第4話 フィオリーネの好感度がちょっとだけ上がった
「わ、わたし……その。貴族なんですけど、お金が、なくて」
フィオリーネが泣き止んでくれた帰り道、寮まで向かう道中で俺はぽつりぽつりと彼女の身の上話を聞いていた。
設定資料集にはたった一行、「学費の捻出にも苦労している」と書かれているだけで、画面にほとんど映らないモブキャラ。
それがフィオリーネ・フローレンシアという女の子だが、この世界では一人の人間だ。
金がないのはとてつもなく苦労することだろう。
平民でもそうだが、特に、対外的には見栄を張らなきゃいけない貴族となれば尚更だ。
そのための必要経費がいくらかかるのかなんて、計算したくもない。
「家が……いろんなとこからお金を借りていて、お金を借りるためにお金を借りる、みたいなこともあって。それで、わたし……『貧乏貴族』なんて、呼ばれてるんです」
「借金をするための借金、か……それはなんというか、大変だな。本当はこんな言葉で済ませちゃいけないんだろうけどさ」
「いえ、だから……その。同じ参考書を何度も何度も読み返していただけ、なんです」
アイゼンブルクさんが思うような人じゃなくてごめんなさい、とフィオリーネは頭を下げてきたが、別に謝るところじゃないだろう。
「それでも勉強して頑張ろうって思ったんだよな? だったらやっぱり、フィオリーネには努力の才能があるよ」
貧すれば鈍する、という言葉が前世には存在していたように、人間は金銭的な余裕がなくなると極端な行動に走りがちだ。
それでも、ちゃんと道を外れることなく真面目に歩み続けてきただけで十分偉い。
贔屓目とかを抜きにしたってそうだ。
顧みられることは少なくたって、いつの日も、ひたすら真面目に道を歩み続けてきたやつが一番偉いんだからな。
「な、なんだか……照れちゃいます」
「誇っていいと思うよ、俺は。その参考書、めちゃくちゃ大事にしてきたんだろ?」
「い、一冊しか。買ってもらえなかったものですから……えへ」
えへえへと上機嫌そうに、フィオリーネは参考書を掲げながら笑った。
それほど大事なものを取り上げられていたんだから、泣いても仕方ないよな。
そう、仕方ない。
控えめに楚々と微笑むフィオリーネの笑顔は天使のそれだ。
俺の最推し、顔面が人間国宝すぎんか?
いや、その控えめな性格も含めて天使なんだから当然か。
控えめにいっても人類は彼女を讃えて全力で学費やらなにやらを援助すべきだろう。
……と、いうのはいくらなんでも推しに対してのバイアスがかかりすぎているとはいえ、困っているなら助けてやりたいのも事実だ。
だが、学生の身分でできることなんてたかが知れているからな、そう簡単に解決とはいかなさそうなのが悩みどころだった。
「しかし借金か……難しい話だな。俺も力になれるものならなってあげたいところではあるんだが」
「そんな、もったいないです……!」
「いやいや、困ってる人がいたら助けてやりたくなるのは当然だろ?」
「で、でも」
「一応、学生の身分でも金を稼ぐ手段がないわけじゃないんだけどさ」
俺は聳える三つの尖塔を一瞥して、唸り声を上げる。
一応このアルティミシア魔法学園は、将来の騎士だとか魔法使いだとか、そういうのを育てるための──いってしまえば、国防の要衝でもある。
だから、学生の身分であっても、魔物との戦いの場に身を置くこともできるのだ。
そして、魔物の討伐には必ず金銭が絡む。
なぜなら、騎士団や冒険者ギルドといった組織から斡旋された依頼や、あるいは認可を受けなければ、在野の魔物を討伐してはいけないと法律で定められているからだ。
本編の前にあったらしい設定資料集の記述曰く、「魔王」なる存在が君臨していた頃はそんなことを言ってられない状況だったらしいが。
今は世界情勢もある程度安定しているから、人里を護り続けられればいいという考えなのだろう。
話が逸れたな。
要するに、ここの学生課にいけば、学生の身分であることを考慮して、少額ではあるがそういう討伐依頼を受けられるということだった。
「お金、稼げるんですか……?」
「まあ、一応……ほんの少額だし、魔物と戦わないといけないから危険だけど」
なにかの希望を見出したかのように目をきらきらと輝かせたフィオリーネに、俺は忠告という形で釘を刺しておく。
学生課で受けられる魔物の討伐依頼が学生の基準に合わせられたものだとしても、戦いとなれば危険を伴う。
それに、金を稼ぐことに執心して授業に出られなくなるという本末転倒な事態も想定できる。
実際、ゲーム本編でも魔物の討伐依頼ばかり受けていると落単からの退学命令という形でゲームオーバーになるからな。
インペリウム・ラウンズこと生徒会からの退学勧告は、やや反則的だが決闘で勝てば取り消せる。
しかし、学長直々の命令だけはどうにもならないようにできているのだ。
「そう、ですか……でも。安心、しました」
「そっか、ならよかった」
「はいっ。仕送りがなくなっても、なんとかなりそうなので……」
「そうならないことを祈るばかりだけどな……」
マジでそうなったら洒落にならん。
平民出身の生徒なんかは割と学生課を利用しているらしいが、フィオリーネがそのお世話にならないことを祈るばかりだ。
ちなみに、俺の家も経済的に恵まれた方じゃない。
だが、小さい頃からこの学園に通うと公言していたことで、こっそり学費を貯めていてくれたのだ。
両親の愛には感謝するばかりだった。
初日から色々ありすぎて忘れかけていたが、寮に戻ったらちゃんと手紙を書かなきゃな。
「あ、あの。アイゼンブルク、さん……」
「ん、なんだ? フィオリーネ?」
「そ、その。えっと……次の授業のとき、わたしと一緒に、座ってくれますか……?」
頬を真っ赤に染めながら、フィオリーネはそんな提案を持ちかけてくる。
ひゅっ、と一瞬息を呑みかけた。
いや、最推しと隣の席に?
いいのか、許されるのか、そんな贅沢を通り越したような至福のときが?
とんでもない話だ。
おかげで、真顔を取り繕うのが精一杯だった。
「ご、ごめんなさい。な、なんでもないですっ! またなんの得にもならないことを、わたし……!」
「い、いや……君がいいならいいんだけど……」
「そ、そうですか? ありがとうございますっ! えへ……」
こういうとき、咄嗟にスマートな答えを返せればよかったんだが。
それでも、だ。最推しから、身に余る幸福を持ちかけられて冷静でいろという方が難しい。
冷静でいるようには努めているつもりだが、客観的に見てどうなのかは正直ちょっと自信がない。
「そ、それでは。その……また、明日です。アイゼンブルク、さん」
「あ、ああ……また明日。フィオリーネ」
「また、明日。えへ、えへ……楽しみですっ」
寮が男女別に分かれている都合、一緒にいられるのはその分岐路までだ。
いつの間にか辿り着いていたのが、幸運なのか不幸なのかはわからない。
だが。
俺はまだ、交わした約束にどぎまぎし続けていた。
フィオリーネと同じように、明日が楽しみだと、腹の底から思ってしまう。
また明日。そんな他愛もないはずの約束が、なによりも大切に感じられてしまうのだ。
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