歩するだけ。

 ちょっとしょっぱいデートだ、海岸線だけに? いや上手くないよ。

 とまあ、それでも僕は満足していた。

 頭一つ分小さい彼女と手を繋ぎながら、ただ海岸線を歩くだけ。

 僕は感情に乏しく、彼女もそうだったので、波打つ海水のざわめきと少し離れた街の喧騒が聞こえるだけの、静かなデートだった。

 何時間も、何時間も、手を繋ぎながら歩き続けた。

 彼女の手は、小さくて、暖かくて、握っていると何故か、頭の表面がほわほわしてくる。

 それは本当に心地のいい感覚だった。

 夕暮れになったころ、彼女がくいくいと握った腕を引っ張った。


「……ん」


 ボックスカーのアイス売りが居た。

 僕はなんだかほっこりした。


————————


「僕はバニラアイス」

「ぼくはチョコバナナアイスの……大きいサイズで」

「はいよ」

「僕が払います」


 いつもありがとう、ぺこり。

 売り手のおじさんからコーンアイスを二つ取ると、大きいほうをぼくに差し出してくれた。


「ごめんなさい、つい大きいのを頼んでしまいました」

「いつものことだよ」

「そうですか? ……そうですね。いただきます」


 ぼくと彼氏さんは特設のベンチに腰掛けながら、沈み行く夕暮れと、それを映す彼方の水面を眺めていました。

 ぼくはアイスをぱくぱくと食べます。

 小さく小さく少しずつ食べていくのは、なんだか子リスのようで、彼氏さんにもそう言われました。

 ただ頭がきーんとなるのを防いでいるだけなのです。


「なんだか、物語に出てきそうな景色だね」

「ん」


 ぼくはこくんと頷きました。

 やがてアイスが無くなって、コーンを音を立てながらパリパリ食べていると、思い出してしまいました。


「帰りはどうするのです?」


 もう、日は沈んでいました。


「あ……君がデートに誘ったんじゃない?」

「そうでしたっけ? ……そうでした。ごめんなさい」

「うーん、タクシーで帰る? 僕が払うけど、ってあれ? ごめん、足りないや」


 彼氏さんは財布の中身を見ながら残念そうに言いました。


「来た道を帰りましょう」

「でも暗いし、遅くなるし…-女の子の君は危ないよ?」

「あなたが居るのです」


 ぼくは当たり前のことを言ったのですが、なんだか彼氏さんは照れています。

 珍しくて、ちょっと可愛く思えました。


「……んまあ、頼りにされてみるよ」


 そういって彼氏さんはここまで来たときと反対の手を握って、くれました。


「それじゃあ、帰ろう」

「はい」


 辺りが暗くなった中、街灯を頼りに帰路につきました。

 やっぱり夜は、少し怖いのです。

 彼氏さんを握る手が自然と強くなりました。

 優しく、無言で握り返してくれました。

 なんだか、ぼくは、少し嬉しかったのです。




おわり

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