柘榴

柘榴

　小さな地方都市の申し訳程度の歓楽街で、怯えながら客引きをしていたのが初めて見たときの様子だった。

　梅雨直前の、急角度で上がる湿気に飽和した空気が滲ませるネオンの海の中、安っぽく毛羽立ったシュミーズ一枚でふらふらと歩き、声をかけ、邪険にされ、それでも彼女は必死だった。見るに見兼ねて私から声を掛けたのだったと思う。小さな親切心、しかし彼女は、まさか相手から声を掛けられる可能性なんて微塵も想定になかったのだろう。目をクヌギの実のように丸くして半ば放心しつつ、それでもおぼつかない足で私を『仕事場』まで案内した。

　芽吹いてしばらく経った木々や草の成熟した匂いにくらくらとしながら、私はその後をおとなしくついていく。

　ごみごみと入り組んだ、びかびか光る街の光から遠ざけられたように暗い路地を何度も曲がって辿りついたのはこれ以上なく古びた、安普請(やすぶしん)のラブホテルだった。どことなくかび臭くて、とてもじゃないがロマンチックな気持ちにはなれないし、欲望も裸足で逃げてしまうような陰気な建物の中へ、彼女は表情一つ変えずに入っていく。

「このホテル以外使うなって言われているの。綺麗じゃなくてごめんなさいね」

　声まで無表情だが、震える声が本当は恥じ入っているのだと語る。

　私は小さく頷き、できるだけ自分も表情を変えないようにしようと心がけることにした。ほんの僅かでも心を動かしたら、そこから波紋が広がるようにして届き彼女を壊してしまうような気がしたのだ。

　私たちは黙って服を脱ぎ、シャワーを浴び、行為に及んだ。吐息さえ漏らさなかった。けっして下手なわけではないし、それなりに手つきも慣れてはいた。しかし瞳が絶えず揺れて、自分の置かれている現実に現在進行形で戸惑っているように見えた。

目の前の世界が白く淀んで霞みながら膨張していくような感覚が、無数のフラッシュの爆発を最後に霧散した後、我に帰ると、私の目をじっと凝視している彼女の目にぶつかった。

見開いた目は凪いだ海のように細かく揺れ、しかし焦点は射抜くような強さで、私目掛けて結ばれている。

　体に力が入らない。ずしりと、やわらかな体の重みが沈みこんで食い込むように感じられる。

「横に……よけて、くれないか」

　途切れ途切れの息で声を掛けると、彼女もまた我に帰った表情でびくりと身を震わせた。

「あ、ごめんなさい」

　のろのろとした動きで横にずれ、私から少し離れた位置でうつぶせになる。

　私は掛け布団を足元から引きずり出して二人の体にかぶせ、仰向けに寝転がった。なんとなく手持ち無沙汰で気まずい。煙草でも吸いたかったが、生憎と切らしている。

「煙草、持ってないか。メンソールじゃなきゃなんでもいいんだが」

　しばらく耐えてみようかと思ったが、結局耐えかねて聞いてみると、彼女は黙って鞄の中をまさぐり、未開封の金マルを手渡してきた。

「終わった後、欲しがるお客さん多いから。いつもはもっと種類を揃えておくんだけど今日はこれだけ。ごめんなさい」

「いや、助かるよ。ありがとう」

　随分と、ごめんなさいばかりを言う女だと思った。口癖みたいになっているのだろう。正直なところ私はそういう女は苦手で、なんとなく避けて通るようにしてきていた。そう言わせてしまう罪悪感に四六時中悩まされるようで気が沈む。

　なんで声を掛けてしまったのだろう――やるだけやった後に言うのも酷い話だが、私はそう考えながら出来るだけ彼女の顔を見ないように、煙草の外装フィルムを剥ぎ取るところにフォーカスすることにした。

　しかし視線を動かした瞬間、目に入った彼女の柔らかな笑顔は、私の視線を釘付けにした。

　笑う顔は美しかった。今までの表情や仕草から、この笑顔の出現は予測できない。先ほどと違う世界に来たのではないかと思うほどに、それは好ましく眩しい、光のような完璧さだった。

「そういえば、名前聞いてなかったな」

　息を呑む音が聞こえないように咄嗟(とっさ)に口に出した言葉があまりにも間抜けで場違いで、私は顔がカッと熱くなったように感じた。赤くなっていたりしたらどうしようか。

　彼女はきょとんとした顔をした後、はにかんだような表情になって、耳まで顔を赤くした。

「あ、えと、キョウコです」

「キョウコちゃん、か。私はトオルと言います」

「あ。はい、えと、あ、そうだ、あの、名刺、あるのでお渡し……しま、す」

　喋りながら、キョウコの顔が段々と俯いていく。しどろもどろになりながら、鞄の中から下品な色合いの紙切れを出し、私に差し出してきた。

「店からの支給品？」

「はい。そうです。普段は道に出てるんですけど、ここ」

　喋りながら裏返された面には時代遅れの丸文字で電話番号とメールアドレスが記載されている。

「この番号かアドレスに連絡いただければ、接客中でなければいつでも、大丈夫なので」

「予約が出来るってことね」

「はい」

　俯いた顔は元の位置に戻らず、上目遣いでこちらを探るようにして私を見ている。

「どうしたの。なんでそんな顔を赤くしているの」

　煙草に火を点けながら聞く。

　漂白され、青白く光っているようなシーツの波間に横たわるキョウコの裸体は、蛍光灯に照らされた部屋の中では妙に黄ばんで見えた。その所為で、私の記憶にある女性の、美しいところだけで作った妄想のように思われてくる。

　私はその時唐突ながらも強く、啓示か何かのようにして、キョウコにしようと思った。長年の夢の成就を、この女になら託し、叶えられると、確信をしたのだ。

＊

私とキョウコはあの夜以来、ゆっくりと、しかし確実に親しくなっていった。

初めの三ヶ月は金銭の遣り取りを伴う間柄。その次の三ヶ月はそこを越えた友人。さらに次の三ヶ月は恋人。最後は、結婚相手として。

　私は丁寧に、自然な流れに見えるように間合いを詰めて行き、それに戸惑いながらキョウコも私を受け入れた。勤めていた店も、私の名前を出せば簡単に縁切りができた。

「貴方がそんなに凄い人だなんて、知らなかった」

　どれほど親密になっても、キョウコの声はいつだってふるふると震えている。ゼラチンのように危うく、簡単につぶれてしまいそうなか細さ。

「凄いのは私じゃない。先祖と名前だよ」

　他愛のない会話でも、私が否定形の答えを返すとすぐに罪悪感に潰れ、俯いてしまう。なんて素直で意固地な自意識だろう。

「……ごめんなさい。私、この辺で育ったわけじゃないの」

「そうなの？　こんな廃れた土地、なんで来たんだい」

　そういえば、彼女の出自や過去を聞いたことはなかった。興味がなかったし、あんな仕事をしていたのだ。気が滅入るような内容でしかないだろうから、敢えて知りたいとは思わなかった。

「――兄が、失踪して。それで、母が自殺してしまって」

　声の揺れが激しくなる。津波の直前、ざわめく井戸水のような不穏さ。思っていた以上に悲惨な話が、背景に潜んでいるようだ。

　私はそっと髪をなで、顎を持ち上げて前を向かせた。瞳いっぱいに涙が溜まり盛り上がっている。潤んだそれが彼女の頼りなさを強調して見せて、なんだか胸が塞がれそうだ。

　それきり言葉を紡げない様子なので、私はハンケチで涙を吸い取ってやり、軽く口づけてから顔を自分の胸にうずめてやった。

「辛い話だな。すまなかった。これ以上は、話さなくていいから」

　抱き締めると、肩が震えていた。キョウコはそれきり長いこと黙りこみ、気付けば眠ってしまったので、その後の話はわからない。ただ、口にすることもできないような恐ろしい事情でこの街へ辿り着き、体を売っていたのだろうと、ぼんやりながらも想像がついた。

　それはあくまでも想像ではあるが、いつまでも彼女にまとわりつく陰鬱さや影のような空気が、何より雄弁に語っていると思われたのだ。

　また、彼女が石留(いしどめ)家を知らないのは、とても都合がよくもあった。

唐突だが、ここで少し、私自身の話をしようと思う。

　私はキョウコと出逢った歓楽街を含む土地一帯を所有する家に生まれた。石留と聞いて知らない人間は、恐らくこの辺りにはいないだろう。

　両親は小さい頃、事故で亡くなったという。詳しくは知らないし、写真も残っていないのでよくわからない。

　大学を出るまでは父の兄だという人の家の離れに住んで面倒を見てもらっていたが、あまり交流はなかった。卒業後は、その人が用意してくれた家と使用人、一人で生きていくのに困らない程度の土地と財産をもらい、それを運用して生計を立てている。

賃貸の管理は専門の会社に任せているので普段は滅多に家の外に出ず、人にも会わない。先祖の残した古い書物を読み漁って暮らしている。使用人が掃除や洗濯、食事の世話まですべてをやってくれるので、わざわざ外出する必要はないし、私の性格も体質も、あまり外出には向いていないのでこの生家はとても便利だ。

　ところがあの日、私は地代を半年も滞納している借主のところへ、直接赴いて話をつけた帰り道だった。そんな用事でもない限り、あんな煩わしいところへなど足を踏み入れない。何故だろう、いつもなら使用人を遣(や)っているのに、今日に限って私は、何となく自分で行ってみようと思ったのだ。

前に訪れたのは学生のとき、父の兄に無理やり連れて行かれたとき以来だから二十年ぶりくらいだろうか。店の並びや人々の様子は変わっていたが、全体的な雰囲気は相変わらず煩雑で薄暗く、あまり好ましくないことに変わりなかった。ネオンの色合いは下品で、看板のデザインは悪趣味なままだ。

　今でも、私はよくキョウコを見つけることができたなと、あの夜のことを思い出すにつけ感嘆する。何せ普段なら使用人を行かせているところなのだ。それが、たまたま私が出向き、彼女と巡り遇った。

なんていう可能性。偶然。確率。だからこそ私は彼女に決めたし、彼女は見事に私の期待に応えてくれたわけなのだが。

　寝入ってしまったキョウコを抱え、少しだけ大変な思いをしながら寝室へ移動した。

　まだ籍は入れていないが、先月から使用人に暇を与えて家に住まわせている。石留の家にはあまりよろしくない言い伝えがあるので、キョウコのことを人に知られたくないのだ。

　あまりよろしくない言い伝えとは何かと言うと――この文明社会において、あまりに荒唐無稽かつ拙い話ではあるのだが――、石留家の始まりは柘榴だった、というものだ。

　昔々、樹齢千年を生きた柘榴の古木が、人間の娘に恋をした。あるいは、恨みを抱いた。果たしてどちらだったのかはもう明らかでないが、好意にしろ悪意にしろ、とてつもないエネルギー量の執念を燃やし、その古木は自分の精を娘に植え付け孕ませたと言う。

　娘は命と引き換えに子供を産んだ。それは人間そのものの姿をしていたが、赤い宝石のような目を持ち、賢すぎる頭脳と並外れた美しさを備えていた。

　子供はやがて近寄る女すべてに、父親同様、己の精を植えつけた。その後、存(ながら)えて子供を産んだのはたった一人。それもやはり子を産み落とした後に死に、その他の女は皆、醜い肉腫に覆われ悲惨な最期を遂げたという。

　そうして長い時間をかけ、柘榴の一族は増えた。何をどうやってか富を築いた。家系図が残っていないので定かでないが、何年、何十年、何百年。もしくは何千年かの後には、ここら一帯で最も強大な家と成った。気味悪がられ、畏(おそ)れられながらも、それを力で捻じ伏せて。

　まるで御伽草子の中に紛れていそうな陳腐な話だ。荒唐無稽にも程があり、結局のところ、石留家への嫉(そね)みが形になったものだろうというのが一族内での認識になっている。不愉快ではあるがまあ、長く続いた旧家なら、こういう噂の一つや二つ、あってもおかしくはないだろう、と。

　――しかし本当にそうなのだろうか。これはただの与太話の類なのであろうか。石留が旧家だというのなら、途切れ途切れだとしても家系図の一枚くらいないものなのか。石留の出自はなんなのか。どうして私には両親がいないのか。写真一枚すら残っていない。誰も彼らのことを知らない。話さない。

　私は深いため息を吐き、目線を下に降ろした。

　目じりに細い涙の痕を光らせながら、キョウコが穏やかに眠っている。寝息以外、室内に音はない。強すぎる静寂は、私の神経をむやみやたらと尖らせ凶暴にする。

　額を撫でると、真っ直ぐ下ろした前髪がさらさらと脇に流れていく。口の中で何かを含むように寝言をこぼし、突然ぐるりと寝返りを打つ。そして、隣に座り込む私の腰に腕を巻きつけ、ぐいと引き寄せるようにくっついてきた。起きて私と過ごすときよりよほど自然な仕草を見せる。

　まるで小さい子供だ。したことも、されたこともないが、どうしてだか懐かしい気持ちになった。多分これが、相手に気持ちを許して安心する、ということなのだろう。

　屈み込み、無防備な背中を服越しに撫でる。少し背骨の浮いた硬い背。脇腹に手を滑らせると、等間隔で肋骨が並んでいるのがわかる。美しい骨格だ。

　起こさないよう彼女の腕を解いた後、立ち上がって、部屋の電気を消した。一瞬、何もかもが夜闇に紛れ見えなくなる。そしてすぐ、どこからか漏れ入ってくる月光が薄らぼんやりと部屋の景色を浮かび上がらせた。

　照らされたキョウコの横顔には睫が長く伸び、立ち込めた影が表情を隠してしまう。規則正しい寝息は、しかしその規則正しさで彼女の意識があるのかないのかをわからなくしていた。

　裾から手を入れ、背中に直に親指を押し当てる。強く、刃物を刺すようなつもりで真っ直ぐに。骨と骨の間は狭く、ただごりごりと硬い感触があるだけだ。

一時間か、三時間か、一晩中だったのか。暗がりの中、私はしばらくその行為を繰り返していた。こんなに力いっぱいやっているのに、一向に目を覚まさないキョウコが不思議だった。

時を止めたような空間の中、傍から見た私は狂気じみていただろう。ぎらぎらした目をしていただろう。自分の頭上斜め三十二度あたりの位置で馬鹿馬鹿しいと思う自分を認識しながら、私はその時、キョウコに自分の精を植えつけていた。

キョウコへの愛も愛着もないわけではない。だが、それ以上に私は己の血に憑りつかれていたのだ。もし、私がただの人間なら何も起こらないだろう。もし、私が石留の血を色濃く引いているのなら柘榴が宿るかもしれない。

真珠のような光沢を放つ滑らかな肌は呼吸の度に波打ち、嵐の前に凪ぐ海面のようだと思った。好ましく美しい、光景だった。

＊＊

　それからの日々は至極平坦で淡々としているため、特筆することは何もない。彼女に柘榴を産ませようなどと狂気じみた行いをしてから八年が経っていた。

私は相変わらず家に篭り、キョウコは陰鬱とした影を静かに引き摺りながら、気紛れに美しい笑顔をこぼす。

　子供は出来なかった。気配もなかった。お互い、子供を欲しいとはあまり思っていないので何の問題もなかったが、八年前のことを思い出すと少し、気持ちがわだかまる。

　背中を指で押したくらいで、子供なんて産まれるものか。それなのに、どうして私はそれでキョウコが柘榴を宿すなどと思ったのか。

　朝から降り続く霧雨が、外の雑音をすべて掻き消している。黄昏が近く、外はもう薄暗い。不自然なほどに静かな室内は湿度が高く、少し肌寒かった。

「キョウコ」

　風邪を引かないよう、上着を出してくれと声を掛けようと思った。隣で、彼女は最近始めたレース編みをしているはずだった、それなのに。

「キョウコ？」

　居なくなっていた。がらんとした、空洞のような部屋。

　普段から、そんな四六時中寄り添いあっているわけではないし、使用人がいたとはいえ必要なこと以外は話したりなどしなかったから、この家には長年一人で暮らしていたようなものだ。それなのにどうしてだろう、キョウコが居ないと思うと、やたらと広く虚ろに感じられる。

　私は読んでいた本を乱雑に置き、立ち上がった。

この部屋は家の一番奥にある。廊下を玄関に向かって歩きながら、両脇にある襖を開けて行く。角を折れると縁側があって、その裏には雨戸と障子で仕切られた部屋がある。無駄に広い家の中、私はキョウコを探して歩き回った。

　心のどこかで、いつかこんな日が来るのではないかと思っていた。

ある日突然、キョウコが失踪してしまうこと。不安定な感情の波が彼女を飲み込み、出奔させてしまう可能性。

　最初、私はそれでも構わないと思っていたはずだ。それなのに今、こんなにも動揺して、必死に探し回っている。

　家の中のどこを見回っても居なくて、私は最後、中庭を見てから外へ探しに出ることにした。もと来た道を戻り、途中の部屋を横切って行く。そこには観賞用に果樹を植えた小さな庭があって、キョウコはそこでうたた寝をするのが好きだった。

「……キョウコ」

　まさかこんな肌寒い日にはしないだろうと思ったのが盲点だったらしい。キョウコはそこですやすやと丸まって寝息を立てていた。

「キョウコ！」

　しゃがみこんで、小さく上下する肩をそっと揺さぶる。傍らには編みかけのレースが投げ出され、少し腕に絡まっていた。

「ん……」

　薄目を開け、彼女がゆっくりと現実に戻ってくる。その様子に、私は安堵した。腕や頬はひんやりとしていたが、首元や胸元は逆に熱く感じられる。

　私はにわかに欲情した。

　まだ寝惚けているキョウコの服をはだけ、まだ状況を把握しきれていないながらも抵抗しようとする手首をレース糸でぐるぐると巻いてしまう。

「い、やだ……」

「大丈夫、ここは誰にも見られないから」

　こんな倒錯的なこと、今までにしたことはない。しかし何故だろう、唐突にそういったことを求めたくなった。

　優しく言葉で宥めながらシャツのボタンを外し、下着の上から胸を乱暴に掴む。キョウコは眉を八の字にしながらも、目を見開いて私のしていることを眺めていた。抵抗は、既にしなくなっていた。

　キョウコの表情に浮かぶ戸惑い。不安。忘れていた過去が突如浮上し、それに絡め取られ沈んでいく表情。

　私は彼女の上半身を弄びながらその表情をすべて眺めていた。

　蒼褪めた顔、震える唇だけが熟れたように赤く鮮やかだ。腕の中の彼女の体は発光しているように真っ白く、覆い被さる私の影が染みのように映っていた。

「トオルさん……」

「少しふざけているだけだから」

　耳元に囁いてから首筋に接吻(くちづけ)を降らす。ひとつ、ふたつ、みっつと数えるうちに、彼女の呼吸が荒くなり、肌が仄(ほの)かに色づいてくる。

　その段になってやっと私は彼女の下着を取り去ることに決め、うつ伏せに引っくり返した。

　そのときの私の衝撃を、一体どのように伝えたらいいだろう。

　背中の真ん中あたりが赤かった。拳大の、球形のものが、埋め込まれているようにしてそこにあった。茶味がかった紅色をしたその表面は張り詰め、艶々としている。腫瘍ではなかった。私はそれが何か、よく知っていた。

　過喚起寸前のようだったキョウコの呼吸が、浅くなっていく。何か言いたそうな気配を無視して、私はその背中にあるものをじっと凝視する。

「……柘榴」

　そう、そこにあるのは、柘榴の実だった。紛れもない、それは柘榴の実。

　私は呆然としながらその果実に触れる。それはキョウコの体温を帯びた柔らかな温かさで、彼女の鼓動を私の指先に伝えていた。