第7話 聖女アリアside 色々決意したはずなのに……
私はアリア。辺境の村娘ながら予言に選ばれた元聖女。今は現在故郷の村の実家暮らしの21歳行き遅れの無職。
そして、男運が最悪の女だ。
初恋のずっと想い続けていた幼馴染は、婚約までしていたのに私のことを待たずして他の女と結婚。おまけに子供まで作って家族睦まじく過ごしていた。
このことを知った時、私はたぶん生まれて初めて他人の幸せを心の底から呪った。
初恋はもう全部綺麗さっぱり忘れたい黒歴史になった。
次に代わりといって持ってこられた縁談は村一帯を治めている悪徳貴族のボンクラ息子とのものだった。
最悪。
この一言に尽きる。
ボンクラ息子のことは一度王都で会ったからよく知っていた。
初対面で一応聖女の私を女だからと見下した傲慢な振る舞い、向けてくる厭らしい下卑た視線……全てを拒絶したいと思ってしまうほどに生理的に無理だった。
もしも、他の勇者パーティーみんなぐらい戦闘力があったらそのままぶん殴って血祭りにあげていたと思う。
でも、悲しいかな。私にはそんな力はない。
聖女である私が持つ力は、並外れた回復の力と魔王やその配下といった悪しき存在に対する特攻を持つ特殊な浄化魔法の二つ。
そして、浄化魔法は残念ながら人間相手には殆ど効果がない。
ほんと、欠陥魔法だと思う。どうして悪徳貴族も悪しき存在にカウントしてくれなかったのか。
はっきり言って、あのボンクラ息子は魔王やその配下よりも余程タチが悪い存在だ。
確かに魔王やその配下は存在自体は悍ましかったけど、大体ディオスに圧倒されていたから正直そこまで恐怖は残っていない。
でも、悪徳貴族のボンクラ息子は遠回しに「家族や友人がどうなってもいいのか?」などと脅しをかけて来るし、姑息にも既に買収されてると思しき村長まで「早く婚約を受け入れた方がいいんじゃないか?」と追従して言ってくる始末だ。
あのボンクラの悪行はよく知られている。
つまり、やると言ったらやる最低の行動力のある屑だ。本当に家族や友人にも危険が及ぶ可能性が高い。
正直発狂した。
恋に夢見ていた乙女心も粉々に破壊された。
やっと魔王を倒して世界は平和になったのにこの仕打ちだ。私は王都の神殿で矯正させら理想の聖女としての振る舞いも何もかも投げ捨てて、天上に座すであろう女神様に届くように空に向かって思いっきり怨嗟の言葉を浴びせまくった。
こちとらただの田舎の村娘だったのに、予言で選ばれたからといきなり聖女にされて、おまけに何年も頑張ったのにこの仕打ちは一体なんなんだ!と。
言葉遣いから、何から何まで全部矯正されて、命の保証もできない旅にも行かされて、ようやく世界を救って帰って来たら婚約者寝取られてるってどういうことなの!と
おまけに最悪な奴にまで目をつけられちゃったんですけど!どう責任とってくれるの!と。
あまりにも女神様に対して、不敬すぎる罵詈雑言を叫びまくった。
そして、その日の夜からストレスを解消するためにタガが外れたように酒に溺れて、せっかく村に帰ってきたのに、実家から一歩も出ずに引き篭もるようになった。
だけど、そんな私を心配に思ってか、村の同世代の友人たちが時折私の家に会いに来てくれた。
優しさが心に染みてちょっとだけ嬉しかった。
「ねえアリア! 勇者ディオス様のこと教えて! あと、機会があったら紹介して!」
……まあ、会いに来てくれた一番の目的は聖女の友人と立場で勇者に——ディオスに会うためだった。
特に、まだ結婚していない友人ほど、どうにか私にディオスを紹介してもらおうと必死だ。
勇者ディオス。
世界を救った彼は今、世界で一番の人気者だ。
女神様によって違う世界から招かれた伝説の勇者様と同じ黒髪と、女神様と同じ金色の瞳を持つ彼のことは私もよく覚えている。
確かにディオスは強い、かっこいい、頼りになる、誠実な人柄と客観的に見てもディオスはモテる要素を全部兼ね備えていた。
私だって何度も異性として意識してしまった時もある。
まるで弟のような存在だと自分に言い聞かせて、ときめかないようにするのは大変だったなあ……。
確かに、最初は弟のように思っていた。
初めて会った時はまだ彼は12歳だった。
まだ幼さを残す可愛い少年だった。
だけど。
彼はあっという間に私の身長を追い越して、立派な青年へと成長してしまった。
その身で世界の命運を背負い、強大な敵に立ち向かう、勇気と優しさを兼ね備えた勇者になった。
まあ、そんな凄くかっこいい存在になった彼のことを意識しない方が無理がある。
それでも、私は信じていた。この感情は一時的な気の迷いだと。私には真実の愛(笑)が待っているのだと。
それに、ディオスは好きな人がいると私に言っていた。
結局誰かは教えてくれなかったけど、貴族の令嬢とか旅の途中で出会った女の子たちからも好意を寄せられていたから、きっとその内の誰かだろうけど。
だから、私はあくまで勇者と聖女——信頼し合う仲間として彼に接し続けた。互いのために浮いた話にならないように。
村の友人たちからの紹介してほしいというお願いも、まあ、機会があればいつか〜と定型文で適当にはぐらかした。
そうして、ボンクラ婚約者候補と勇者を紹介してほしいとせがむ友人達に頭を痛め、ストレス発散のために酒に溺れながら、女神様に悪徳貴族に天罰を下してほしい、あとついでに聖女として頑張った私にもどうか幸運を!と毎晩祈る日々を過ごしていると、ある日リオンとディアナの夫婦から手紙が届いた。
久しぶりにみんなで会わないか?と。
手紙にはそう書かれていた。
私はみんなに会うためにすぐに村を出て王都に向かった。
みんなに無性に会いたかった。顔を見たかった。あと、今後のことを相談したかった。
そして、王都でみんなと半年ぶりに再会した。
戦士のリオンとディアナのカップルは新婚でアツアツだった。心の中で爆発しろと思った。
ディオスの方は成長期なのか、半年でさらに大人びていた。
みんなにまた会えたことで、荒んでいた心も、嬉しさと懐かしさで満たされた。
食べて飲んで騒いで昔話に花を咲かせて……楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
久しぶりに幸福を実感できた。みんなに出会えて本当によかった。
ただ、少しはしゃぎ過ぎたようで、気がつくと私はお酒の飲み過ぎで酔い潰れて意識を飛ばしていた。
意識が戻ったのは王都で泊まっていた宿屋のベッドの上だった。
「アリア、着いたよ」
ディオスの声が聞こえた。
どうやらディオスが私を宿屋の部屋まで運んでもらったらしい。
「それじゃ、少し水でも取って来るから」
それから、ディオスが水を持ってきてくれた。
意識がふらふらとする中、グラスを手渡されて水を飲む。
すると、水を飲んだおかげか、少しだけ酔い潰れる前の記憶を思い出した。
酒場で酔った勢いで愚痴をぶち撒けたことや、聖女とは思えない派手な飲みっぷりを披露してしまったことも次々と蘇ってしまった。
こんな恥ずかしい姿をディオスにも見られていたと思うと少し恥ずかしい。
「よかった。もう大丈夫そうだ」
なんて考えていたら、ディオスが部屋を出て行こうとしていた。
この時、私は咄嗟にディオスを呼び止めた。
ディオスにまだ帰ってほしくないと思ったから。
そして———
ディオスを頼って婚約話を破断にしてもらおうと思ったから。
でも、いざ相談しようとすると、今度は申し訳ない気持ちが込み上げてきた。
やっと魔王を倒す使命を終えたディオスに、また面倒を押し付けるのは良くないなと思ってしまった。
ディオスを前にして凄く悩んだ。そして、お願いがある、助けてほしい、……そう言おうとしたのに。
私の口から出たのは違う言葉だった。
やっぱり、ディオスを巻き込むのは違うなと思った。
幼い頃からずっと頑張っていたディオスを見て来た。
勇者としての重圧にも負けず、魔王を倒して世界を救った。
だから、頑張ったディオスには平和になった世界で好きになった人と幸せになる権利がある。
旅の間、私はいつもディオスに頼りっぱなしだった。
でも、旅は終わった。これからはそれぞれ違う道を——違う人生を歩まないといけない。
いつまでも頼りっぱなしではいけない。
巻き込んで、私の不幸を移して、その幸せを台無しにする訳にはいかない。
考えた末、そう私は結論づけた。
それに、ディオスの力を借りずとも、手がない訳ではない。
頑張って女神様の神罰を落としてもらえるように祈りを強化したり、結婚した後で、確固たる悪事の証拠を探して国王様に告発するなんてことも悪くない。
……最悪あのボンクラに抱かれるのは死ぬほど嫌だけど、戦う力がない私にできることといったらこれぐらいだ。
うん、家族のために耐えよう。いつか、絶対に告発して地獄に送ってやるから、それまでは私らしく逞しく生きよう。
そう決意して、私はお別れの言葉をディオスに言った。
別れの言葉に結婚式という言葉を入れたのは、私もディオスの結婚式に呼んでほしかったから。
ディオスはなかなか好きな人のことを話してくれなかったけど、結婚式ならディオスの好きな人を見ることができるから、ちょっと楽しみだなと思ったから。
また会う日までさようなら。
どうか愛する人と幸せになって。
私も問題が全部解決して、幸運が訪れたら貴方のことを祝福しに行くから。
ところが、気がつくとベッドに押し倒されていた。
誰に?——ディオスにだ。
見上げると、すぐそこには綺麗に整ったディオスの顔がある。魅了する魔法でもかかっているのかと思うほどの暴力的な美しさだ。
「はえ?…………」
突然の事態に頭が真っ白になった私は、そんな間抜けな声を出していた。
ディオスが私を見つめてくる。
真剣な表情で、何か言いたげな瞳を向けてくる。
ディオスの真意を知りたい私は、何故か高鳴る心臓の鼓動を聞きながら、ディオスが口を開くのを待った。
そして、一瞬にも、永遠にも感じる静寂の末、ようやくディオスが口を開いてくれた。
『————好きだ』
そんな言葉が聞こえた気がした。
正直鼓動がうるさくて、熱に浮かされて頭がよく働いてなくて、一言一句正確に言葉を認識することは叶わなかった。
でも、その言葉を聞いた時、私の中で炎が燃え上がった。
熱く。
激しく。
それでいて温かな。
その情炎は瞬く間に私の身体を焼き焦がした。
私の中でその炎の熱が広がっていく。
不安も、恐怖も、悩みも、決意も、理屈も全部燃やし尽くして消し去っていく。
たった一つの激情が私の身体と心を染め上げた。
本当は、王都に来たからずっと何かを期待していた自分がいた。
そして、実際に期待していた言葉が聞こえた気がした。
私は、ディオスの言葉を受け入れるように、激情に突き動かされるままに彼の身体に抱きついて、彼の温もりを感じながら私の全てを彼に委ねた。
世界を救った横恋慕勇者と故郷の幼馴染寝取られた聖女 六畳仙人 @neomfam0105
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