第4話 契約、完了
その後、ヒロトの気持ちが落ち着いてから、オレ達はお互いの置かれている立場と、そのためにどうすればよいのかを話し合った。
オレは、どんな目的でもいいから自分を使い切ってもらわなくてはならない。ヒロトは、両親の強い意向で中学受験をすることになっているが、全く勉強する気が起きない。
「中学受験自体は嫌じゃないんだよ」
そんじゃ、何が嫌なんだよと聞くと、隣の引きこもり、と吐き捨てて入り口から見て右の本棚がある壁を指差した。どうやら、その向こう側に「引きこもり」がいるらしい。
「兄貴とか姉貴か?」
「前者の方だよ」
どうやら、ヒロトは隣の部屋に引きこもっている兄貴を、意地でも兄貴とか兄ちゃんとか呼びたくないようだ。
「あいつは公立の中学に行って、いじめられたんだ。親は自分の子どもを二度とあんなところに入れたくないって言い出してさ。あんな根性なしと一緒にされちゃ、たまんないよ」
なるほどなぁ、と思わず呟いてしまった。こんなに悪く言っていても自分にとっては兄貴だ。自分も変わり果てた兄弟を受け入れられないなりに、その兄貴を否定するような親の振る舞いにコイツなりに傷ついたのだろう。
「でもよう、オレもお前にもらわれたってことは何かしらお前の役に立たきゃ成仏できねえんだよ、分かるだろ?」
するとヒロトはオレを勉強机に置いて笑顔になった。笑ったところを見たのは、スマホで友だちと話していた時以来だ。
「僕には、エンピツさんの使い道がある」
ヒロトは小説家に憧れていて、童話の真似事のようなものをよく書いていたらしい。
本当はこの春休みから十代向けの小説を書くつもりだったらしいが、その前の二月からヒロトの兄貴が受験もせずに引きこもってから、両親から中学受験を言い渡されたんだそうだ。
「それ、いいじゃん。それいい、それ最高」
とにかくおだてて自分を使い切らせようとしたのを見抜いたらしく、ヒロトはムッとした。
「自分の成仏のことばかり考えているでしょ」
「んなこたあねえよ」
慌てて必死に否定する。気づけば夕陽がオレたちを窓越しに照らす。
「まあ、お互いの目的が果たせるのはいいことじゃねえか。オレも応援してやるよ」
「前科持ちのエンピツに応援されてもなあ」
再びドアがノックされた。扉は開かない。
「ちょっと!また電話してるんじゃないでしょうね」
「違うよ!」
そういった後にヒロトは、オレをひょいとつまんで鉛筆削りに近づけた。
「優しく削れよ」
「分かってるよ。因みに何て呼べばいい?」
「それこそ、ワードセンスが問われる時だろ」
「うーん……」
ヒロトは考え込んだ挙句、こう言った。
「ピッさん。親しみを感じるでしょ」
「業界用語かよ。文学性のかけらもねぇぞ」
「僕の「あえて」のネーミングセンスにピッさんは気づかないんだね」
「偉そうなことは、ちゃんとしたものを書いてから言えや」
これからどうなるかさっぱり分かんねえな。
地獄のエンピツ! でこぽんず @simple_simple
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