第7話

「お願い?」


 ミズナは片眉を上げた。


(頼み事とは珍しいな)


 珍しいどころか、正面からの頼み事は初めてだ。ミズナは手にしていた茶碗を置いた。


「姐さん、最近は前みたいに村を留守にしないんですね」


 唐突に問われた場違いに思える問いに、訝しみながらもミズナは頷く。


「アタシのやりたかった事はもう済ませたからな。それにヒナガも村を出た今、アタシまでここを空けるわけにもいかん。せいぜい村の奴らをこき使ってのんびりやってくさ。で、お願いってのは何だ?」

「俺、店を出そうと思ってまして……といっても、うちの商店の二号店って形になるんですが」

「そうか、頑張れよ。何だ、祝いでも欲しいのか?」

「いえ、この村に店を構えたいなと思ってまして。その為には、村長と魔術使いに許可を頂かないといけないでしょ?」

「……は?」

「村長のノドさんは『ええよ』と。南西の空き地に、村の皆で店を構える手伝いをして下さるそうで。いやあ、良い方ばかりで嬉しいなあ」

「何だと? 勝手に話を進めるんじゃない」


 慌てて詰め寄るミズナに、スルドゥージは上着の隠しから一枚の書面を取り出した。


「うちの店の利益率はこちらです。村への還元率はこの程度でどうでしょう? 他に必要な記録なんかも揃えてあるんで、後でお持ちします。これはあくまでうちの店の事情ですから、商団が必要以上に村を騒がせたりはしませんので安心して下さい」


 書面に目を通しながら唸るミズナに、スルドゥージは「許可を」と、にかっと笑った。


「店を出すなら、ここでなくともいいだろう。女の尻を追いかけながら成功する程、商売は甘くない。お前が欲しいのは何だ? 目的を見誤るなよ」

「覚悟の上です。仕事も愛する人も手に入れてこそ、生きがいのある生活ってもんでしょう」

「お前に、しがらみに縛られた生活が耐えられるとは思えん」

「ええ、ええ、だから必要な時には旅には出ます。商売にも必要ですから。でも、俺が帰るのはここです。帰りたいと望むのはここだけです」

「……アタシは、これまでやりたいことを貫いてきた。その陰で、ひどく傷つく者が出ると知っていてもだ。アタシだけ幸せに浸るつもりは無い」


 そっけないミズナの言葉が、商人の心臓を跳ねさせた。


(姐さん、その言葉の意味に気付いてます?)


 ミズナは己の行いを悔いては居ない。だが、それは何らかの犠牲を伴うものだったのだろう。彼女の質から考えて、苦渋の決断だった筈だ。

 だからこそ。

 ミズナは言い訳などしない。誰かを傷付けてしまったことで己も傷つき、その誰かの傷が癒えるまで、己の傷は血が流れるままにしておく心算なのだ。

 「傷を癒しかねない存在」を受け入れることは出来ない、と白状したも同然の言葉に、スルドゥージの胸が高鳴る。


(俺がどんなに言葉を重ねても認めてくれないんでしょう。けど、貴女の傷が貴女だけのものであるように、その人の傷はその人だけのものかもしれないですよ)


 何があったのか気にならない訳じゃない。それが魔術使いの勤めに関係していることならば、自分が知る日は一生来ないかもしれない。だが、構わない。


(それでも、その人が貴女を責めるのであれば、俺も一緒に償います。俺の勝手でね)


 自分はただ、するべきことをするだけだ。それが商売人ってもんだろう……商人はにかっと笑った。


「貴女はきっと、『己の真実に足掻く者』に弱い。例えそれがであってもね。そこに付け込もうと思ってます」


 ミズナは堂々と宣言する男を睨みつけたが、晴れやかな笑顔に、諦めたように視線を緩めた。


「大した茶碗だな。いいだろう、出店は認める。後で正式な取り決めを交わそう。だが、おかしな期待はしてくれるなよ」

「ははは。嫌われない程度にがっつくことにします」


 ミズナが今日一番の大きな溜め息を吐く。


(『魔術使いの眼』なんぞあっても、役に立たんもんだ。何がこいつをそこまでさせるってんだ)


 スルドゥージは、互いの椀に新たに淹れなおした茶を注ぐと、まるでミズナの心を読んだかのように、


「俺にだって、どうして姐さんなのかはわかりませんよ。でも、最初から言ってるじゃないですか。俺の魂は、何時でも貴女の傍に。穏やかな日も、嵐の時も、勿論、美味しい物を楽しむ時もです。さあ、茶菓子をもう一つどうですか?」


 魔術使いは今日何度目かも分からない溜息を吐き、商人が差し出した小皿から干し果物を摘まむと、それを噛みしめた。

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商人と魔術使い 遠部右喬 @SnowChildA

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