鯖の煮付け

 途轍もなく個人的な話になるが、僕は只今入院中だ。


 一人暮らしをしている時の「今日の夕飯どうしよう……」は解消されたものの、自分が食べたいものを、食べたい時に、食べたいだけ作れないのは少し苦痛だ。そんな事をボンヤリと考えて時間を潰しても、決まった時間に決まった食事はちゃんと僕の前に提供される。


 今日の夕飯は鯖の煮付け。


 鯖が美味しいのは元より、お財布にも優しいという家計のスーパーヒーローは僕もよく買っては自宅で料った。


 最近のスーパーで手に入るのは、切り身の状態でパック詰めされたものだろう。魚を丸々一匹捌くには少しコツがいるし、大掛かりで面倒、その上血生臭いとくれば手軽に仕込める切り身が良いに決まってる。


 あんまり生々しく書くと想像の中で大混乱を招いてもいけないので、今回は切り身で買ってきた事を想定しよう。


 鯖は足が速い。


 言わずものがな瞬足を履いている訳ではなく、鮮度が落ちやすいという意味である。


 特に脊椎から身を剥がしてしまうと痛みが早くなるので、当日に使う予定がないのなら骨ごと保存するのが経験上の最善策だ。一般的な調理法は二枚おろしならそのまま煮てしまうことも多いが、僕の実家は歳の離れた妹がいる為、基本骨は取り除くのが習慣づいていた。


 骨ごと使う場合は骨の間に入った血の塊を取り除くと、生臭さが抑えられるし、僕みたいに捌いてしまっても構わない。要は手間の掛け方の違い、気にする範囲の違い。


 強火で温めたフライパンに胡麻油を垂らし、下拵えを終えた鯖に片栗粉を付けて表面を焼く。和食には『霜降り』という工程があり、この動作は所謂ソレに相当するのだが、もしもやったことがないと言うのなら騙されたと思って是非一度やって頂きたい。


 魚の生臭さが飛ぶのは勿論、片栗粉でコーティングされて鯖の水分が逃げ難くなるので、煮魚にしても柔らかい食感が保てるのだ。


 表面がカリッとしたらキッチンペーパーで余分な油を拭き取り、鯖が被るくらいの水、醤油と酒、スライスした生姜を投入し、クッキングシートで落し蓋をして強火のまま5分煮る。弱火でコトコト……というイメージがあるかもしれないが、煮魚は強火でサッと火を通すのがベター。


 鯖を煮ている間に白ネギの白い部分だけを剥ぎ、繊維に沿った細い千切りにして水に晒す。


 熱々でホロホロ、生姜の香りがほんのりと香る鯖の煮付けに白髪ねぎを乗せたら、僕流の煮付けが完成する。


 叶わない妄想を膨らませながらトレーに乗って煮付けを拝む僕は、待ち望んだ退院日を指折りで数えながら溜息を零す。


 僕は手を合わせた。


「いただきます」

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