第6話
そして、再び商団がミズナの住む村にやって来た。
(またこいつか……)
ミズナは溜息をついた。何故この男が、我が家で暢気に茶など淹れているのだろう。朝市に立ち寄っただけなのに。
午前中、ミズナは、定期的に開かれる
大半の魔術使いは医者を兼ねている。ミズナも多分に漏れない。市は自分の生活用品だけでなく、珍しい薬草等を手に入れる機会でもあり、必然、一人で持ち切れない程多量の買い物になることも多々ある。店によっては、買い付けた商品を自宅まで配送してくれるので、今日もそのように手配した。
午後になって届けられた荷には、大きなおまけが付いていた。
おまけは荷を運び中身の確認を終えると、そのままミズナの庵に上がり込み、何故か持参していた茶道具で茶を淹れ始めた。
気付けば大人しく火鉢の前に座ることになっている状況に、ミズナは内心舌打ちをした。男を追い出すのは簡単だが、そう思わせない。図々しいのに憎めない。
(本当にこいつは厄介だ)
魔術使いが本気になれば、相手を叩き伏せるのも呪い殺すのも造作もない。彼等がどの土地でも畏れ、敬われるのは、力を誇示する魔術使いが只の一人も居ないからだ。それは、人としての社会活動による行動の支配では無く、魔術使い特有の精神構造に因るものであり、脆弱な法などと比べ物にならない拘束力で彼等の行動を支配している。
尤も、個性豊かなのが生命というものだ。大半が物静かで冷静な魔術使いだが、中には変わり者も居る。極端に無口だったり、悪戯好きだったり、陽気だったり……ミズナは仲間内では変わり者の筆頭であり、その自覚もある。
変わり者の頂点であるミズナを呆れさせる、
不思議な形の茶瓶に湯を注いでいた男は、ミズナと目が合うと鉄瓶を火鉢に戻し、干し果物の載った小皿を差し出してにかっと笑った。
「姐さん、これお好きですよね? 極上品を取っておいたんです。茶が良い具合になるまでもう少し掛かるんで、それまで茶請けに召し上がってみて下さい」
男の振る舞いはあまりにも自然で、ミズナは感心すら覚えた。
(よくもまあ、人の家でこんなに好き勝手出来るもんだ)
仕方なしに小皿に盛られた干し果物を黙って受け取り、一口齧る。鮮烈な甘酸っぱい香りと味が鼻と口に広がり、その刺激に、身体がもう一口を要求する。ミズナはそれに従い、もう一齧りした。
感じた視線にふと顔を上げると、男が嬉しそうに言った。
「それ、美味いでしょう? 俺も初めて食べた時は驚きましたよ。今迄俺が食べてたものは何だったんだ、同じものとは思えない! ってね。さて、茶が入りましたよ。今召し上がってるそいつに抜群に合いますから、試して下さい」
ミズナは釈然としない顔で、差し出された椀を受け取った。椀に被された蓋をずらすと、控えめながらも華やかな香りが、大気にふわっと広がる。やや温めに入れられた茶を口に含むと、先程の干し果物の残り香と交じり全く別の香りへと昇華する。
目の前に色鮮やかな花畑が広がったような錯覚を覚え、思わず、「美味い……」と呟きが漏れた。
「でしょう?」
男は微笑み、黙って茶を飲むミズナに小皿に乗せた干し果物を勧る。
自分も一つ口に放り込み、
「うん、やっぱり美味い。
「ガルグジュ島に行ったのか」
珍しくミズナから発した問いに、男がにこにこと答える。
「いえ、ガルグジュには親父だけが行ったんです。俺は、隣のガザングジュ島で仕入れをしてました」
「そいつは残念だったな」
ガルグジュ島は、美味な果物だけでなく、美しい娘が多いことで有名な島だ。ミズナに
「いえいえ、綺麗なお嬢さんは拝見したいけど、あそこは掌より大きな虫がいるって聞いてます。そんなのに出くわしたら、繊細な俺は腰を抜かしちまいますよ」
表情豊かな男――スルドゥージにつられ、ミズナが小さく笑うと、スルドゥージは更に笑顔を浮かべた。
屈託の無い男の笑顔に、ミズナは盛大な溜息を吐く。
「確かに美味いが、アタシは余計な買い物はしない。試飲させてくれてありがたいとは思うが、持って帰れ」
「ははは、買っていただこうなんて思ってませんよ。
スルドゥージは空になった自分の茶碗に茶を注ぎ、美味そうに一口啜った。
魔術使いと神官は、どの街や村でも一目置かれる存在だ。特にミズナは、美しい見目と質量すら感じさせる迫力で名を馳せている。スルドゥージは彼女の前で自然体でいられる限られた人間、つまりはミズナ以上の変わり者、睨まれたところでどこ吹く
「何でこいつは何時までも帰らないんだ、って顔ですね」
「お前は案外良い奴だから忠告するんだ。アタシに構ってないで自分の居場所に帰れ。後悔しないように、自分のやることをやれ」
スルドゥージは真顔になり、手にしていた茶碗を置いた。
「実は、そのことで姐さんにお願いがあるんです」
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