第9話 付与魔法のちょっとした応用だ
「いいか、フィオリーネ! マジでヤバいと思ったら俺を盾にして『風鳴りの羽』で学園に戻ってくれ!」
「で、でもっ! それだと、アイゼンブルクさんが……!」
「俺のことなら心配するな、必ず勝つし、勝てなくたって君を無事に学園まで送り届ける時間稼ぎはしてみせるさ!」
剣を抜いて前に出た俺に対して、ワイバーンはまだ威嚇のようにグルル、と喉を鳴らしただけだった。
やつはまだ、人間を脅威と見ていない。
なら、これは好機だ。
しかし同時に心配も出てくる。
あのとき受付の女性から渡された蒼い羽……その正体は
だが、そんな便利アイテムにも欠点がある。
それは、帰還の術式構築までに一分程度の時間を要することだ。
たかが一分、と思うかもしれない。
しかし、それは大いなる間違いだ。
少なくとも、このワイバーンと相対している間は。
やつらは、竜種は、いとも簡単に人間の命を摘み取れる。
一分という時間ですら、竜種の前では致命的な隙となりうるのだ。
「
『グルル……?』
俺は剣の斬れ味を付与魔法で底上げして、ワイバーンの脚を、渾身の力を込めて斬り裂いた。
だが、浅い。
まるで鋼鉄の鎧に斬りかかったかのように、飛竜の肉を覆っている甲殻や鱗は刃を通さなかった。
それでも、少なからずワイバーンは手傷を負った。
人間という存在が脅威に値するかどうかはともかく、「敵」だと認定されてもおかしくはない。
だとしたら、そろそろアレがくる頃だ。
「フィオリーネ、耳を塞げ!」
「は、はいぃ……っ!」
俺もまた、次にくる行動に備えて全力で耳を塞ぐ。
『グルルルルォォォォォ!!!!!』
威嚇ではなく、獲物に対する殺意を宿した本気の咆哮。
さっきは油断を突く形で一撃お見舞いすることこそできたが、ここからは正真正銘、狩るか狩られるかの、命の鉄火場だ。
しかし、斬れ味を付与してもまだ肉に届かないなんて、この剣がナマクラなんじゃないかと疑いたくなる。
「
『グオオッ!』
ワイバーンは翼を軽く広げて飛び上がり、俺を押し潰そうとさっきいたところを踏みつけた。
遅い。
今度は、肉体に「速度」を付与することでその場を離れつつ、返す刀でさらにワイバーンの足を斬りつける。
二撃目もまた、ついていた傷を上書きするように同じ箇所を狙ったものだ。
その結果として、竜の返り血が傷口から噴き出し、俺の制服を汚していく。
付与なしで斬りつけて改めて実感した。
こいつらは規格外だ。
脆弱な肉を斬り裂いたはずなのに、こっちの腕には確かな重さがのしかかってきたのだから。
ワイバーンはその肉──筋肉の密度でさえ、人間とは大違いだった。
『グオオオオオオオッ!!!』
「そう来るかよ……!」
俺はワイバーンが吐き出した火球を斬り裂く形でいなして、剣を構え直し、飛びかかる。
「はああああっ!」
『グルッ……!?』
振り抜いた剣閃は、ワイバーンの鼻先を切り裂いて、薬草畑に血飛沫の雨を降らせた。
残念なことにこれも手応えがない。
それもそうか、店売りの量産品でしかない剣が想定している相手には、ワイバーンのような竜種は含まれていないのだから。
竜を殺すには殺すに相応しい得物が必要だ。
弘法筆を選ばず、なんて言葉が前世にはあったかもしれない。
だけどさ、どんな達人だってナマクラを渡されて飛竜の前に立たされたら、裸足で逃げ出すだろうよ。
そうなると、プランBという名の最後の手段に打って出る他になさそうだった。
幸い、鼻先を切り裂いたことでワイバーンの注意は完全に俺に固定され、フィオリーネのことなど眼中に入れてもいない。
フィオリーネがどんな魔法を使えるのかは、設定資料集にも書いていなかった。
だから、これは賭けだ。
彼女が弛まぬ努力を続けてきたその結果に、俺の命の全てを預ける。
それでダメだったら、さっきも言ったようにフィオリーネが学園に帰れるまで、肉の盾となるだけだ。
「フィオリーネ!」
「……は、はいっ……!」
「なんでもいい! 君が使える中で一番自信がある魔法を、俺にぶつけてくれ!」
「わ、わかりまし……えっ!?」
正気か、とばかりにフィオリーネは目を見開いていたが、こっちは至って正気だった。
俺が得意としている付与魔法には、二つの特質がある。
一つは、自分から文字通り物体になにかしらを付与すること。そして、もう一つは。
「付与魔法は、相手から受けた魔力も物体に付与することができるんだよ!」
例えば、炎の魔法を俺が受けたとして、それを装備している剣に付与すれば炎の魔法剣が出来上がるといった具合だ。
もちろん、付与のために吸収できる魔力には人によって上限がある。
だが──俺は、アレス・アイゼンブルクは、主人公なだけあってその上限が異様なほどに高く設定されている。
大地を踏み荒らし、噛みついてくる飛竜の攻撃を回避してカウンターを叩き込みながら、俺はフィオリーネに向けて叫ぶ。
「……わ、わかりましたっ……! 付与魔法の第二特質、忘れてました! でも!」
「まだなにかあるのか!?」
「わ、わたし……その、魔法に、自信が……」
自信がないんです、と、フィオリーネは言葉を続ける。
正直それは謙遜しすぎなんじゃないかと思うところはあるが、そんなことも言っていられない状況だ。
本当になんでもいい、なんでもいいんだ、フィオリーネ。
「大丈夫だ! 自分が信じられないなら、俺を……信じてくれ! 必ず勝つって、そう言ったろ!?」
大言壮語を吐いた以上は、死んだとしても勝ち切る他にない。
そして俺の生き死には今、フィオリーネ・フローレンシアという女の子に委ねている。
それは全て、彼女を心の底から信じているからだ。
信じているからこそ、この命の行方を託しているのだ。
「……っ、わかり、ました……!」
「ありがとう……!」
「──神の御心よ、我が身に宿る神秘の力よ、今こそ鎖を解き放たん! 我が選びし勇者に加護を、明日を照らす剣に光を!
瞬間、夜の闇をも呑み込み、覆い尽くすような光がフィオリーネが掌の先に構築した魔法陣から放たれて、俺を打ち据える。
聖光魔法。
それは確か、原作でもかなり後の方になってようやく取得できるような代物だったはずだ。
なのに、フィオリーネは今、それを行使していた。
しかも、かなりの魔力量で。
全く、どこが自信がない、だ。
「これなら十分すぎるぐらいだ……!
『グ、オオオオオオオッ!?』
聖なる光に目を灼かれたのか、その場をぐるりと回りながら、ワイバーンは嗅覚と聴覚を頼りに見失った俺という名の獲物を探し続ける。
しかし、全てはもう遅い。
聖光を纏った剣を俺は全力で振りかぶって、大上段からワイバーンの頭に叩きつけた。
「これで──ッ!」
『グ、ォォォォォッ、ルオオオオッ!!!』
その一撃は鱗を、甲殻を、熱したナイフでバターを切るが如く易々と両断し、肉を切り裂き、頭蓋を砕き、脳漿をぶちまけさせていた。
頭を砕かれて、無事でいられる生物はいない。
ワイバーンは断末魔の咆哮を上げると、そのまま沈黙し、地に倒れ伏した。
俺たちの、勝ちだった。
信じられない、というようにフィオリーネは目をぱちくりとさせていたが、今日のMVPは間違いなく彼女だ。
一体どこにそんなすごい力を隠していたのかと質問攻めにしたくなるのを堪えて、俺はフィオリーネに笑いかける。
「やったな、フィオリーネ」
「え、えっと……」
「……? どうした?」
「わ、わたしの魔法、こんなでしたっけ……?」
自分が信じられない、といった風情で、フィオリーネは不安げに小首を傾げた。
……元からこういう風に使えたんじゃないのか?
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