第5話 火種

 なんで、どうして、どうやって。

 そればかりが渦巻く頭、今日という日を呪うことになるとは思わなかった。

 俺は確かに死に、そして生き返った。しかも目の前にその命の恩人がいる。


「……どうやって?」

「秘密」


 言えない方法で、俺は生き返ったのか。どんな方法だ。非人道的な方法? 犯罪? 許されないこと?

 幼馴染の表情からは、何も窺い知れない。氷のような冷たい表情をしているだけだった。


 ……そもそも、生き返ったこと自体がおかしいんだ。バレなければいいなんて話じゃない。これは、生き物としての道を外れていることだ。


「魔物に襲われたレイを連れ帰って、生き返らせたことだけは確かよ」

「なんで、そんなこと……」

「約束したから。大人になったら、ずっと一緒だって」


 子供の頃の約束。たったそれだけで、アッシュは俺を生き返らせたのか。

 分からない、俺に執着する理由も。俺にそこまで尽くすのも。

 何もかもが、分からない。


「……それよりも、早くここから離れましょう? 良くないことが起きる気がするの」

「なんだよそれ、ここは俺の家だぞ?」

「ええ、だからこそよ」


 俺の家だから、良くないことが起きる? アッシュはそうやって肝心なことを言わない。それとも、言えないのか。

 どっちにしても、俺は一人になりたかった。訳のわからないことばかりだ。幼馴染が押しかけてきて、死んで生き返って、そのうえ家は危険だと。


「早く出ましょう? 荷物はまとめてるから、すぐにでも出れるわ」

「理由を教えてくれよ。なにが起きるんだ?」

「……わからない、本当にわからないの。でも、良くないことが起きるのだけは分かるわ」

「だから、それを教えてくれって……」


 そうしてアッシュを問いただそうとした時だった。

 俺の家の扉が、コンコンとノックされたのは。


「レイ、隠れて」

「な、なんでだよ?」

「きっと私たちを探しにきたんだわ」

「誰がだ? なんでだよ?」

「後で説明するから、早く!」


 大人しいアッシュが、いつもとは違う剣幕でそういってきた。ただ事ならない事態だということは分かった。とりあえずは言われるがままに、クローゼットに隠れた。

 扉の開く音がした。クローゼットの中からじゃ何も見えないが、内側から開けたんだということは分かる。


「ア、アッシュ様! ここで何を?」

「私もレイを探しに来たの。でも、ここにはいなかったわ」


 幼馴染が、様なんて付けて呼ばれていた。いったいどこの誰だ? それに、訪ねてきた奴らも俺を探している?

 なんなんだ、わけがわからない。アッシュは、何を考えているんだ。


「……そうですか。では我々は遺跡人ギルドへ向かいます。アッシュ様はどうされますか?」

「私はここに残るわ。もしかしたら、帰ってくるかもしれないから」

「そうですか、ではこれにて」


 また、扉の音が響く。チャリチャリと金属のような音がした。まさか、訪ねてきた奴らは武器を持ってきたのか?

 冷や汗がダラリと頬をなぞる。手は自然と、腰の剣へと伸びていた。

 俺は何をしたんだ、なにかしたか? 平凡に暮らしているだけの、凡人なのに。


「……レイ、もう大丈夫」

「……説明してくれるんだろうな」

「ええ、ちゃんとするわ。納得いくかは分からないけれど」


 納得いくかは分からない、それは理不尽なことだと暗に示しているようで。

 思わず耳を塞ぎたくなる。それでも聞かずにはいられない。もう無視できないところまで、俺は来てしまっている。

 

「レイは、この国から狙われているわ」


 その直感は、間違いじゃなかった。

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