第7話 昼休みの霹靂
俺たちがシュテルたちとの相席で過ごしたランチタイムも終わって、学内は昼休みに突入していた。
中庭でなにやら運動に興じている生徒たちもいれば、図書室の方に向かっていった生徒たちもいる。
そんな中で俺とフィオリーネは、なにをしたものかと悩んでいた。
「ひ、昼休み……なにをしていいのか、よくわかりませんよね。お勉強……?」
「勉強熱心なのはいいことだけど、あんまり根を詰めすぎるなよ、フィオリーネ」
「は、はいっ」
そもそも勉強を中断して休憩の時間として充ててるんだから、本来は中庭の生徒たちみたいに体を動かしたりするのがいいんだろう。
でも、それも人それぞれだ。
昼休みに図書館に行ってもいいし、なんなら次の授業の教室で始まるまで仮眠していてもいい。
自由というのは多分そんなものだ。
じゃあ遊びに行くならどこに行くの、という話になってくるんだが──と、そんなことを頭に浮かべていたときだった。
バサバサと羽音を立てて、窓から飛んできた伝書鳩がフィオリーネの肩先に止まる。
『クルッポー』
「あ、わたし宛の文書です……」
「家からか?」
「た、多分……アイゼンブルクさんと、リーゼシュテルさん以外、その。送ってくれそうな人もいないので……」
「なんかごめん」
クルッポー、と、フィオリーネの肩に止まって喉を鳴らしていた鳩は、こんな気まずいところにいられるかとばかりに飛び立っていく。
それはともかく、あのやり取りを経て、フィオリーネはシュテルのことをちゃんと友達だと思ってくれたらしい。
少なくとも手紙を書いてくれそうだと思う程度には。
そんなことを頭の片隅に浮かべていたときだった。
横目に見たフィオリーネの顔から、さっと血の気が引いていく。
一体どんなことが手紙に書かれていたのだろうか。
まさか、家の借金が膨れ上がって破産したとかじゃあるまいな。
いや、自分で考えておいてなんだが、それは流石にないか。
原作だとフィオリーネは無事に四年間この学園に通って卒業している。
各ヒロイン共通であるノーマルエンドのスチルに、その姿が確認できるからな。
推しの貴重な出番だから、そこははっきりと覚えている。
だが、原作に保証されているというのは、同時に不安要素でもあった。
なぜなら、俺は既に原作のルートから外れた行動を取りまくっているからだ。
それでもシュテルとアンジェリカにちょくちょく出会うのは、世界の修正力というやつなのかもしれない。
なんとか世界そのものが自らの筋書きに辻褄を合わせようとしている、その副産物。
仮にその世界の修正力が今も働いているのだと仮定しよう。
そうなってくると、俺を無理やり正規ルートに戻すため、フィオリーネを学園から排除する──そんな方向に向かってもおかしくない。
できればそうでないことを祈るばかりだが。
「ど、どうしましょう、アイゼンブルクさん……」
「落ち着け。どうしたんだ、フィオリーネ?」
「こ、今月は厳しいから……わたしへの仕送りがなくなる、みたいで……その」
「なるほど、それで困ってるのか」
「は、はい……今月に入ったら、古本屋さんで新しい、さ、参考書を買おうと思っていたので……」
フィオリーネには大変申し訳ないが、学費が払えなくなったとかよりは大分マシだった。
仕送りといっても、基本的にアルティミシア魔法学園の生徒たちは衣食住が保証された身分で、勉強の道具も学内に揃っている。
だから、それ以上を求めるとなるとある種の贅沢という扱いになるのだが、楽しみなものがなくなるのは嫌だよな。
「どうしましょう、アイゼンブルクさん……」
「そうだな、手っ取り早いのは学生課に行って依頼を受けることだな」
春は魔物も活動し始める季節だ。
学生課に冒険者ギルドや騎士団の手を煩わせるまでもない、かといって放置しておくわけにもいかない依頼は舞い込んでいることだろう。
学生価格に割り引かれてはいるが、参考書を古本で買うぐらいなら困らない額は手に入る。
「……あ、あのっ。い、言いづらいんですけど」
「言いづらい?」
「は、はいっ。その……あ、アイゼンブルクさん……」
「ああ」
「わ、わたしとっ! い、一緒に、依頼……受けてくれませんか……!?」
ぺこり、と腰を折ってフィオリーネは頭を下げる。
なんだ、それぐらいのことだったらお安い御用だ。
報酬は折半という形になるだろうが、俺の分を全てフィオリーネに渡せば満額で手に入るのと実質的に変わらない。
「わかった、それじゃ学生課に行こうか」
「あ、ありがとうございます……っ」
俺の記憶が正しければ、聳え立つ三つの尖塔のうち、確か一番右のところに学生課があったはずだ。
討伐依頼はプレイしているときはあんまり受けてこなかったから、正直どんなものなのかか自信はないが、推しのためならやるしかない。
校舎を出た俺たちは、第三大講堂のある尖塔に駆け足で向かうのだった。
◇◆◇
「一年生向けの依頼となると、こちらが適当なものですかねぇ」
学生課の受付を務めている金髪の女性は、おっとりした声でそう言った。
依頼内容が記されている何枚かの紙が、机の上には置かれている。
迷子の子猫探しに街のドブ浚いまでどれもこれも似たような内容だったが、その中でも報酬が割高なものが俺の目に留まった。
「こちらの依頼は受けられますか?」
「えっと……ゴブリンの群れの討伐依頼、ですか。少し危険かもしれませんが、本当に受けられますか?」
「はい、なるべく身入りがいいものが好ましいんで」
「そう言って帰らぬ人になった学生さんはたくさん……はいないですけど、いることはいますからね。くれぐれもご用心してくださいよ?」
やけに物騒なことをにこやかな笑顔で宣いながら、受付の女性は手続きに必要な書類へ、俺たちの名前を書き込んでいく。
そして、懐から取り出した蒼い羽を二枚、俺たちに手渡した。
「では、アレス・アイゼンブルクさん。フィオリーネ・フローレンシアさん。手続きは終了したので、気をつけていってくださいね」
「了解しました」
「は、はい……っ!」
手続きとやらが具体的になんなのかはわからないが、俺たちが気にしても仕方のないことだろう。
強いて挙げるのなら学園側への通知だとか、そういう事務的な連絡だろうか。
まあいい、なんにしたって俺たちのやることは変わらないわけだからな。
「そういえばフィオリーネ、聞いておきたいことがあるんだけどさ」
「な、なんですか……?」
「実戦経験はあるか?」
ないとは思うが、一応聞いておくに越したことはない。
あるならあるでスムーズに作戦を立てられるし、ないならないで、それを前提に作戦を組む必要がある。
討伐依頼書に書いてあったゴブリンの数は三匹だ。
たかが三匹、と侮ると帰らぬ人になる可能性があるのは受付の人が言っていた通りだ。
万全には万全を期す必要がある。
特に、フィオリーネに実戦経験がなかった場合は尚更だ。
「……じ、実際に魔物と戦った経験ですよね……? な、なら。ありません」
「よし、わかった。問題ない」
フィオリーネが返してきた答えは、俺の想像した通りだった。
それはそうだろう。
いかに没落寸前とはいえ、貴族令嬢がわざわざ野山に出かけて魔物を討伐するなんて話は聞いたことがない。
「戦いになったら、俺の後ろに隠れるように陣取ってくれ」
「わかりました……っ!」
頼もしい返事だ。
戦うための基本的な方針も決まって、俺たちは学生鞄の中に薬草とポーション、そしてさっきもらった羽がちゃんと詰まっていることを確認する。
そして、それぞれの得物を手に、俺とフィオリーネは依頼があった城塞都市の外に広がる平原へと出立した。
さて、ゴブリン共には気の毒だが、最推しの参考書のため、存分に剣の錆になってもらおうじゃないか。
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