7-5.遺言
「…………そうか。プレゼントなんだな。ラディアがオレのためにわざわざ作ってくれたんだな」
ザルダーズは震える手で、収納箱を受け取る。
「ありがとう。ラディア。すごくうれしいよ」
ザルダーズは嬉しそうな笑顔をみせながら、収納箱を胸に引き寄せて掻き抱く。
木のよい香りがザルダーズの鼻孔をくすぐる。
すごく爽やかで、すがすがしい香りだ。
深い森の中にいるような、惹き込まれそうな木の香が漂っている。
「ラディア、本当にありがとう。うれしいよ。『この子たち』は、大事に使わせてもらう。ずっと使いつづける。オーナーが代替わりしても、『この子たち』は、次のオーナーに必ず引き継がせるよ。このガベルとサウンドブロックで、オレは異世界オークションの歴史を創っていく」
「がんばってね」
「ああ……がんばるよ。絶対に、異世界オークションを成功させてみせる。成功させるだけでなく、歴史と格式のあるオークションにしてみせるからな」
(そして……世に出回ったラディアのヴァイオリンが、次の奏者を求めるとき……中古ヴァイオリンという扱いでちっぽけな楽器店に並ぶのではなく、オレのオークションで、大々的に次の持ち主を探せるようにしておくからな)
収納箱を持つ手に力を込めて、ザルダーズは己の決意を心の中で告げる。
彼の決意を知る立会人は、収納箱の中にあるガベルとサウンドブロックだった。
――このようにして、ガベルとサウンドブロックは、ザルダーズのオークション備品として、初代オーナーより重要な役目を与えられたのであった。
歳月は流れる。
元貴族という特異な経歴を持つ職人が『秘境の森』で作成したヴァイオリンは、彼の死後、多くの人々を魅了し、神の心も動かす名器として、数多の世界に知れ渡ることとなった。
そして、彼の一番弟子ディーバがその技を引き継ぎ、昇華させ、さらなる名器を世に贈りだしたのである。
ラディアが作成したヴァイオリンは、彼の名をとって『ラディア・ウィオリナ』と呼ばれるようになる。
そして、彼の一番弟子が作成したヴァイオリンは『ディーバ・ウィオリナ』の銘がつけられた。
また、ラディアが失敗作として世に出そうとしなかった数多のヴァイオリンは、幸運にも保管されており、ラディアの遺言にしたがって、ディーバが音を整え、世に贈りだしたのである。
そのヴァイオリンは『ディー・ラディア・ウィオリナ』として区別され、天上より降り注ぐ音色を奏でる奇跡のヴァイオリンとして、絶大なる称賛を浴びた。
また、脈々と続くラディアの弟子たちは、師匠の名に恥じぬ弦楽器を作成していく。
かの『秘境の森』は、魔法の磁場を狂わせる森として有名だったのだが、逆に、その特異な磁場が、木の乾燥保管においてよい効果をもたらすということが、ラディアの死後に判明した。
この『秘境の森』で乾燥させた木を使い、この『秘境の森』で楽器を作成すると、美しい姿形の楽器ができるだけでなく、その姿にふさわしい音色を奏でる……と人々は言い始めた。
ディーバが大成する頃、木を原材料とした弦楽器、鍵盤楽器、木管楽器の職人たちがぽつぽつと『秘境の森』に移り住み、工房を開き始めるようになった。
それはちょっとした集落のような規模になり、今では楽器職人の隠れ里として関係者の行き来がある。
数百年の歳月が過ぎてもなお、弟子やその子孫が工房を引き継ぎ、森を大事にしながら、楽器をつくりつづけている。
異世界オークションの初代オーナーであり、グループ会社エルミューリのトップでもあったザルダーズはとある遺言を残した。
一、 楽器職人が棲み着いたエルミューリ社が所有している『秘境の森』は、いかなる理由があろうとも売却してはならない。
一、『秘境の森』は、いかなる理由があろうとも必要以上の開発を禁じる。
一、『秘境の森』は、楽器職人が木製楽器を生産するためにのみ開放し、職人の仕事を妨げてはならない。
一、『秘境の森』にて活動する楽器職人に対しては常に注意を払い、先人の偉業を汚す行いをなした者には、すみやかにしかるべき処置をとりおこなわねばならない。
一、『秘境の森』にて大成した職人には敬意を払い、援助をおしまぬこと。ただし、職人の活動を妨げる無用の援助は禁じる。職人からの依頼があった場合のみ、後見人として楽器の代理販売、管理を許可する。
一、ラディア・リウスおよび、その弟子にして養子のディーバ・リウスが作成した楽器がザルダーズのオークションに出品された場合は、必ずオオトリの扱いとする。これはすべてにおいて優先される事項であり、一切の例外を認めない。
ザルダーズのオーナー、エルミューリ・グループのトップが変わろうとも、この遺言は変わることはなかった。
(痛!!完)
異世界オークションへようこそ・痛!!〜人になれる備品と優秀なオークションスタッフたちは数々の問題に振り回される〜 のりのりの @morikurenorikure
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