異世界で売れそうな物探し
商会の営業終了後、カレンはエマを自宅階へ連れて行った。
建物の1階は商会で、2階は商会の作業スペース。3階は住み込み従業員の居住階で、カレンの自宅は4階にあった。ちなみに倉庫は、商会の建物の裏に建っている。
「ここに家族で住んでいるの。今日はお父さんはいないけどね。お母さんを紹介するわ。さぁ入って」
「お邪魔しまーす」
一足先に自宅へ戻っていた母フィオナは晩ごはんの支度を始めていた。
「お帰りカレン。あらっ?その子は?」
「この子が昨日話していたエマよ。今日は石鹸の作り方を教えに来てくれたの」
「初めまして、エマ・サイトウです!」
「初めまして、カレンの母のフィオナです。娘がお世話になったみたいで、どうもありがとうエマさん」
「お母さん、エマに今日と明日うちに泊まっていってもらってもいいでしょ?」
「ええ、勿論。私もエマさんの異世界のお話聞きたいわ。ゆっくりしていってね」
自宅内を一通り案内してまわるカレンだったが、広くはない家なのですぐに終わってしまった。
「私、これから晩ごはん作るお手伝いをしなければいけないのだけど、エマはソファに座ってゆっくりしていてね」
「あ~、私もお手伝いしていい?異世界の料理って興味あるし」
「勿論いいわよ。じゃあ一緒に野菜の皮をむいてくれる?」
「はーい」
包丁とじゃがいものような芋を手渡されるエマ。
カレンは包丁を使い手早く綺麗に皮をむいていく。一方のエマは不慣れな様子で四苦八苦している。
「私、包丁で皮むきしたことほとんど無くて…何か見栄えが悪くなっちゃった…下手くそでごめんね」
「大丈夫よ、気にしないで。それよりも、異世界では野菜の皮をむくのに包丁を使わないの?」
「えっとね、野菜の皮をむくピーラーっていう道具があるの。ピーラーを使えば凄く早く皮をむけるんだよ。今度持って来てあげるよ~」
「へぇ、異世界の調理道具……興味あるわ」
切った野菜を鍋に投入してポトフのようなスープを作る。フィオナはその隣で肉を焼いている。厚切りの豚肉のようだ。テーブルの上にはパンが準備されている。
「さぁ準備できたわ。晩ごはんにしよう。エマも手伝ってくれてありがとう」
フォークとナイフを手渡され食事が始まる。
ただ、フォークの形状がエマの知っている物ではなかった。この世界のフォークはとても細く、先端は二股になっている。フォークの腹に何かを載せて食べるよりも、突き刺す方に特化しているような使われ方だ。口に運んで食べる際はスプーンを使っている。
「これ、変わった形のフォークだね。私の世界のフォークは幅が広くて先端は3つか4つに分かれていて、食べるときもフォークのままで食べるんだよ」
「へぇ、そうなのね。それも見てみたいわ。エマがいつも使っているフォークを、ピーラーと一緒に持って来てくれたら嬉しいわ」
「勿論いいよ。でも私、普段あまりフォークは使わないんだけどね」
「え?手掴みで食べているの?この世界でも100年程前までは、皆手掴みで食べていたらしいのだけど」
「違う違う!フォークは使わないんだけど、お箸っていう道具を使って食事するの。2本の細い棒なんだけど、それを片手で扱って切ったりつまんだりできるんだよね。説明が難しいな…分からないよね…ははは」
よく分からず少し困惑顔だったカレンを見て、エマは思わず苦笑した。
するとフィオナが言った。
「遥か東方に、そういう棒を使って食事をする国があるって聞いたことがあるわ。オハシというのはそれのことかしら?」
「たぶんそうですね。何か棒があればお箸の使い方をお見せできるんですけど…」
「エマ、これ使う?マドラーだけど」
カレンはそう言って木製のマドラーを2本エマに手渡す。
「あっ、これちょうどいいね!よく見ててね。こうやって片手で持って、こうやってスープの中のお野菜をつまんで口まで運びま~す」
「エマ凄い!器用に使うのねぇ。それによく片手で持てるわね…どうやっているの?」
エマは2人の前で、お箸代わりのマドラーを開いたり閉じたりしてみせた。その様子を感心しながら見ていた母娘もエマからマドラーを借りてやってみるのだが、やはりと言うべきか上手くはできない。
「最初は上手く使えないのは仕方ないよ。物心ついた頃から練習して上手くなるもんね。そう言えば私も小さい頃はトレーニング箸(しつけ箸)を使ってたなぁ」
「トレーニング箸って?」
「えっとね、お箸に慣れていない人は持ち方が崩れちゃうでしょ?それをそうならないように、2本の棒をひとつに繋ぐみたいな感じで、固定する道具をお箸自体に取り付けて持ちやすくした物なんだよ。あ~そっか…それを使えばカレンやフィオナさんも簡単にお箸を使えるようになるよね!100円ショップで売ってるし持って来てあげるよ。楽しみにしといて」
カレンは、エマから次々と出てくる異世界の知識にワクワクしていた。一方エマは、自分が極当たり前に知っていることがこんなにも興味を持たれることに少し困惑していたが、喜んでくれているので悪い気はしない。自分にできる限り教えてあげられればと思うのであった。
食事を済ませるとエマは一度日本に戻りたいとカレンに伝えた。
「1時間くらい戻ってもいいかな?お風呂に入ってパジャマに着替えてきたいの」
「分かったわ。もう少しゆっくりしてもいいんじゃない?じゃあ2時間後に召喚するわね」
日本へ戻ったエマは急いでお風呂に入り色々と考えを巡らせる。
――あちらの世界で作れるような物じゃないと意味無いのよね……ハサミとかはどうかな。カレンの家にあったでっかい糸切りバサミみたいなのって、たぶんあの世界のハサミよね…?
入浴後、エマはピーラー・フォーク・スプーンとハサミを準備する。
そして向こうでは娯楽が少ないことに気づいていたエマは、カレンに漫画を見せてあげようと、自室の本棚から選んでいた。エマの本棚には少女漫画から少年漫画までズラっと並んでいる。
――カレンは女の子っぽい性格だから少女漫画がいいわよね…これにしよっかな『あなたに届いて』
全巻ごっそり本棚から抜き取るとカバンに詰めて準備する。
戻って2時間が経とうとした頃、エマの足元に光る魔法陣が現れる。
――さすがカレン、時間ピッタリ。ちゃんとしてるよねぇ~、あの子。
「お帰り、エマ!」
「ただいま~!あれっ?ここカレンの部屋?カレンも寝る準備バッチリじゃん」
「うん、勿論よ。それよりも何抱えて戻って来たの?」
「ふふっ、気になる?まずはこれ!ピーラーとフォークとスプーン!」
「わぁ~これがピーラーなのね!明日使わせてもらってもいい?このフォークは使いやすそうね!」
「勿論明日使って。続いてこれ!ハサミ~!」
「変わった形のハサミね…ちょっと貸してもらえる?……面白いわねこれ、こちらの世界のハサミより全然使いやすいわ…ふむふむ…」
「ははは、また何か考えてるのね。ほらこっち見て。最後にこれ!漫画~!」
「漫画?その本の名前かしら?」
「そうだよ~。文字だけじゃなくて画が描かれている種類の本を漫画というの。ほら読んでみて」
「…凄い……画がいっぱいだわ……こんなの見たことない…」
「漫画で私の世界のこと少し分かるかもね。この漫画の舞台は高校で、私も今高校に通ってるしさ」
「日本では平民でも学校に通っているのよね、面白そうだわ」
2人はカレンのベッドでゴロゴロしながら一緒に漫画を読みふける。
翌朝も早いがカレンは読むのを止められず、深夜に寝落ちするまで読み続けたのであった。
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