異世界 街歩き

「カレン、起きなさい。いつまで寝ているの?」

「……うーん……あれっ…お母さん、おはよう…」

「もう7時半よ。早く準備しなさい。あなた達、昨日何時まで起きていたの?」

「……7時半?!わぁ寝坊したぁー!仕事に遅れちゃう…エマも一応起こした方がいいわね…」


 夜更かしをし過ぎて、やはり翌朝起きられなかったカレン。

 隣で寝ていたエマを起こしながら急いで身支度を整える。


「……カレン、おはよ~…もう起きてるの~?」

「もう起きたというよりも、むしろ遅刻ギリギリよ。寝坊しちゃったの。私は仕事に行くけど、エマも準備ができたら後で下へ降りて来てね」


 この世界では朝ごはんは食べず、昼と夜の一日2食である。

 カレンは1階の商会へ降りていき、奉公人達と共に開店の準備をする。まずは掃除で、床を掃きモップ掛けをしていく。その後商品棚を拭いて回る。カレン達が掃除をしている途中で1階へ降りてきたエマも、仕事のお手伝いをすることにした。

 一通りの掃除を済ませると、今度は商品棚の補充作業をこなす。商会と倉庫を何度も往復し商品を補充していく。補充作業後、接客などをしていると時間はあっという間に過ぎ、もう昼近くになっていた。


「エマ、お手伝いありがとう、お疲れ様。そろそろお昼だから買い物に行くわ。エマも一緒に行きましょう」

「行きたい行きたい!街歩きできるのね!」


 エマに手提てさげの編みカゴを渡したカレンは、一際大きな編みカゴを肘に掛けて出掛けていた。


「それも買い物カゴ?凄い大きくない?」

「違うの、これはパン用のカゴよ。中にパン生地が入っているの」

「パン生地?どういうこと?」

「街のパン焼き職人に焼いてもらうのよ。出来上がった物を売っているパン屋さんもあるのだけど、値段が高いからね…うちでは昔から粉屋さんで小麦粉を買ってきて、自宅でねたパン生地をパン焼き職人に焼いてもらっているの」

「へぇ~、そうなんだぁ~!自宅では焼けないの?」

「自宅に窯が有るのはお貴族様だけよ。平民の家には窯の設置が認められていないの。直火でパンを焼くのは中が生焼けになって難しいし…パンを焼くことを王国から許可されている職人に焼いてもらうか、パン屋さんで買うかのどちらかね」

「ふ~ん、そうなのねぇ~。でも何で窯の設置が認められないの?火事が怖いから?」

「それもあるのだろうけど…昔からパン作りは神殿が独占していたの。パンは神様の肉と見做みなされるらしくて、平民が勝手に作ることは長い間禁じられていたのよ。100年程前からようやく、許可を得た職人がパンを焼けるようになったらしいわ。それまでは神殿が信者のためにパンを作って、お布施と引き換えに渡していたんですって」

「へぇ~、そんな歴史があるんだねぇ……あっ!パンのいい匂いがするっ!ひょっとしてあそこ?」


 人だかりができている路面店をエマが指さす。


「そうよ。結構込んでいるわね…さぁ早く行きましょう!」


 店の前でしばらく順番待ちをした後、カレン達の番になった。カゴごと台に載せ、パン生地に被せていた布を取る。


「ブルーノさん、こんにちは!これお願いします」

「おっ!カレンの嬢ちゃん、いらっしゃい!今日もいつも通りでいいかい?」

「ええ、よろしくお願いします!」


 焼き上がるまでは大きさにもよるが5分~20分かかり、カレンの場合はいつも10分程だった。

 石窯でパンを焼いている様子を物珍しそうに見ているエマに、カレンが声を掛ける。


「ねぇエマ、昨日の漫画の話なのだけど…」

「うん?どうしたの?」

「エマの住んでいる世界は本当にあんな感じなの?こちらの世界とは、描かれていた物や風景も全然違ったわ。何というか、とても進んだ文明って感じよね。それに学校というのは同年代の子がたくさん集まっていて楽しそうね」

「うん。日本は本当にあんな感じだよ。そうよねぇ~、知らなかったらビックリするよね。今回はスマホ持って来てるから、後で写真とか動画見せてあげるよ。昨日は時間が無くて見せられなかったけど」

「写真とか動画って何かしら?」

「うーん……ちょっと説明が難しいから、見てのお楽しみってことで!」


 話をしている間にパンが焼き上がった。代金を支払い、お礼を言ってから次の店へ行く。


「焼き立てのパンの香りっていいよね。私、日本でもパン屋さんの前通るの好きだもん。日本のパン屋さんにはビックリする程色々な種類のパンがあるんだよ~。カレンも連れて行ってあげたいくらいだよ」

「へぇ、ちょっと想像できないわね…漫画にパン屋さん出てくるかしら?あっ、次はあのお店で野菜を買うわよ」


 野菜を買った後は精肉店へ寄り、肉を購入して帰宅する。その帰り道、露店から肉の焼けるいい匂いが漂ってきてエマが反応する。


「ねぇねぇカレン、あれは?」

「あれは串焼き屋さんよ。今焼いているのは鶏肉ね」

「焼き鳥!日本にもあるよ!食べてみたい!」

「いいわよ。買って歩きながら食べましょうか。おじさーん、2本くださーい!」

「へいっ!毎度ありっ!」


 店主からエマに直接串焼きを手渡され、その間にカレンが代金を支払う。


「ありがとぉ~カレン!私もお金払いたいんだけど、この世界のお金持ってなくて…」

「何を言っているのよエマ、そんなの気にしないで。逆にこれくらいじゃ足りないくらい、私の方が色々教えてもらっているんだから。あっ、そうだ、お昼食べた後は石鹸の様子も見ないとね。もうすぐ24時間経つでしょう?」

「そうだったね!石鹸が上手く固まっていたら、お好みの大きさに切ってから1ヶ月乾燥させなきゃだね!…それにしても…う~ん、この焼き鳥、塩味でシンプルな味付けだけど美味しいね!」

「ふふっ、気に入ってもらえてよかったわ」


 2人が自宅へ戻ると母フィオナが昼食の支度を始めていた。


「お母さん、ただいま。エマと一緒に買い物へ行ってきたわ」

「あら、ありがとう。それじゃあ買ってきた野菜を切ってちょうだい」

「はーい。エマ、ピーラーを使わせてもらってもいい?」

「いいよ~、じゃあピーラーとスプーンとフォーク取ってくるね」


 カレンの部屋に置いてあったエマの荷物から取り出し、料理中のカレンにピーラーを手渡す。


「お母さん、見て見て。これが昨日エマの言っていた、野菜の皮をむくピーラーよ。昨日日本へ戻った時に取って来てくれたの」

「あら~エマさん、わざわざありがとうね。ほらカレン、早く使って見せてちょうだい」


 初めて使う調理道具に慎重になりながらも、カレンは芋の皮をむいていく。ピーラーからはスルスルと薄い皮が吐き出され、あっという間に芋1個をむき終わってしまった。その後は夢中で残りの野菜の皮を全てむいてしまった。


「ねぇエマ、私決めたわ!こちらの世界でピーラーを広めることにする!」

「え?!どうしたの急に」

「だって、これはどう考えても売れるわ。料理をする人にとっては画期的な道具よ。つまり家庭の数だけ需要があるってことなのよ」

「ええそうね、カレンの言う通りだわ。エマさん、ピーラーを少しの間お借りできないかしら?」

「はい、お貸しするのも大丈夫ですよ」

「ありがとう、エマ!まずは鍛冶かじ職人にピーラーを見せて、同じ物を作れないか相談しないといけないわね。持ち手の部分は木工職人に依頼しないとかしら?」


 ――何か急に話が大きくなっててビックリなんだけど…


 商人母娘の会話に、戸惑いを隠せないエマなのであった。



------------------------------------------------------------------------------------------------

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カレンのグリモワール ぶるぅ @groovy14acc

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ