変異スライムといっちょ
とまと
第1話
小説の中だけの出来事だと思っていたのに……。
1、会社の給湯室から気がつけば森の中
2、どうやら異世界に来てしまったらしい
3、何故か若返って幼女になってる
4、周りに20匹前後のスライム
「かわいいでしゅ」
口から出た声は幼い上に舌ったらず。
クラゲの頭をラップでくるんだみたいな半透明の生き物が、周りをぽよんぽよんはねている。クリックリのつぶらな瞳は私を向いてる。
攻撃の隙を狙っているわけじゃないよね?
たぶん、スライムっていう生き物……だと思うんだけど……。
スライムの1匹に恐る恐る手を伸ばすと、ぴょんっと、私の手の平の上にスライムが飛び乗った。
思ったよりもずっしりと重い。幼女……どうにも4,5歳の体では支えきれない重さだった。
いや、抱きかかえれば大丈夫なんだろうけれど、伸ばした片手の上にどんっといきなり乗られては無理っ!って重さ。
「ごめんなしゃいっ!」
必死に受け止めようとはしたけれど、手は地面にどしっとぶち当たって、スライムさんは手の平から地面に転げた。
「きゅぅ」
と、鳴いたような気がする。
スライムさんは私の小さな手にすりすりとすり寄った後、膝の上にぴょーんと乗った。
猫が体を丸めてゴロゴロ言っているような仕草に、思わずぎゅっと抱きしめたくなったけれど……。抱きしめても大丈夫かな?
と、迷っていたところ、周りにいたほかのスライムさんたちが、わしゃわしゃわしゃと、私との距離を詰めて来て、次々に膝の上に乗ろうと……いや、頭の上だとか、肩の上だとか……。
ちょ、まって、つぶれる……。
およそ1匹1リットルの牛乳パックくらいの重さがあるのに、次々乗っかられたら……。
「ちゅぶれちゃう、ごめんね、順番……」
もしかしたら、これがスライムの攻撃なのかもしれないと思ったけれど、出た言葉は「順番にね」だった。
すると、スライムちゃんたちは、ぴょんっと私の体から降りて、一直線に並んだ。
「か、かわいいでしゅ……」
何、この子たち……。
抱っこして頬ずりして、なでなでして、ぎゅってして、順番に1匹づつ可愛さを堪能していく。数を数えると、18匹いた。
みんなほとんど無色透明……若干白っぽいという感じなんだけど、最後に並んだ1匹だけ他のスライムちゃんよりも一回り小さくて、柚子の香りの入浴剤を入れたような色をしていた。
突然異世界に来ちゃったけど、なんか……癒された。
可愛さのあまり、すべてどうでもいいかとか思いかけちゃったけど……。
そういうわけにもいかないよね。
柚子ちゃん……と、呼ぶことにしたスライムちゃんをなでなでしてから、これからどうしようかと考える。
日本に帰る方法を探す……のは、優先順位としてはあと。
元の体に戻る方法……は、日本に帰ることになったら必要だけど、ここにいる限りはどうでもいい気もする。
優先順位……やっぱりあれだよね……。
とりあえずこの世界での生活基盤を何とかしなくちゃ……。
衣食住の食っ!
どえりゃー、お腹空いてきたんだわ。
……おっと、名古屋弁が出てしまった。
なんか食べな死んでまう。
キノコが目に入った。
「だめでしゅ……きのこは」
キノコは危険。それは常識。
木の実とかあるといいな。
木の実にも毒ってあるのかな?あんまり聞いたことないよね、渋くて食べられないとかえぐくて食べられないとかはあるけど。
……最悪、舌がしびれるくらいで死んだりしないよね?
周りの木を見上げてみるけれど、木の実らしきものは見当たらない。
……どうしよう。喉も乾いてきた。
そうだ。食べる物より先に、飲み物だ。
3日くらい食べなくても死なないけど……いや、この体じゃ3日も食べなきゃやばいかもしれないけど、とにかく、まずは飲み物だ。飲まないと食べないよりも早く限界が来る。
川を探す?人がいる場所を探す?
森の中……木々の隙間から見える景色も木々。空を見上げれば、白い昼間の月が3つ。
……どちらにしても、森の中を歩き回るのはどんどん深みにはまりそうで怖いけど、このまま座り込んでいるわけにもいかないよねぇ。
「喉がかわいちゃ……」
ふぅっと小さなため息をついて立ち上がる。
すると、周りにいたスライムちゃんがいっせいにぴょんぴょんと高く跳ね出す。
ん?何か伝えたいのかな?
……分からない。とにかく何か飲み物を探しに行かなくちゃ。
飲み物かぁ……。
赤だし……。
「のみちゃいなぁ……」
!
「うわぁっ!」
驚いて、ぺたんとしりもちをつく。
お尻には地面の感触。あ、良かった。スライムちゃん踏みつぶさなくて。
って、そうじゃなくて、目の前に突然テレビが現れた。
ううん、違う、テレビじゃない。なんか画面。
映画とかでよく見るような、空中に半透明のモニターが表示されてるみたいなやつ。
「にゃに、これ……」
画面には文字が。
【スキル:名古屋召喚
>赤だし
呼び出しますか】
■
スキル?スキルって何?
しかも、名古屋召喚って何?……
呼び出しますかという質問の後には、はいと、いいえが表示されている。
……えーっと、これ、どうしたらいいんだろう。
右を向く。
左を向く。
画面はずっと目の前にあって、向きを変えても目の前についてくる。
タブレットみたいに触って選択するの?
手を画面に伸ばしてみたけれど、すかっと、みごとにすかっと通り抜けた。
心で思ってみるとか?
はいを選択。
「ひゃっ」
画面がぱっと消え、代わりにお椀に入った赤だしが湯気を立てていた。
目の前の地面に赤だしの味噌汁が現れた。
「しゅごいっ!」
なんか、しゅごいことが起きた!あ、いや、思考までも幼児語。気をつけないと。
なんか訳が分からない……けど、喉が渇いていたからありがたい。
あ、でも塩分とか喉が渇いてるのに大丈夫かな?でも熱中症対策に赤だしはいいって話も聞くし。
っていうか、喉とかどうでもいいよ。ふわぁ、味噌の香り。おいしそうっ!
赤だし大好き!
黒いお椀の中に、茶色い味噌汁。
ゆらゆらと味噌の小さな粒が揺れている。具は何が入っているのかな。箸はないから、ごくごくと具材も一緒に飲み込む感じになるかな。
……まだ熱そうだけど、ふーふーしたら飲めるかな?
と、お椀を両手で包みこみように持ち上げる。
うん、大丈夫。やけどするほど熱くなさそう。
「いただきましゅ」
と、お椀を口に当てたその瞬間。
「やめろぉぉぉぉっ」
大きな声とともに、ばしっと、何かがお椀を弾き飛ばした。
弾き飛ばされたお椀は、ブワッと中の赤だしをまき散らしながら、5mほど先の地面にころりと転がる。
私の……赤だしが……。
「おい、お前、なんで泥水なんて飲もうとしてたんだっ!」
ど、ど、泥水?
まさか、赤だしのことを……この人、泥水って言いましたか?
目の前には、20代後半に見える金髪碧眼のイケメン青年がおりました。大きな人だ。あ、私が小さいから大きく見えるのか?
西洋風ファンタジーの世界だよなぁ、やっぱりと思うような容姿に服装。冒険の旅に出る人っぽい恰好。冒険者って言うより勇者っぽい服装。あ、これ、単に私の勝手なイメージね。なんか粗野な恰好というよりはある程度整った格好をしてる。ちょっとした鎧と剣。
兵や騎士というほど堅苦しさもない。
「喉、かわいちゃ」
あれは泥水じゃなくて赤だしっ!って言おうと思ったけど、味噌汁すら知らなそうなのでやめた。説明のために口を開くとまた喉が余計に乾きそう。
「喉が渇いたからって、何も泥水をすすろうとしなくても……」
だから、泥水じゃにゃーって!
赤だしなんだわ!
うみゃーの!
最高だでかんわ!
ミネラルも豊富だで、アンチエイジング美容と健康にも効果的なんだわ!
いわゆる味噌汁よりも、赤だしと呼ばれる味噌汁の方が栄養豊富で優れてるんだが!
赤味噌の味噌汁イコール赤だしじゃにゃーよ!赤だしと呼べるものは……。
「こんなに周りにスライムがいるのに」
ん?
思わず名古屋弁で、赤だしの魅力を心の中で力説していると、青年が変なことを言った。
スライムがいるのに?
イケメン青年は、お椀を拾って、周りにいるスライムの1匹をむんずとつかんだ。
身長190センチはありそうで、しっかり筋肉もついたガタイの良さ。……イケメンレスラーみたいな体つきをしている。手も大きくて、私では両手の平を広げても載せるのがやっとのスライムちゃんを、片手でがっつりつかんでしまった。
……そして、お椀の上で、スライムちゃんをあろうことか……。
ぎゅーっと握りつぶし始めた。
ス、ス、スライムちゃんっ!やめて!なんてかわいそうな!
■
ぶしゅわーっと、果汁が……いや、スライム汁があふれ出してお椀を満たす。
「ほら、飲め」
お椀を私に差し出しながら、さらにスライムちゃんごむぎゅーと締め上げ、落ちてくる液体を、青年はそのまま口に流し込んでいる。
……果物じゃないんだから、汁を絞るとか……。
お椀の中の液体……スライム汁……。
もしかして、人間で言うところの血?それとも唾液?何液なの?
スライムちゃん……ううう。
「なんだ?喉が渇いてるんだろ?」
青年が私を見下ろした。
「スライムちゃん、かわいそうでしゅっ」
私の言葉に、青年が目を丸くする。
「なんだ、泥水すすろうとしてたのは、知らなかったからか。スライム絞れば水が出てくるのは常識だぞ?」
常識?
みんなしてるってこと?
ここでは世界中でスライムちゃんはぎゅーって絞られちゃってるってこと?
「大丈夫だ。すぐに周りの水分吸って元に戻るから」
青年が、手に持っていたひしゃげたペットボトルみたいになったスライムをポイッと投げた。
ぽてりと地面に落ちたスライムちゃん、小さくきゅっと鳴いた気がする。
……体育館で靴が慣らすきゅっていう音にてる。鳴き声じゃなくて、体が発した音なのかな?
「いいから、ほら飲め。俺が毒見してやっただろ?」
へ?毒見?
「あー、知らないんだったな。スライムを絞れば水が出てくるけれど、変異種と言って、時々水じゃなくて吸収した液体を作り出して出す種類がいるんだ。だから、毒になる水が出てくることが稀にある」
へ?
毒が出てくる?吸収した液体を出す?
「ほら、そいつ。なんか色が違うだろ?水以外のものを出すはずだ。今絞ったそれは水だと確認してあるから飲め。泥水すすりたくなるくらい喉が渇いていたんだろ?」
泥水じゃにゃーっ!
赤だしだっていっとるでね!
……あ、言ってないけど。
でも、喉が渇いていたのは事実だし、赤だしを捨てられたのは腹が立つけれど、全部私のためにしたことなので……。
この人、いい人であることは確かで……。
「ありがちょ」
お礼を言って、お椀に口をつける。
「お礼が言えるのか!小さいのにお前はいい子だな!」
頭の上に大きな手が乗ってガシガシとなでられました。
ぐわんぐわん。
頭が揺れる。
「飲めないでしゅ……」
お椀の水がこぼれるっ。
幼児の私が非力なのか、それとも、この青年が力加減を知らないのか……。
「おお、すまんすまん」
改めて、お椀に口をつける。ゴクリ。
あ、美味しい……。
「富士のめいちゅい……みたいでしゅ」
さすがに美味しい水道水全国3位の愛知県の水道水よりも美味しいっ!あ、名古屋の水道水って、美味しいんですよ。情報として美味しくないって情報が出てきますが、おいしいって情報も出てきますし、むしろ飲めば分かる。浄水器不要ですから。ただし、水道管から直結して出てくる水に限るけど。貯水タンク経由の水はだめですよ。
「富士?なんだそれ?誰かの名前か?」
富士とまととかそんな人の名前じゃないですよ……。
富士山から湧き出るミネラルウォーターみたいで味わい深くておいしいっていう意味……ですが、これもまた説明しても仕方がないですね。
「おいしいっていみでしゅ」
「そうか、良かったな。もっと飲むか?」
ニコニコ笑って、近くのスライムをがしっとわしづかみにする。
「い、いいでちゅ……」
なんか、スライムがかわいそうで……。それに、幼女のサイズだと、お椀1杯の水が結構なボリュームでした。げぷっ。
「そうか。ところで、この変異種、何が出るのか確かめてもいいか?」
え?
なんで私に断りを入れるんだろう?
■4
「お前の周りにいるんだから、お前の……あー、名前なんていうんだ?俺はガーランドだ」
「ガーリャントさん……?あたちは、りあでちゅ」
佐藤里香。数えで33歳。厄年女です。……厄年だから異世界に飛ばされちゃったのかな。
「リア?」
「りあでしゅ」
里香だよ。
「分かった分かった。リアな。リア」
ノー!
里香って言ってるんだけど、発音できてない。どうもリアって聞こえてるみたいだ。……う、まぁいいか。
「リアのスライムだろ?」
へ?スライムに持ち主なんているの?
「変異種は持ち主の意思に反して絞ると毒に替わるからなー。だから、まぁ、高価なスライムも盗まれたりしなくて済むんだが」
はい?
高価?盗む?
スライムちゃんって……猫みたいな存在で、変異種だっけ?水以外出す貴重なものは、シャムネコとかチンチラとかアメショとかそういうこと?
スライムって、モンスターじゃなくて、愛玩動物なの?
っていうか、周りに勝手に集まってただけで、私のスライムというわけではないんだけど……。
柚子ちゃん……薄黄色色の変異種とガーランドさんが呼ぶスライムが、ぴょこんと私の膝の上に乗った。
「ゆじゅちゃん、ぎゅーってして味見してもいいでしゅか?」
ぴょこっと、柚子ちゃんが小さく跳ねた。
空になったお椀にの上に柚子ちゃんを持っていくと柚子ちゃんが体をぎゅーっとひねってぽたぽたと水分を出した。
「何だこりゃ。絞らなくても自分で出すなんて初めて見た」
え?そうなの?
「ゆじゅちゃんいい子ね、ありがとうでちゅ」
柚子ちゃんが嬉しそうに小さくきゅっと鳴いた。
うん、もう鳴き声でいいや。口とか見当たらないけど、鳴き声鳴き声。
カーランドさんが、お椀の中身を少し口に含んだ。
「こりゃ……すごい……」
すごい?
「ポーションじゃないか」
ポーション?何それ?
「あっ!」
目の端に映ったのは、茶色いスライム。
「ん?」
ガーランドさんが振り向いた。
「何だこりゃ。こいつ、さっき絞ったやつか?泥水でも吸ったのか……吸った物の色になっちまったってやつだろう……せっかくの変異種なのに、泥水しか出せないとは……もったいない」
泥水を吸った?
「もちかちて、さっきあたちが飲もうとちてたの、ああだち(赤だしと言っているつもり)こぼえたの……吸ったの?」
ってことは、ってことは……。赤だしが出るってこと?ねぇ、赤だしが飲めるってこと?
「ガーリャントしゃん、お椀返してくだちゃいっ」
「え?あ、ああ」
ガーランドさんは、残った液体……ポーション?柚子ちゃんの出したやつをごくごくと飲み干すと、ぱっぱと水分を払って返してくれた。
「おねがいちましゅ」
と、茶色のスライムちゃんに頼むと、すぐにお椀の上にぴょこんと載って、体をひねってお椀に赤だしを出してくれた。
ゆ、湯気まで……。
ほわりと、香ってくる八丁味噌の香り……。
ふわぁ。本当に、出てきた。すごい。ほんのりあったかいとか高性能すぎるよね。これ、いつでも赤だし飲み放題なんじゃ……。
■5
具は残念ながら入ってないけれど……それは現地調達、豆腐やわかめ、何かどっかで手に入れれば……。
そう、赤だしの……名古屋の味噌のえりゃーところは、煮込んでもうみゃーってことなんだわ。
よく味噌汁の作り方で、香りが飛ぶから最後に溶かしいれる、ぐつぐつ煮ちゃダメとかいうけど……。
名古屋の味噌の使い方はそうじゃにゃーんだわ!味噌おでんに代表されるように、ぐつぐつ使うのもどえりゃぁうみゃあでかんわ!
味噌つける味噌おでんじゃにゃーよ。味噌で煮込むおでんのほうだでね。
香りが楽しみたかったら、最後に香り用の味噌を足せばそれでいいし。
嬉しい、嬉しい。
いっただきまー……
「やめろっ!泥水の味なんて確かめようとするなっ!」
ガッシャーン。
ガーランドさんが、私の手からお椀を吹き飛ばした……。
「ああだちぃぃぃーーーーっ」
2回目。2回目ですよ。
「どおみじゅじゃないでしゅっ」
さ、さすがに、泣いてもいいですか?
うぐぐっ。赤だし、赤だし。
「ガーランド、何をしているんですかっ!あれほど一人で勝手に行くなと」
がさりと音がして、木々の間から男の人が現れた。
身長180くらいの細身の男性。銀のストレートの髪を肩まで伸ばし、すいっと鼻筋の通ったクールな顔立ちの20代後半……ガーランドさんと同じくらいの年のインテリ系イケメンだ。
「いや、喉が渇いたからスライム探してただけだが……」
「これはまた、スライムがこれほどまとめているなんて……珍しいですね」
と、インテリイケメンさんが足元を見た。そして、私に視線が向いた。
「かっ」
か?
動きが止まった。
首を傾げたら、イケメンさんの目じりが下がった。
「なぁ、クリス、この子連れてこうと思うんだけど」
ガーランドさんが、クリスさんに話しかけた。
「何を言ってるんですか、子供を勝手に連れて行くのは誘拐ですよっ!いくらかわいくてつい連れて行きたくなってしまっても、一線を超えたら駄目なことくらい分かっているでしょう?幾らある程度わがままを言える立場にあるからって、さすがに誘拐は駄目です。いくらかわいすぎて、今すぐにも連れて帰りたくなってしまったとしても、駄目ですよ、絶対に駄目ですから」
ゆ、誘拐?
もう一度二人の姿を観察する。
ガーランドさんは、泥水を飲もうとしている私を救おうと必死になってくれた人で、悪い人じゃないと思う。
クリスさんは誘拐は駄目だと言っているんだから、犯罪を許すような人じゃないというのが分かった。
つまり、二人とも悪い人ではない。
ってことは、私の気持ちは一つだ。
こんな森の中に放置されても困るんだよね。
水しか飲んでなくてお腹も空いてるし。
ぎゅっとガーランドさんの足に引っ付く。
「親はいまちぇん、森の中で迷子でしゅ。連れてってくだしゃい」
ガーランドさんが、クリスさんを見た。
「そうだぞ、クリス。リアは泥水を飲もうとするくらい、大変な目にあっていたんだ」
ガーランドさんがちょっと涙ぐんだ。
泥水じゃにゃーって!
「森の中でこんな小さな子一人置いていく方が鬼と言うもんだ。街までは連れて行ってやろう」
クリスさんが私を見てから、ガーランドさんの顔を見た。
■6
「分かりました。この子……リアちゃんが着いてくると言ったのですから、いいでしょう。だけれど、街に着いてからどうするつもりですか?両親がいないと言っていましたが」
「まぁ、何とかなるだろ。リアのスライム、それ、ポーションを出すんだよ。売れば生活費は稼げるだろうから、世話をしてくれる人だけいれば」
は?
う、売る?
柚子ちゃんをぎゅっと抱きしめる。
「ああ、勘違いするな。その子を売れと言っているわけじゃないぞ?その子が出すポーションを1本売れば、銅貨5枚にはなる。質の良いものだと評価されればもう少し高く売れるだろう。銅貨5枚もあれば1日食べるには十分だ」
なでなでと頭をなでられた。
「ゆじゅちゃん……しゅごいのね」
変異種が狙われるっていう意味が分かった気がします。
かわいいだけじゃなくて、あこがれの不労所得ができるようになるんですよ。そりゃ、欲しくなるのも仕方がないですね……。
きゅっ。
褒めたら、柚子ちゃんが嬉しそうに声を出した。気がする。
「変異種……確かに色が違いますね。もう1匹色の違う変異種もいますが」
と、クリスさんが味噌ちゃんを見た。
あ、味噌汁色だから、味噌ちゃんです。赤だしだから赤ちゃんって呼ぶと、ベイビーみたいでややこしいので。
お椀を頭の上に乗せて、味噌ちゃんが私の元に来た。
かわいい。ものを運ぶこともできるんだ!
「おねがいちましゅ」
お椀を両手に持つと、その上に味噌ちゃんが飛び乗って、体をぎゅーっと。赤だしが出てくる。
今度こそ飲む!
「これは……」
クリスさんが湯気の立つ赤だしを凝視している。
「これだよ、これ。泥水を、何度も飲もうとするんだよ。リア……。かわいそうに。スライムから水が出るって知らなかったから、ずっと今まで泥水で生活してたんだよ」
泥水じゃにゃーて。
「どろみじゅじゃにゃいでしゅ……」
また吹っ飛ばされては困るので、ぎぃっと睨みつける。
「ガーランド、リアちゃんが生きるために必死に集めて飲んでいたものを泥水だなんて馬鹿にするのは失礼では?」
と、クリスさんが私の味方をしてくれたけど、いや、だから、泥水認定は覆らないのかっ!
「そ、そうだな……悪かった。リア。泥水じゃなくて、お前の大切な飲み物だよな……」
はい。分かってくれたようです。
「だが、お前はもう泥水を飲む必要はない。いつでも、俺がお前のためにスライムを絞ってやるからな……」
と、キラリと白い歯を見せて笑った。
笑いながら、私の手からお椀を奪い取る。
ぎゃーっ!赤だし!
何するんんだぎゃ!
おみゃーさん、また赤だし捨てる気じゃにゃーだろうにゃ!
仏の顔も三度までだでね!
「リア、お前の大切な飲み物……勝手に捨てて悪かった」
よし、分かってくれたか。
「これは俺がもらおう。お前はきれいな水を飲めばいい」
にこっと笑い、覚悟を決めたように、お椀をあおるガーランドさん。
にゃー!
にゃにしとるんだがや!
それ私の赤だしだがー。
何でガーランドさんが飲むんだがや!
どーゆーことー!
ゴクリ、ゴクリと、決心が鈍らないようにと思ったのか、ガーランドさんが一気に赤だしを飲み干した。
「なんだ、こりゃ」
ガーランドさんの目がキラキラと輝く。
■7
「リア、これ、本当に泥水か?めちゃうまい」
「どろみじゅじゃないでしゅ」
やっとわかってもらえたのは嬉しいんだけど。
「泥水じゃ、ないんですか?」
クリスさんが驚いた顔をしている。
「あっ!」
そして、大きな声が出た。
いや、だって……。
目の前のガーランドさんが……ち、ち、縮んでる……。
「うお、何だ?」
ガーランドさんも自分の体の変化に気が付いたのか、手足を見て声を上げた。
「ガーランド、大丈夫ですか?!」
「大丈夫だ。どこも痛くはないが、なんか、俺、縮んでないか?」
はい、縮んでますね。
服というか、鎧ががぽがぽになってますし、頭の位置も、ずーっと上の方を見上げないといけなかったのが……。
ちょっと見上げないといけないくらいのところで、止まった。
「か、かわいい……」
クリスさんが、5歳くらいのサイズに縮んだガートランドさんを抱っこした。
「こら、クリス、何をするっ!」
「いや、いや、だって、かわいい。リアちゃんもかわいいですが、さすがに見ず知らずの女の子を抱っこしては通報案件でしたから、我慢してたんです。なんで、なんで子供ってこんなにかわいいのでしょう。ガーランドも、小さければこんなにかわいいんですねぇ」
と、クリスさん……インテリな雰囲気全部ぶっ飛ばして、おかしなテンションになってます。
「あー、離せ、もうっ、クリスっ!知り合いでも通報案件だ、通報するぞっ!」
ガーランドさんがクリスさんの腕の中で暴れている。
えっと、えーっと……。
「っていうか、俺が小さくなった方が問題だろう、かわいいとか言ってる場合か!」
「何らかの作用のある液体を飲んだ影響であれば、時間が来れば元に戻ってしまうでしょう。だから今はかわいいを堪能するほうが大切です」
……クリスさん……。
可愛いものは堪能しなくちゃいけないは激しく同意するんだけど……。
きゅ?と、私を見上げるスライムちゃん。すでに順番に並んでます。
こ、これは、かわいいを堪能していいんだよって言うこと?
むぎゅーっ。かわいい子たちっ!
「すいません、お見苦しいところを。大丈夫です。いくらかわいいからといって、見ず知らずの子供に抱き着くような真似はしませんから」
はい。しないと言ってますが、知ってる子供なら抱き着きそうで怖いんですが。
このまま知っている子供に昇格したりしないでしょうか……。
「リア、こいつ……クリスの一族は、極端に子供の数が少ないんだよ。エルフって知ってるか?」
エルフ?
エルフって、あの?
「長寿だが、出生率が低い。だからとても子供は貴重で大切な存在で、一族皆でいつくしむもの。一族皆、子供が好きすぎてかわいがりすぎる傾向が強くて……その……本当に、純粋に子供が好きなだけで、危ない趣味があるわけじゃないから」
クリスさんに頬ずりされながら、ガーランドさんが私に説明してくれます。
長寿?
ご長寿さんっていうと、90歳とか100歳とか……。もしかして、もっと長生きしちゃう?120歳とか140歳とか……?
それにしても、嫌がりながらもクリスさんをかばうようなことを言うってことは、ガーランドさんってクリスさんのこと大切に思ってるんですね。
ガーランドさんが、クリスさんのほっぺをむぎゅーと手で押して引き離そうとしているんですが、力負けしてる。
っていうか、イケメンクリスさんの顔が、押されてむぎょっとめちゃくや変な顔に……なんか、ストッキングかぶって引っ張ったみたいな状態に……。
「ああ、あの頃のガーランドは『クリス抱っこ』ってそれはそれはかわいかったのに」
「それは、2歳か3歳のころだろ!っていうか、俺はもう28歳だぞ、誰かに抱っこされるような年齢じゃないっ!」
でも、今は見た目5歳くらいですよ。
で、私はかぞえで33歳。……なので、年齢としては32歳です。見た目は4歳前後でしょうかね。
あれ?でも、もし、私も何か口にしたものの影響で幼女になってるだけなら、すぐに戻るかな?
「リア、リアあれを出してくれ、泥水、泥水を、クリスにも飲ませてくれっ」
泥水じゃにゃーって。何度も言っとるだろぉ~。
「味噌ちゃん、まだだちぇる?お願いちてもいいでしゅか?」
ぴょんっと跳ねて、茶色いスライムがお椀の上で体をねじる。すぐに、お椀に赤だしが出てきた。
「ふっ、ガーランド、それを私に飲ませて、私も子供にしてこの腕から逃れようという作戦ですね。私がそんな作戦にはまるとでも?」
クリスさんが、ガーランドだんを高い高いしている。楽しそうだ。
っていうか……。
「クリスしゃん、飲まないでしゅか?」
もしかして、クリスさんもまだ泥水だと思っているのかなぁ。
赤だし美味しいのに。赤だし最高なのに。飲んで欲しかったなぁと思ってちょっと悲しくなった。
「リアちゃんっ、もちろんいただくよ、もちろん、リアあちゃんが私のために用意してくれたものなら、泥水だろうと何だろうと」
首を傾げてお椀をクリスさんに差し出したら、ぽいっとガーランドさんを放り投げてクリスさんがお椀を受け取った。
いや、突っ込みどころ満載!
ガーランドさん投げたよ、あ、着地してクリスさんから距離を取った。
それから、泥水じゃないって。
いや、それより、ちょっとクリスさん、子供好きだからって、単純すぎやしませんかね?
私の今の姿でお願いしたら何でもしそうなんですけど……。子供詐欺とかに引っかからないように気を付けてください……。
クリスさんは、私か受け取った赤だしを一口ごくりと飲む。
「おや?これは……確かに、泥水とは違うようですね」
そうです。赤だしは泥水じゃないから当たり前です。
「塩気もあり、微かな甘みと苦み、それからうま味が奥深い。香ばしいような匂いも感じる。泥水どころか、こんなにおいしい飲み物はめったに出会えない」
クリスさんが、赤だしをすっごく褒めてくれる。
「えへへ」
嬉しくて思わず顔がにやける。
クリスさんいい人だがね。名古屋の味を褒めてくれる人はいい人に決まっとる。
「リアちゃんありがとう」
そういって、ごくごくとクリスさんが残りの赤だしを飲み干した。
……。
ん?
んんん?
「なんでだ!どうして、クリスは縮まないんだよっ!」
ガーランドさんが叫んだ。
クリスさんは、赤だしを飲んだというのにまるっきり姿が変わらない。
■9
「縮んではいませんが、若返ったような気はしますよ?」
と、クリスさんがガーランドさんに答えた。
その言葉にガーランドさん……5歳が、大げさなくらいショックを受けた顔をみせ、両手で頭を抱えた。
「あーーーーっ、そういえば、25年前に初めて会った時も、クリスはその姿だったっ!」
へ?
へ?
「まぁ、エルフですから」
エルフってすごい……。
「クリスしゃん……なんしゃいなの?」
思わず年齢を聞いてしまう。見た目は20代後半。
「まだまだ、若造ですよ。86歳……いえ、87歳でしたかね?」
それ、日本でもたまに言う人いる。
周りが100歳とかいっぱいいる地域のお年寄りのセリフだ。70代で若手とか80代で若いとかそういう意味が分からない地域の……。
だけど違うんだよぉぉぉぉ。
若造じゃないの。86歳はご老人なのっ!
クリスさんの銀の髪が、一気に白髪に見えてきました。
そうか。見た目がすんごく若く見えるけれど、おじいちゃんだったんだ。いたわらないと……。
「さて、本当はもう少しガーランドと遊んであげたいところですが」
「いや、全然遊んでもらいたくないし、遊んでもらってるとも思ってないからなっ!」
ぶーぶーとガーランドさんが文句をつけてる。
うん、あれは遊んであげているんじゃなくて、遊んでるですね。ガーランドさんからすれば遊ばれてるんですね。
「日が暮れる前に森を抜けたほうがいいでしょうから、出発しましょうか。リアちゃんも出発の準備を」
出発の準備?
「しゅぐ行けましゅ」
準備も何も、荷物はないし。
あ、でも……。
スライムちゃんたちが私を見ている。
「あにょ、この子たち、ちゅれていってもいいでしゅか?」
クリスさんとガーランドさんにおそるおそる尋ねる。
スライムちゃんは水を出してくれるから連れて行ってくれるとは思う。
ポーションというものを出す柚子ちゃんも、美味しい赤だしを出す味噌ちゃんも連れて行ってくれると思う。
だけど……全部で18匹はさすがにたくさんすぎるから、何匹かは置いてくってことにならないかと……。
「ええ、もちろんいいですよ。森の中はそのままで大丈夫ですが、街の中ではぞろぞろと連れて行くと目立ちますが……。君たち、小さくなってごらん」
とクリスさんがスライムちゃんたちに声をかけると、みるみるスライムが小さくなって、ピンポン玉くらいの大きさになってしまった。
「はい、どうぞ」
「え?」
「突然クリスさんから、斜めかけのカバンを渡される。サイズ的にはポシェットと呼んだ方がいいだろうか。
ピンク色の紐に、赤いかぶせしきの蓋のついたカバンだ。白糸で刺繍が施されていて、留め具は銀色の花の形をしている。
……どうしてクリスさんがこんなものを持ち歩いているのだろう。
「エルフの村に戻ったときに、誰かの子供にあげようと思ってかわいいものを見つけると買ってしまう癖があるんですが……なかなか子供が生まれなくて……かれこれ3年もたちました」
と、聞いてもいないのにクリスさんがカバンの由来を教えてくれた。
「リアちゃんみたいなかわいい子に使ってもらえると、クリスおじちゃんも嬉しいんだけれど、もらってくれますか?」
クリスおじちゃん……じゃなくて、86歳のおじいちゃんっ。
■10
「あい。ありがとうごじゃいましゅ」
いただけませんと遠慮することを覚えた大人ですが、子供に善意で何かあげようとして、「いらない」と言われることは悲しいというのも覚えた大人です。
素直にもらってお礼を言って喜んだ方がいいと知ってます。
いつか、何かで恩返しするために忘れないでいればいいのです。
……恩返し、できるかなぁ。そうだ。柚子ちゃんとがんばってポーションを売ればいいんだよね。
それでお金を稼いでそれで何かお礼を……って、柚子ちゃん頼みじゃダメだよ。
ちゃんと自分の力で何とかする方法を見つけなくちゃっ!
よし。
とりあえず、生活環境をなんとかする、そして、お世話になった人に恩返しして、それから日本に戻る方法を探す……が、目標。
「スライムたん、ここにはいってくだしゃい」
しゃがんで、ポシェットの入り口を広げて地面に近づける。すると、1列に並んだスライムちゃんたちが、ぴょん、ぴょん、ぴょん、ぴょん、ぴょんと、順序良くポシェットに収まった。
かわいいっ。
18匹確かに収まったよね。
「みんにゃはいったの。じゃぁ、出発しまちょう」
立ち上がってクリスさんの顔を見る。
すると、足にこつんと何かが当たった。
見下ろすと、ぎょろりと目玉のついた小石が転がっている。
スライムみたいに弾力がないせいかころころと転がることはできるけれど、跳ねることができないようだ。
「あにゃたたちもいっちょに行く?」
ころころと私の足元で転がる小石が6つ。可愛すぎて、思わず訪ねてしまった。
手を差し伸べると、すぐに手のひらに碁石くらいの大きさの小石が6つ転がってきた。
色はどこにでもありそうな灰褐色。まん丸じゃなくてちょっとでこぼこした本当に小石だ。だけれど、つぶらな瞳はあるし、言葉は通じるし、ころころ動く。……うん、あれだ。
まっくろくろ〇けでておいでー!と思わず言いたくなってしまうような……。私、幼女になってるから、大人になると見えないいろいろなものが見えるのかもしれない。
えへへ。
この体もちょっといいかもしれない。
いつまで子供でいられるかはわからないけれど。
「おーい、置いてくぞ!」
ガーランドさん5歳がこっちを向いて手を振っている。
「あい、いまいきまちゅっ!」
慌てて走り出すけれど、すぐにぽてりと転んだ。
……。
えーっと、これ、運動不足の厄年女の私のせいだろうか。
それともまだうまく走れない幼女の能力不足のせいだろうか……。
とりあえず……ガーランドさん5歳と明らかに運動能力の差がありますよ……。
「だ、大丈夫ですか、リアちゃん、けがはないですか?ああ、けががあろうとなかろうと【キュア】もう大丈夫ですね」
ん?
ん?ん?ん?
今、光ったよ。なんか、クリスさんがキュアって言った瞬間ぽわーんと、クリスさんの手が光って、その光が私を包んだ。
それで、今転んでちょっと痛かった手とか膝が……痛くない。
もしかして……。
「魔法でちゅか?クリスしゃん、しゅごい」
回復魔法?
治癒魔法?
そういう感じの魔法なんだよね。すごい、すごい。
キラキラ目を輝かせてクリスさんの顔を見上げる。
「そうですか、もう一度じゃぁ、見せてあげますよ【キュ……」
■11
どかーっと、駆け寄ってきたガーランドさんがクリスさんをあろうことか蹴った。
ぎゃー、クリスさんっ!と思ったら、なんかバリアみたいなのがクリスさんの周りに表れて、ガーランドさんの蹴りは全然クリスさんに届かなかった。
こ、これも魔法だよね?
「あほか、キュアの重ね掛けなんて無駄なことに魔力を消費してんじゃねぇ」
ガーランドさん5歳がぎっと、クリスさんをにらみつける。
「ガーランド……」
「うっ、やめろってっ!」
クリスさんが感極まった様子で、ガーランドさんを抱きしめた。
「成長しましたね!無駄に魔力を消費して火の玉出してお手玉をしていたあのガーランドが。魔力を無駄にするなと言う日がくるなんて」
むぎゅぎゅっとされています。
「な、それ、4歳か5歳の時の話だろっ!魔法が使えるようになったばっかりの頃の話なんて知るかっ!ってか、離せ、ほら、日がくれちまうだろ、日が!」
はい、そうですね。日がくれそうです。
「そうでした。森を抜けるのが先です」
クリスさんがガーランドさんをぽいっとしてから、私に両手を伸ばした。
いやいや、愛情があるのかないのか、なぜぽいっと投げるんでしょう。
「リアちゃんが嫌じゃなければ……」
もじもじとクリスさんが何か言いたそうですけど、嫌じゃなければ、何?
あ、もしかして転ばないように抱っこして運んであげるとかいうこと?
そ、そんな……。
「大丈夫でしゅっ、自分で歩けましゅ」
すくっと立ち上がる。
クリスおじいちゃんに無理させるわけにはいかないですよっ。
見た目はどれだけ若くても86歳なんですよね。あ、87歳なのかな?
ぽてぽてと歩き出すと、目の前にガーランドさん5歳がやってきた。
「日が暮れちまうって。ほら、乗れよ」
と、背中を見せるガーランドさん。
いや、5歳児におんぶしてもらうなんてこともできませんよっ。
と、戸惑っていると、クリスさんがガーランドさんに声をかけた。
「ガーランド、ステータスはどうなってますか?いくらガーランドにとってリアちゃんが小さくて軽いと思っても、今のあなたも小さいんですよ?」
クリスさんに声をかけられ、ガーランドさんが、はっとした表情を見せる。
「ああ、そうか」
忘れてたの、縮んだの。
「【ステータスオープン】」
謎な言葉を口にすると、ガーランドさんが焦点の合わない目を前方に向けた。
焦点が合わないんじゃないな、見えない何かを見ている?
あ、もしかして、私の目の前に現れたテレビ……半透明のテレビみたいなああいうのを見てるの?ほかの人からは見えないんだ。
「大丈夫だ。ステータスは、28歳の俺の状態と変わらない」
それを聞いて、クリスさんがにやりと笑う。
「それは、なかなか便利ですねぇ。能力は今のまま。姿だけ変えられる……それも、相手を油断させやすい幼児の姿に……とは……」
相手を油断?
な、なに?何を企んでるの?
っていうか、クリスさんは飲んでも幼児の姿にならないから、駄目だと思います。
「リアちゃん、ガーランドは大人と同じ力がありますからね、大丈夫ですよ」
と、クリスさんが私を持ち上げガーランドさんの背中に乗せた。
「よし、リア、ちゃんとつかまってろよ!行くぞ、クリス!」
ぴ、ぴぎゃーっ!
■12
大人と同じ力だって、クリスさん言ったのにぃ、うそつきぃ!
私を背負ったガーランドさん、すんごいスピードで木々をよけながら森の中走ってるんですけどっ!
必死にガーランドさんにしがみつく。
おんぶなんて久しくされなかったし、もしかしたら背中で揺られているうちに、眠くなって寝ちゃうかもしれないなぁなんて、ちょっとだけ思ったのに……。
なんじゃこりゃ。人を背負って5歳児が動くスピードじゃない。
忍者か!お前は、忍者か!
それとも、スーパーヤサイ人か!そうだ、確か、スーパーヤサイ人の漫画を描いた烏山明先生は、名古屋圏の人間なのですよっ!
だなら、名古屋弁しゃべる緑の域元とか出てきたりしとるんだわ。ネイティブ名古屋弁だでね。お手の物なんだわ。
いや、いや、そう、キィーーーーーンッって両手広げて走ったら似合うスピードですよガーランドさぁぁぁ。
っていう、なんかやばい動きで森の中を走っていく。
落ちたら、死ぬ。
あ、やばい、しがみついてる手の力が限界っ。お、ち、る……。
ふっと意識を失った。気絶した。
「ああ、寝ちゃったか」
って声が最後に聞こえた。
違う、緊張マックスで、気絶したんですっ!と最後に突っ込みを入れて意識を手放した。
「ああ、目が覚めたか」
目の前には、金髪のガタイのいい西洋風イケメン。
年齢は20代後半か……。
って、思い出したー!
28歳ガーランドさんだ!
私、異世界に来ちゃったんだよ。
体を起こすと、どうやらベッドの上のようだ。硬いけれど、板よりは多少弾力のあるベッドに手をつく。
小さな手。
ガーランドさんは大人に戻ったというのに、私は子供の体のままのようだ。
「とりあえず、街の宿に部屋を取った。これからどうしたいかお前の意思もあるからな」
ぎゅぅーっと、おなかの音がなる。
「はははっ、腹減ったか。そうだな。ご飯食うか」
ガーランドさんが大きな手で私の頭をぐしゃぐしゃとなでる。
ぐわんぐわん。頭が揺れるから、力加減っ!
一応、言っておかないと。
「お金、ないでしゅ」
ガーランドさんがぽかんと口を開いた。
そして、私の鼻をきゅっとつまんだ。
「子供が金の心配なんてすんな。大丈夫だ。俺が持ってる。いや、持ってなかったら稼いでやるからな!もう二度と泥水を飲まなくてもいいんだ」
……飲んでないって。泥水。
っていうか、赤だし美味しいってわかったのに、なんでかガーランドさんは私が泥水を飲もうとしていたかわいそうな子認定のままらしい。
かわいそうなのは、泥水っていわれる赤だしだよっ!
名古屋だよっ!
あ、そういえば……。スキルで名古屋召喚って出たんだけど、あれは何だったんだろう?
スキルってそもそも何だろう?後で聞いてみよう。
「さぁ、好きなもの腹いっぱい食え。この宿は1階が食堂になってて、うまいって評判なんだぞ」
蝋燭を手に持ったガーランドさんと階段を下りる。
外はすでに薄暗かった。
■13
蝋燭が明かりなんだ。
1階の食堂には、天井からいくつかのランプが吊り下げられていた。10ほどのテーブルはほぼ埋まっていた。
ワイワイと楽しそうにお酒を飲み、食事をする人たち。ふわふわと優しく揺れるランプの光。
なんだか、夏祭りの夜店みたいだ。
ふと、おちょぼさんの月並祭で食べた串カツを思い出した。もちろん味噌だれつけたやつだでね。ソースはつかっとれせんでね。
「何が食べたい?」
と、聞かれても。
「おいちいもの」
この店どころか、この世界にはどういう食べ物があるかもわからない。
「うちの店はなんでもおいしいよ。お嬢ちゃんが食べやすい柔らかいもの用意しようかね。兄ちゃんは酒とつまみでいいか?」
私の言葉を聞き取った給仕のお姉さんがふふっと笑いながら声をかけてきた。
「ああ、頼む」
ガーランドさんが頷くと、すぐにお姉さんは厨房へとオーダーを通す。
「はいよ」
と、料理と一緒に運ばれてきたのは、スライムちゃん……。
「水はセルフサービスだよ、自分で必要な分くんでくれ」
ほわわ、なんと、日本だと当たり前に出てくる水。海外だと、水も売り物。無料で出てくるなんてことはないというのは知っていたので、水が出てくるとは思ってなかったんだけど。
まさかの、スライムちゃんがコップとともに運ばれてくる世界があるとは。
きゅっ。
運ばれてきたスライムちゃんが鳴き声を上げた気がする。
「絞ってっていったにょ?」
まさか、ね?
ぴょーんとスライムちゃんが跳ねてコップの上に乗った。
え?本当にスライムちゃんんは絞ってって言ったの?絞られるの好きなの?え?
「リアの力じゃ無理だろう。ほら、貸してみろ」
ガーランドさんがスライムちゃんをむんずとつかんでぎゅーっと絞っって、ぽいっとその辺に投げ捨てた。
えええ、なんか突っ込みどころが満載。
その辺に投げ捨てるとかかわいそう。
「おいおい、なんだよ、俺が悪いことしてるみたいな目を向けるな。スライムはああいう生き物なんだよ。水分と一緒に魔力を吸収して、魔力を生命活動維持に使い、水分を輩出する。その排出を人がちょっと手助けしてやることで共存してるんだ。習ったことないか?うーん、そうか、習ったことなきゃ知らないか」
そうなんだ。
むしろ、スライムちゃん、魔力を効率よく体に取り込むには、体の水分を輩出したほうがいいのか……。
だから絞られるのは好きなのかな。
あれ?じゃぁ、私のスライムちゃんたち、絞ってあげないとだめなんじゃない?
18匹もいるんだけど、飲みきれないよ?
私とガーランドさんの二人で頑張って飲んでも無理だよね?
あ、そういえば……。
「クリスしゃんは?」
「ああ、あいつは孤児院」
子供好きって言ってたもんねぇ。孤児院なら子供いっぱいいるよね。
「子供に囲まれるためじゃないぞ。もちろん、子供たちに囲まれて幸せな気持ちにはなってるだろうけれどな。孤児院に寄付するのと、子供たちに勉強を教えたりしている。それから、才能のある子供たちのスカウトと、まぁ、いろいろだ」
「ご……ごめんなしゃい……」
小さな声謝罪する。
「冷めないうちに食え」
頭をガシガシと再びなでられる。
……クリスさんほどじゃないけど、ガーランドさんも子供好きですよね。きっと。
■14
「いただきましゅ」
両手を合わせると、ガーランドさんがきょとんとする。
「お前、それ、どこの国の宗教だ?」
宗教?
ああ、手を合わせていただきますをするのが?
「まぁ、いい。この国は何でも許されるからな……別の国に行った時には気を付けた方がいい」
へ?
気を付ける?……宗教……うーん、国によってはほかの神を信じている人を弾圧するとかあるのかなぁ。地球でも結構宗教戦争的なことが……。魔女狩り的なこともいまだに残っている地域もあるそうだし。それもシャーマンだとかいう人が神だとか悪魔だとか……。
こわっ。
これからは周りの人の様子をよく見て、まねるようにしないと。
目の前に運ばれた料理は、大きな肉と野菜が入ったスープ。それから茹でた芋。
まずはスープをスプーンでゴクリと飲む。
塩味だ。塩と、野菜の甘味と肉のこく。まずくはない。
まずくはないけれど、もう一味欲しいところ。……贅沢なんだよなぁ。私の舌がきっと。
肉はスプーンでほろりと崩れた。柔らかく煮込まれている、鶏肉っぽい。
バサバサだ。水分というか脂が抜けて。口の中がもしゃもしゃする。
もともとこういう肉なのか、調理方法を変えればまた別の触感が生まれるのか。
香辛料系の味がしないのは、香辛料の流通がないのか香辛料が効果なのか、香辛料が発見されていないのか謎。
芋は、ジャガイモ系ではなく里芋っぽい。ぬるりとした感じが少なめの里芋みたいな芋。
……里芋といえばさ、里芋の味噌田楽を代表として、味噌味と合うよねぇ。
ああ、里芋の味噌汁もおいしいんだ。もちろん赤だし。
ん?あるじゃん。赤だし。
「味噌ちゃん、お願いしゅるの」
お椀を取り出し、小さくなってる味噌ちゃんをお椀の中に入れる。
すぐに、味噌ちゃんがむくむくと大きくなって、きゅっと体をひねった。
お椀が赤だしで満たされると、味噌ちゃんは再び小さくなってカバンの中にぴょんっと飛び込んだ。
「ありがとうにぇ」
味噌ちゃんにお礼を言うと、里芋を小さくしながら赤だしの中に入れる。
そういえば、私、なんだかんだ言って赤だし飲むの初めてじゃない?こっちの世界に来て。
……なんだか、気が付けばいつも、泥水!って邪魔が入って。
泥水じゃにゃーっ!赤だしだっていっとるでしょう!
さて、いただきまぁーす!
お椀を口に持って行って、ゴクリ。
「ばっ、何をしているリア!やめろっ!」
泥水じゃにゃーって言っとるでしょう。止めないで!
取り上げられた。うわーん。あたしの赤だし。せっかく里芋もどきを入れたのにぃっ!
「飲んで若返ったら、お前……リア、どうなると思ってるんだ」
え?
えーっと、今4歳くらいでしょ、10歳若返ったら……存在消えちゃう?
卵子に戻って……え?えーっと……。
さぁーっと青ざめる。
もう、一口飲んじゃったよっ!
どうしようっ。
と、両手の平を眺める。
■15
小さく……なっては、ない。
「ガーリャントしゃん、大丈夫でしゅ」
ガーランドさんが私をじっと見ている。
「……変わらないな、確かに……。っていうか、飲んだのに?っていうか、そういえば、リアは俺が出会う前にも泥水飲んでたんだよな?」
もう、いい加減覚えてほしい。
「どろみじゅじゃにゃいでしゅ。ああだちでしゅ」
「あたし?どういうことだ?」
「あたちじゃなくて、ああだちでしゅ」
「ああたし?」
「ああだちっ!」
ガーランドさんが首をひねる。
赤だしって言ってるのに。いや、言ってるつもりなのに、発音ができない。ううう。
「わかった、わかった、ああだちだな。ああだち」
やばい、このままじゃ、赤だしが、この世界でああだちって名前になってしまう……。
こ、これならいっそ泥水としばらく呼ばれるのも覚悟して、口がうまく動くようになったら、赤だしだと伝えた方がいいのでは……。
うーん。
「まぁいい。とにかく、お前は飲んでも大丈夫なんだな?」
たぶん。
こくんと頷く。
「ほら、じゃぁ返す」
やったー!
赤だしのお椀が戻ってきました!
いただきまーす。
八丁味噌の香り。ふぅーん。おいしい。
口の中で今度はちゃんと味わう。どうやら、とても丁寧にだしを取った上等なもののようだカツオとコブの出汁が使われているんだろうなぁ。うま味がすごい。カツオは香りも残っているから、最後にカツオ粉も使ったのかも知れない。それからほんのりと甘味がある。甘味の強い味噌がブレンドされてるのかな。うーん。
ま、何でもいいや。うまうま。
里芋もどきのお芋ちゃんもおいしいです。
つるつるねばねした感じは少ないけれど、ジャガイモみたいなほこほこな感じでもなくて、もっちりしていておいしい。
カーランドさんがじーっと私が食べる姿を見てた。
えっと、いくら幼女の姿をしているといっても、中身はアラサーなので、そう、じっくり食べる姿を真正面から観察されると、恥ずかしいんですけど……。しかも、イケメンに見つめられてるんですから。
と、ガーランドさんの顔を見ると、泣いた。涙ぼろりと流した。
「よかった、うまそうに食べてる。うん、つらかっただろう?両親がいないなんてなぁ。こんな小さいのに。あんな森の中で一人……心細かっただろう」
ひゃー。
テーブルの上には、いつの間にか空になったお酒のジョッキが。
泣き上戸なのか!
「おーい、なんか甘いものないか?」
ガーランドさんが店員の女性に声をかけた。
「甘いもの、果物ならあるよ」
女性の言葉に、ガーランドさんが首を振る。
「違う、もっと甘いものだ。砂糖菓子とか」
女性の眉がよった。
「うちは大衆食堂だからねぇ、そんな値の張るものは置いてないよ」
値の張る……。
砂糖とか甘味は貴重な世界なのか。
じゃぁ、もしかしてあんことか、小倉とか、小倉トーストとかがないってことなんでは……。
■16
そりゃそうか。日本だって、昔は金と砂糖は同じ価値みたいなこと言われてたんだもんね。今でこそスーパーで特売100円とかで買えるけれど……。
ア〇キスーパーによく買いに行ったなぁ。カ〇スエは広告がなくて特売日っていうのがなかったけど、いつも安かったなぁ。
ヤマナ〇の総菜量り売りが安くて種類豊富でおいしかったんだよなぁ。バ〇ーは夏場は麦茶の買いだめに。ナフ〇……あ、いや。
つい頭の中で砂糖の底値思い出し始めたら止まらなくなってしまった。
「そう……か……」
ガーランドさんががっかりと肩を落とした。
それを見て女性が申し訳ないと思ったのかガーランドさんの肩をたたく。
「お金さえもらえれば、3軒先に菓子屋があるから買ってこようか?」
「本当か?頼む」
涙をだらだら流しながら砂糖菓子を頼む姿っていうのはどうにも常軌を逸しているように思うんだけど、飲み屋だから酔っ払いの日常に慣れているのか。女性は気にした様子はない。
「これでたりるか?」
と、ガーランドさんが金貨を出した。
「まぁ、大金貨じゃないか。こんな大金……おつりはないといわれるかもしれないよ?」
金貨じゃなくて、大金貨?大金?
「つりはいい、それで買えるだけたくさんお菓子を買ってきてくれ。リアに、いっぱい食べさせてやりたいんだ」
ま、ま、まてーい!
「あ、あたち、いらないでしゅっ!」
止めないと。
なんか、ガーランドさん、酔っ払っているせいか、私をかわいそうな子認定したせいなのか、よくわかんないけれど、店の人が驚くような大金でお菓子を買うとか……。
私に食べさせるためとか……。
大人が子供に何か上げるのをいらないといわなずに喜んで上げた方がと思ってはいますが、それは常識の範囲内でのこと。必要以上に高価なものとか、もらっても困るようなものはさすがに受け取れない。
「甘いおかち、嫌いでしゅ」
私の言葉に、ガーランドさんが目を止める。
「嫌いって、食べたことあるのか?」
おっと、そこか!
そうか。高価なものは好きか嫌いかの前に、食べたことあるかないかか。
どの階層の人間なら食べたことがあるんだろう。大衆食堂では出されることはない。街には砂糖菓子を売っている店がある。
んー、ちょっとした金持ちなら買えるレベルなのか、かなり金持ちじゃないと買えないのか。返答に困る。
「甘いの、んと、歯をとかしゅって、怖いの」
食べたことないことにしとこう。
虫歯になるからダメと言われてたことにしよう。
「いやいや、大丈夫だ。ちゃんと歯を綺麗にすれば。おいしいぞ」
う。
もうっ。
「お金、もったいにゃいの。大事にゃの。それ、お菓子じゃないのに使うの」
ガーランドさんが取り出した金貨に視線を落とす。
「ぷっ。そうだね。その子の方がしっかりしてる。確かに、お金は大切にしないと」
女性がガーランドさんの肩をぽんぽんと叩いてから、私の顔を覗き込んだ。
「お嬢ちゃん、リンゴは好きかい?焼きリンゴなんてどうだい?」
焼きリンゴ!
「あい。リンゴしゅきでしゅ」
■17
ニコニコと笑って答える。
「リア……お金の心配なら、本当にしなくていいんだぞ?」
ガーランドさんが怒られた子供のようにしゅんとなっている。
「心配しなくていいくらいお金があって、ちゅかい道がないにゃら、人のためにちゅかえばいいんでしゅ。クリスしゃんみたいに、寄付したりしてくだしゃい」
現状、私はありがたいことにこうしてご飯を食べさせてもらっている。
孤児院というものがあるならば、親のいない子友達がいて、食べることに困っている子がいるのかもしれない。
私は、中身が大人なので何とかする方法を考えることもできるけれど。本当に中身も子供だったら……誰かが保護して誰かがお金を出して誰かが育ててあげなければすぐに命を落としてしまうだろう。
「リアー、お前は、なんていい子なんだぁ。う、うう、そうだなぁ、うん、そうだなぁ。人のために何がしてあげられるのか常に考えろと、そう言われた」
そうか。そういったのはガーランドさんのご両親なのか、それともクリスさんなのか。
「人というのは……目の前の人のことばかりじゃないんだよな……。それは分かっているが、いや、分かっていないのかもしれないなぁ……。手が届く範囲の人間に手を貸すことは簡単だが、見えない誰かのためのことまで思うのはむつかしい……」
あ、寝た。
ガーランドさんが酔っ払った挙句、寝た……。
「おやおや、寝ちまったみたいだね」
焼きリンゴを運んでくれた女性がガーランドさんを見て笑った。
「起きないようなら呼んでおくれ。男たちに部屋まで運んでもらうから」
「ありがとごじゃいましゅ」
お礼を言うと、ふふっと笑って女性は給仕の仕事に戻った。忙しそうにあっちのテーブル、そっちのテーブルと動き回っている。
私もこの世界の生活基盤を整えるためには仕事を見つけなくちゃいけないけど、この体じゃ給仕の仕事すらむつかしいだろうなぁ……。
女性の動きに今の自分の体を重ねてみる。
テーブルの高さほどしか身長がない……。踏み台を使わなければテーブルの上を見ることもできないんだもんねぇ……。
ふぅと小さくため息が漏れる。
少しの間ガーランドさんとクリスさんに甘えて、この世界の常識をもう少し教えてもらって、自分にできそうなことを探さないと。
柚子ちゃんポーションを売ればお金が稼げるって言われたけど……。
どうやって売るの?買い取ってくれる店があるの?それとも露店とかで?
幼女一人が露店の店番しても大丈夫なのかな?そもそも、住む場所はどうやって探せばいいんだろう。
幼女一人暮らしなんて……想像できない。
中身はアラサーなんで、家事全般も一通りこなせると思うんだけど。あ、でもこの世界での家事はどうなのかな。
洗濯機も冷蔵庫も掃除機もないよね……。
……だ、大丈夫かな、私……。うん、大丈夫。大人になるまでにしっかり覚えればいいんだから。
そう考えると幼女でよかった。教えてといっても不審がられないはず。
■18
出てきた焼きリンゴは、リンゴ四分の一サイズ。皮ごと焼いたリンゴに、バターが載ってる。
うわー、おいしそう。
うん。おいしいです。バターの香りが鼻に抜けて、リンゴは焼かれたことでじゅわりと汁が口の中に広がり、甘さも増してます。……が、ずいぶんあっさりとした甘みです。
うーん。地球のリンゴと何か違うのかな?それとも品種改良されてない原種に近いリンゴだから?おいしいですけど、思ったほどの甘さはなかった。
ごちそうさまでしたと、手を合わせそうになって慌てて手を引っ込める。魔女狩り怖い。
「ガーリャントしゃん、お部屋かえりゅ、起きちぇくらさいっ」
ゆさゆさとガーランドさんをゆすってもなかなか起きない。うーん、どうしよう……。
困っていると、ぴょこんとポシェットの中からピンポン玉サイズの柚子ちゃんが飛び出してきた。
「ゆじゅちゃん?」
何をするのかと思ったら、柚子ちゃんは机に突っ伏していびきをかいているガーランドさんの顔の前までぴょんぴょん進んでいった。
それから、体をぎゅっとつぶして、まるで水鉄砲みたいに液体を出して、ガーランドさんのだらしなく開いている口の中に液体を注入。
「げぼっ、ごほっ」
いきなり口に液体を入れられてむせるガーランドさん。
苦しそうにせき込みながらガバリと上半身を起こす。
「げほ、ごほ、いったい、何げほげほっ」
涙目になりながらガーランドさんがテーブルの上にどや顔で乗っている柚子ちゃんを見た。
「お前か?はぁ、ゲホゲホ、あー、ポーションですっかり酔いが醒めた」
ん?ポーションってしじみ汁みたいな効果があるの?お酒飲んだ後にいいんだよね?ああ、あれは酔いを醒ますんじゃなくて、二日酔いに効くんだったっけ?
「んー、せっかくだ、リア、お前も飲んどけ。今日一日の疲れも取れてぐっすり眠れるぞ」
え?そうなの?
栄養ドリンクみたいなものなのかな?
「ゆじゅちゃん、飲んでもいいでちゅか?」
と頼むと、空になっていたお椀にぎゅーっとポーションとやらを絞ってくれた。
赤だしはちゃんと水を入れてぐるぐるして飲んで綺麗にしてありますよ。
ポーション……二日酔いの薬っていくと、苦い漢方薬みたいなイメージもある。
栄養ドリンクも、モノによっては化学薬品っぽい味がしてまずい。
ちょっと覚悟しながらゴクリと口に入れる。
「こえっ!」
これは、間違いない。グァバの味!カレーのオリエンタレが出してる、グァバの果実を使った缶ジュースの味だぁ!
懐かしい。
おいしい。
ごくごく。
「ぷはーっ」
「おお、いい飲みっぷりだな」
ガーランドさんがニコニコしている。もうすっかり泣き上戸は終わったようで良かったですよ。
グァバは、レモンの3倍以上のビタミンCを含むだけじゃなくて、疲労回復のためのビタミンBも含まれてるんでしたよね!スーパーフルーツとして注目……なんでもっと注目されて、オリエンタレのグァバジュースがバカ売れされないのか謎。……タピオカドリンクよりよっぽど健康にいいのに。
■19
私がグァバシューズを飲んでいる間にガーランドさんが会計を済ませる。
「ごちそうさん、うまかったよ」
と、ガーランドさんが立ち上がったので、一緒に席を立つ。ならぬ、椅子から飛び降りる。
「ごちしょうさまれした。おいしかったれす。ありがとうごじゃいました」
と、ごくごく普通の感想を述べただけなのに、ぐりぐりと女性店員さんい頭をなでられた。
「いい子だねぇ。これ、おまけだよ。朝食にでもしな」
と、リンゴをくれました。
ん?
「ありがちょうごじゃいましゅ」
ぺこりと頭を下げる。
朝食にでもしな?リンゴを?
宿は朝食付きじゃないのかな?食堂が、夜とか昼だけ営業?うん、その可能性が高いかな。
何時まで営業してるのかわからないけれど、まだまだ客であふれかえっているし、夜遅くまで働いたら、朝から朝食準備とか大変だもんね。
2階の部屋に戻る。
部屋は4畳ほどの大きさで、セミダブルサイズのベッドが一つ。
一緒に、寝るってことですよね……。
まぁ、私は幼女ですし……。
ベッドに腰掛けると、ガーランドさんが丸椅子に腰掛けた。
ベッド以外に、丸椅子と小さなテーブルがある。テーブルには、水差しとコップならぬ、スライムとコップ。
……スライムちゃん、宿で働いているのね。えらいなぁ。
そういえば、ガーランドさんがスライムちゃんの持ち主の意思に反してとか言っていたけれど……。
「スライムしゃんの、持ち主にはどうやってなるんでちゅか?このスライムしゃんは、宿の人のでしゅか?」
ガーランドさんがんーと首を傾げた。
「野良スライムがほとんどだなぁ。絞ってもらいたくて人に寄って来てそのまま居ついちゃうこいつらみたいなのもいるが」
野良スライム……。
野良ネコみたいなものでしょうか。
餌をくれる人についてくみたいに、絞ってもらいたくて人についていく……。そんなに絞られたいんだ……。
「ただ、変異種なんか高価なやつは人と契約を交わすもんだなぁ」
「契約?」
「ああ、気に入った人間がいれば近づいていく。近づかれた人間が名前を付ける。契約するなら名前を受け入れるみたいな流れか?」
へ?
森の中にいたときに、スライムちゃんたちは私の周りに近づいていた。勝手に、柚子ちゃんとか味噌ちゃんとか名前を付けてしまった。
スライムちゃんが「きゅっ」と言って承諾しちゃった感じ?
気に入った人間……っていうけど、あの森には私くらいしか人間いなくて、絞ってほしくて誰でもいいから近づいてきたんじゃないのかなぁ?だとすると、不可抗力で知らないうちに契約されちゃったとか、スライムちゃん後悔してないかな……。
そっとポシェットの口を開くと、ぴょぴょーんとスライムちゃんたちが飛び出して、いつものサイズに戻った。
ぽよーんぽよーんとベッドの上ではねてる。
それから1匹が私の膝の上に乗った。
なでなで。ぷにぷに。なでぷに。ふはー。かわいい。
■20
部屋の中はすっかり暗くなっていて、蝋燭の光で薄暗い。
なでなですると、スライムちゃんがぼんやりと蛍光色に光る。喜んでるのかなぁ。
なんか、水族館に展示された明かりの落とされたクラゲ展示室見たい。
そうだ、名古屋港水族館のくらげなごりうむ綺麗だったなぁ。なごいるむだって。だれが考えた名前なのか。ふふふ。
ほわー、ほわーと、なでていくと順に光っていく。
ほとんど薄水色。柚子ちゃんがうす黄色で、味噌ちゃんは薄茶色だ。……ごめんね。そんな色になっちゃって。もっときれいな色になりたかったよね……。なでなで。あ、薄茶色の周りにうっすらうすピンク。うん、これならちょっとかわいい。
「あ、絞ってあげないとだめでちゅね……」
スライムは人間に絞ってもらいたいんだよね。うーん、この小さな手でどこまで絞れるかな。
ガーランドさんに頼むしかないかな……と、ガーランドさんを見る。
すると、ガーランドさんは、あんぐりと口を開いて私を……いや、スライムちゃんたちを見ていた。
うん、見とれてる?綺麗だもんね。ふわーっと柔らかな光を発するスライムちゃんたち。
と、思ったら、ぐるりと勢いよく顔を私に向けた。
「お前、魔力を直接与えることができるのか?」
はい?
「まりょく?与える?どういうことでしゅか?」
「いや、前にスライムは水分とともに魔力を吸収して生命活動維持しているという話はしたよな?」
聞いた聞いた。
こくこくと頷いて見せる。
「魔力ってのは、えーっと、なんか微量に世の中にあるものなんだよ。水とか木とかいろいろなものに含まれてる。あー、人間が食べるものにもな」
ふーん。栄養素みたいなものかな?水にも、蒸留水じゃないかぎり、ミネラルとか含まれてるし。
「で、えーっと、リアは魔力や魔法のことはどれくらい知ってる?」
「知らにゃい」
首を横に振る。
「あー、教育係がいないからか、それとも庶民は魔力持ちが少ないから親も子供に何も言わないのが普通なのか、んー、わからん、まだ幼すぎて話をしてないだけなのか……」
何やらぶつぶつと言い始めましたが……。
庶民という単語にびくりと肩を震わす。
庶民がいるということは、非庶民がいるってことじゃない?つまり、貴族だとか、王族だとか……支配階級がいるということで……。まぁ、単なる金持ちが選民意識を持っていて、人を見下してそういう場合もあるけれど……。
ガーランドさん、さらりと自分は庶民サイドじゃないみたいな発言してますよ……。人を見下すようなタイプだとは思えないので……貴族だとかなんか支配階級の人間の可能性……。大金も持ってたし。
そういえば、なんかクリスさんがガーランドさんある程度わがまま言える立場とか言ってた気が……。
「人には魔力を持つ人間と、持たない人間がいて、魔力があると魔法が使える」
ふわー、そうなのか。
「クリスしゃんみたいに?」
回復魔法だとか治癒魔法だとか、なんかそういうの使ってた。
やっぱり魔法なんだよねぇ。
「ああ、クリスはエルフだからな。エルフはすべての人間が大きな魔力を持っていて、強い魔法が使える。ゆえに、人口は少ないが人に迫害されることもなく上手く共存できている」
エルフはすごい魔法が使えるんだ。共存……?
■21
むしろ、人より優れてるなら……。
「強いでしゅか?」
「ああ、強い」
強い種族……ってことは、人間を奴隷にしたりしようと考えたら、人間は逆らえないんじゃ?
私が不安そうな顔をしたからなのか、ガーランドさんはエルフについての説明をしてくれた。
「強いが、人を害したりすることはない。前にも言ったが、子供が大好きすぎて人の子供たちに嫌われるようなことはしないんだよ。それに、さすがに力が強いといっても数で劣るから、人と戦争をしようという者はいないし……それに……人がいなくなればエルフも困るからな」
エルフが困る?
「エルフは人と子を作れなくなる」
へ?
ハーフエルフとかいう単語を聞いたことがあるけど、もしかしてそれ?
「エルフとの間にできた子どもはすべてエルフだ……めったに子供は生まれないが、人がいなくなれば子供を持つチャンスがぐっと減る」
え?
優勢遺伝……エルフの血は、めっちゃ強い優勢遺伝するってこと?
あー、あれ?
うーんと、
なんか、もう、あんまり考えるの嫌になった。うん。どうでもいいや。
で、何の話だったっけ?
「で、人の子も魔力を持つものがいる。まぁ親が魔力持ちなら魔力持ちの子が生まれる可能性が高くなることから、魔力持ちは魔力持ちと結婚することが多いので、だんだんその、なんだ。魔力持ちの男女が召し上げられることが歴史的に繰り返された結果、庶民にはほとんど生まれなくなった」
あ、また庶民って言葉が出てきた。
……もう、これ、間違いなく、王族や貴族とか何らかの支配階級あるってことだよねぇ。で、魔力持ちだとわかると、貴族の娘の婿だとか王族の息子の嫁だとか……いや、もしかすると妾とか愛人とかそういうのかもしれないけど……。
っていう歴史が繰り返されてきたってことか……。
「って、そんな話はお前には難しいし、どうでもいいことだよな。まぁ、つまり、魔力持ってる人間は少なくって、魔法が使える人間は貴重だってことだ」
あ、思い出した。
「火の玉でお手玉ちてたって……」
ガーランドさんが子供のころ魔力の無駄遣いをしてたとかそういう話……。
「お、覚えてたか。ああ、そうだ。うん、いや、あーっと……。まぁ俺もそっち側の人間……だな。自慢できるもんじゃないが」
そっち側?どっち側?魔法が使える側って言う意味?
それとも、召し上げる側っていうこと?
「で、まぁ、リア、お前もどうやら魔力持ってるみたいだぞ。どうする?」
どうするって聞かれました。
いやいや、何をどうするのか、説明してもらわないとわからないんですけど。
えっと、何?
魔力を持っていることを隠すか表に出すかってことかな?だったら、隠したいかな。魔力があるってだけで妾とかにされるなんてたまったもんじゃない。
■22
「あー、まぁいいや。とりあえずクリスにも話を聞いてもらってから考えるか。魔力を持ってるからって、魔力を直接スライムに渡すなんて初めて聞いたしな……。クリスなら何か知ってるかもしれないし」
へ?
へ?
私、特殊ケース?
「しかし、これでわかったぞ。お前の周りにあんなにスライム群がってたこととか、1万匹に1匹いるかどうかわからない変異種が2匹もいたこととか……お前の魔力にひかれてやってきたんだろう。変異種ならば他のものより魔力感知能力も優れてそうだしなぁ」
はい?
スライムちゃんたち、私の魔力にひかれてきたの?
「絞ってあげられにゃくても、平気でしゅか?」
首をかしげてスライムちゃんに尋ねると、一斉にぴょーんとベッドの上でスライムちゃんたちが跳ねた。それから、ポシェットの中で何かが動いた。
あ、そういえば石みたいな何かもついてきてたんだ。後でなでておこう。
「まぁ、今日は寝るか。明日、クリスと合流して話をしてから、リアもどうしたいか決めればいいさ」
なでなでと頭をなでられました。
ガーランドさんがベッドの端に寝転んだ。壁側と反対側。もしかして、私が寝てる間にころりとベッドから落ちるといけないとそちら側を選んでくれたんだろうか。
それから、壁際に私。私の周りに18匹のスライムちゃん。
水を出すくらいだから、スライムちゃんはウォーターベッドのように冷たいのかと思ったらそうでもなく、人肌で、とても気持ちがいいんです。
おやすみなさーい。
変異スライムといっちょ とまと @ftoma
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