3.降り注ぐ黄金の蜂蜜酒

それはボールではなく、数字が無数に記されたダイスだった。シカゴは帽子のツバに触れるまで顔に向かって握り寄せたダイスに力を込めた。

ダイスが黄色い光を帯びたのが合図だったのだろう、シカゴはダイスをテーブルに向って放った。

ダイスは物理法則に反し、デスマスクを駆け上がり一人用の枕程度の大きさの口腔に入り込んだ。

テーブルは全体がきしむ音を立て、デスマスクの口は植物の成長の早回しのように形を変え歯と思わしき部分でダイスを噛み止めた。

ダイスは20を示している。


「20、20だ」

シカゴのつぶやきは静かだったが、そこに確かにある驚きと喜びが彼の瞳の鈍い光から読み取れた。

「彼女の事と、ここが何なのかは彼女の口から聞いた方が良い、最もどれが本当の口か未だにわかっていないけど」

シカゴはダイスの出目の読み上げと共にそう付け加えた。

聞くべきことのタスクが消化される前に、聞くべき事のタスク無数に追加されていく状況に圧倒されているリエは、

ゲテモノが盛られていく皿を前に"待て"を命ぜられた猟犬のように困惑しながら状況を見守るしかなかった。


『ル』

歌とも鳴き声とも取れない声が、冒涜的な蛸頭から響いてきた、

巨大な眼と3つの口は濡れたガラス越しのネオンのように潤みながら多色な光を放っている。


『ルルイヱ』再び鳴いた。

なつかしさと悲しみがリエの包んだ。童話のサビに母の名前を充てたような響きだった。


黄色い靄が紫の闇から降りて来た、蜂蜜酒のような匂いがした。

おそらくそれが彼女の涙なのだろう。


リエもまた泣いていた、吐くほどに冒涜的だと感じていた巨大な怪物体の悲しみに寄り添っていた。


シカゴはリエに話しかけようにも、鼻水と共にマスカラが溶けた黒い涙を流しながら泣いている妙齢の女性に声を掛けられるほどの胆力は無かった。

"吐いて叫んで吐いて泣いて、鼻水。やりたい放題な人だな"

困りながら少し視線を上に向けたシカゴの目には、リエの髪につけられた黄色いネズミのヘアピンが映った。

自分より10歳程度は年上の女性軍人がキャラ物のヘアピンをつけ、鼻水を流しながら泣いている。

リエがシカゴに感じた歪な安定を、シカゴもまたリエに感じていた。


「リエさん。やっぱりパリピだね」

おそらく顔以外にも深い傷を持つであろうシカゴは久しぶりに破顔した。


本を模したテーブルがハッチのように開いた、それは本を模しているのではなく、本そのものだったのだ。

次々にページがめくれあがっていく。


(さあ九頭竜神機、ネクロノミコンは開いたよ。できれば恐怖でパリピの彼女が泣き止むような話を読み聞かせて欲しい)

シカゴは本心から願った。


3月23日、なんでもない並びの日に、海底と宇宙は繋がった。

幾億光年先で星の並びに書痴している旧神も、金色の涙を霧状に流している旧支配者も、まだその事を知らない。


(九頭竜神機/未完)

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九頭竜神機 @m46

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