第6話 開戦

 俺が、国から狙われている。

 幼馴染の瞳にも声色にも嘘偽りはない。だいたい、アッシュは口下手な方だ。下手な嘘なんかつきやしない。

 なんで、どうして。今日はそればっかりだ。


「こうなったのは、私のせい」

「……え?」

「全部、私のせいなの」


 アッシュのせいで、俺が狙われるようになった。そんなわけないだろ、俺はアッシュに何もしてない。アッシュ以外のことでも、アッシュに関わるような悪いことをした覚えなんてない。


「私、国から招待スカウトが来たっていったでしょ?」

「言ってたな」

「それを最初は蹴った。私はレイ以外のことはどうだってよかったから」

「……」


 ここまで俺に入れ込む理由はなんなんだ。幼いころに野犬かはぐれ魔物だかから庇っただけじゃないか。

 それに、招待スカウトをなったからなんだって言うんだ。


「まず、それが良くなかった。理由を聞かれて、好きな人がいるって言ったの。国からしたら、こっちが迎えてやってるのに、そんな理由で蹴るなんて何事だって言いたかったんでしょうね」

「……」

「私の好きな人の素性を調べ始めた。生まれも育ちも、好きなものや嫌いなもの、友人や家族までね」


 アッシュは淡々と語っていく。それでも、手に入る力や冷たい瞳からは、その感情がありありと示されていた。


「レイが村を出てから、私は招待スカウトを受けた。レイが黙って出ていったのは、きっと私がレイに見合う人間じゃないからだって思って」

「逆だよ……」


 自虐的にポツリと呟くように言うと、幼馴染はフッと軽く笑う。そんなことはない、なんて言いたげな笑みだった。


招待スカウトを受けて、守人ポーンズに入ったわ。私は訓練兵からだと思っていたのに、入ってすぐにこう言われたの」


 アッシュは苦虫でも噛み潰したような、ひどく嫌そうな顔をしていた。それほど、次に言われたことはアッシュにとって嫌なことだったらしい。


「お前は、王子の伴侶になれってね」

「……まさか、お前はそれをっ」

「断ったわ。私はレイ以外、どうだっていいもの」


 嘘だろ、嘘だといってくれよ。

 王子の伴侶にならないと言った女がいた、そして、その想い他人が俺だった。

 俺を消せば、アッシュは王子に振り向く。そう思っているのか。


「……バカバカしいっ」

「レイ?」

「ふざけんな! その王子は人のことをなんだと思ってんだよ!」


 拳に力が入る、腕が震える。視界がだんだん揺らぐほどに、頭に血が登っていた。

 王子はアッシュのことをなんだと思っているんだ。フラれたから、その原因の俺を消す? 俺が原因なんじゃない、そもそも王子が好かれていないだけの話じゃないか。


「そんなやつが治めるかもしれない国にいられるか……! 消される前に、こっちからサッサと消えてやるよ!」

「レイ! 私もついていくわ!」

「……ダメだ、アッシュは残るんだ」


 そう言い返せば、アッシュはみるみるうちに目に涙を溜めていく。幼馴染の涙なんて、いつぶりに見ただろう。けれど今は、それを拭えるほど綺麗なお話にはならなそうだ。


「俺についてきたら、また追いかけてくる。王子としてはプロポーズをフラれちゃ面子も立たない。フラれたどころか、駆け落ちまでされたなんて知ったら、何をしでかすか分からない」

「私が守るわ! 村にいた頃に守ってもらったみたいに、今度は私が!」

「……こう言わないと分からないか?」


 どうして、こんなことを俺が言わないといけないんだよ。どうして、目の前の幼馴染の涙すら拭いてあげられないんだよ。

 どうして、こんなことになったんだよ。


「迷惑なんだ、アッシュがいるとな」

「……レ、イ」

「俺は国を出る。畑でも見繕って気ままに過ごすさ」

「いや、嫌よ! 私、あなたと一緒にいるために!」

「荷物、まとめといてくれて助かったよ。……元気でな」

「ダメ、一人じゃ生きていけないわ!」


 叫び続けるアッシュの声を背に、俺は扉に手をかける。チラリと横目にアッシュを見ると、その光景に息が止まりそうになった。

 今まで以上に、冷たい目をしていた。きっとこれは怒りでも悔しさでもない、純粋な絶望を写した瞳。

 絶望に狂いそうになりながらも、震える手をこちらに伸ばしてくる。


 呪いのようなそれを振り払って、俺は外へと出た。




 第二の人生の始まり……なんて気楽なことも言えない。俺は剣術ならそれなりにできるが、それ以外はからっきしだ。

 これからどうしたものかと、ただただ広いだけの草原を歩いていく。ここら辺に家を建てたのも、人が寄らない僻地で安かったからなんだが……今となっちゃ、家もなにも無しか。


「……どしたぁ、トボトボ歩きやがって」


 ドクンと、心臓が跳ねた。低い声が背中から呼びかけてくる。今、その声に振り向けば、確実に俺はやられる。

 冒険者としての勘が、俺に警鐘を鳴らしていた。


「……お前だよお前。こっち向けよ、エェ? こんなとこにゃあ、お前しか人はいねぇだろ」


 跳ね続ける心臓を深呼吸をして抑え、振り向くと同時に剣の柄を握る。

 そこには、暗い鎧を纏った大男が、同じほどの身長もある大剣を、大地に刺して立っていた。


「お前……名前は?」

「……初対面のやつに名前は教えない主義でね」

「あぁ? こっちゃあ、国直々の遣いだぞ? さっさと答えろ」


 国の遣い、そしてこの装備。

 この大男、まさか守人ポーンズか。アッシュが話していたやつらとは、また別の。


「めんどくせェ……当ててやるよ。お前の名前はレイ、どうだ?」

「……」

「ほォ? 表情を変えないか。良く訓練されてらぁなぁ」


 大男はそういって、大地から大剣を抜いていく。深くまで刺さっていた大剣は、その大男と同じ大きさの剣だった。


「普通は誰だソイツってな具合で、表情変わるモンだろ? しかしお前、警戒を解かずに眉一つ動かさねェ」

「……ッ」

「おっ、また警戒したな? あんまり訓練されてねぇなぁ」


 さっきとは真逆のことをいい、呆れたと言わんばかりに顔を手で覆っていた。

 ため息を吐いて、大男は大剣を構えた。─────自分と同じほどの身長もある大剣を、片手で。

 

「王子からの命でな、お前には死んでもらうことになっている。だがまぁ、長生きしてくれよ……」


 アッシュの言っていたことは、本当だった。疑っていたわけじゃないが、悪い夢だと思っていたことが現実へとなっていくことに胸がざわめいていく。

 大男は大剣を軽々と振り回し、俺に向けて叫んだ。


「この戦いの間ぐらいはよォッ!!」

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ネクロロマンス 黒崎 @kitichan

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