第4話 生き返らせちゃった

「レイは身体の動かし方が下手だなぁ」


 兄ちゃんはいつもそう言っていた。俺と手合わせをして、息も切らさずに。

 ムキになる俺が、力いっぱい木刀を振り下ろす。訓練用とはいえまともに受ければそれなりに痛い。なのに兄ちゃんはそれを手首で受け止めて、指先で俺の胸をトンと押す。


「はい、俺の勝ち」


 村の子供達は、みんな闘いの訓練をしていた。兄ちゃんは体術を使っていた。俺は剣で、アッシュは魔法だった。


「いつも冷静に、な」


 兄ちゃんはそういって笑うんだ。それが眩しかった、頼もしくて、憧れていたんだ。




「……うおっ!?」


 目を覚ました時には、俺は自分の家にいた。ベッドに転がっていた。

 どうして、なぜ。俺は死んだはずだ。この目で見たんだ、自分の心臓を。


「……レイ? 起きたの?」

「ア、アッシュ?」

「よかった……本当によかった!!」


 傍らにいたアッシュは、涙をぼろぼろとこぼしながら俺に抱きついてきた。そうじゃない、感動の再会劇なんてしている場合じゃない。


「お前っ、なんで俺と寝てんだ!」

「ベッドも一つしかなかったし、心配だったもの」

「大体、俺は遺跡ダンジョンにいたんだぞ! 血も渡してないのに、どうやって……」

「持ってるわよ? ほらっ」


 そういって、アッシュは小さなガラス瓶に入った赤い液体を見せてきた。

 渡した記憶もない、取られた記憶もない。いったい、いつアッシュはどうやって。


「国にお願いしたらくれたの。遺跡人ギルドに入った時に、提出しろって言われてたでしょ? それをもらったの」


 国に招待スカウトされた人間はなんだって手に入る。とはいえ、俺みたいな一般人の血まで渡すのか?

 この国、思っている以上にヤバいな……まぁ、俺の血なんかを欲しがるアッシュの方がおかしいんだろうけれど。


「血があるからレイを見つけられたの。もうこれ以上は、もったいないから使いたくないけれどね」


 遺跡ダンジョンに入った人間と合流する方法。その人間の血を手に握りながら、遺跡ダンジョンに入ることだ。

 なかなかイカれた方法ではあるが、血の量が多ければ先に入った人間の現在地近くに行くこともできる。何日も戻ってこなかった人間の捜索や、救助のためには必要なものだ。


 遺跡ダンジョン関係の仕事を管理する遺跡人ギルドがある。遺跡ダンジョンに初めて入る場合は、そこで血の提出が必須だ。

 少なくともそれで救われた者もいるし、救われなかった者を悼むことができた人たちもいる。


 逆にそれを悪用することもできるわけで、遺跡人ギルドがしっかり管理しているはずなんだが……。

 

「ふふっ、レイの血……大事にしなきゃね」


 こんな変人に簡単に渡すようじゃ、遺跡人ギルドに血を提出なんてやめておけばよかったけれどな。


「で、なんで俺は生きてんだ? 俺はたぶん……死んだんじゃないのか?」

「そ、そうなの! レイを見つけた時はビックリしたわ!」


 ころころと表情を変えつつも、しっかり血の小瓶を懐に入れる幼馴染にゲンナリしそうだ。

 しかしそんな思いを吹き飛ばすように、幼馴染は変なことを言い出した。


「レイの胸に、ぽっかり穴が空いてたのよ!」


 穴が空いていた? 俺は何かに貫かれたように感じたが……確かに、穴が開かなきゃ心臓なんて出てきやしないか。


「だったら尚更、なんで俺は生きてるんだよ」

「それは、その、えと……」


 指を合わせて、もじもじしながら言い淀むアッシュ。何もしていないだろうに、いったい何を迷う必要があるんだと思ったが、この幼馴染はいつだってとんでもないことにばかりを言うのだった。


「ごめんね、生き返らせちゃった」


 そうして、人生の二幕がいつのまにか開けていたわけだった。

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