第2話 おばあちゃん食堂「豚の豚しゃぶサラダ」過呼吸の高校生ver
呼吸が出来ない.......。
目の前の景色がぼやけていく。医者は過呼吸くらいでは人は死なないと言うが、死ぬほど苦しいのだ。
処方されている薬は、確か学校指定の鞄のポケットに.....。違う、同級生に笑われて女子トイレに流されて捨てられたのだ。
高橋ルミは、高校入学から学年1位の成績をとり教師からも有望とされていた。が、クラスの女子からの妬みからクラス全員からのイジメが始まった。
厳しい両親は、有名大学にいっている姉より劣るなと、ルミを叱咤激励するだけで居場所すらない。
何とか一学期を乗り越えようとしたがイジメと家に居場所がない事から呼吸も居場所も狭くなり、過呼吸で倒れた。
両親も姉も入学したばかりのストレスだと、世間体を気にしてメンタルクリニックにも行かせてもらえず、泣く泣く近所に一人暮らしをしている祖父に泣きつき、保護者として通院できた。
でも、現実は何も変わらない。ルミにメンタルクリニックに同伴してくれた祖父は、余計なお世話をしてくれたと両親から絶縁され、両親と同じく世間体を気にする姉は、ルミとは口も聞いてくれない。
死にたい思いで学校に行っても「バイ菌」「メンヘラ」「死ね」など女子からの罵詈雑言の嵐だ。
常備している薬も、今日は捨てられ耐えきれなくなり午前中で早退したが、ジメジメとした梅雨の雨の中、頭の中は、罵詈雑言がぐるぐると走り回り、家にも帰りづらい。
イジメから食欲もなくなり10キロも痩せた。ふらつき、ポツポツと雨が降る中、ルミは傘を落としてその場所にうずくまる。
もう。死にたい。この世に居場所なんてない。呼吸も思考も荒くなり、ルミが倒れかけた時だ。
「あら、あら、大変」
小学生の時に病で亡くなった祖母と同じ声がする。
「少し、歩ける?この先に私の食堂があるから、休みなさい」
ゆっくりと温かい腕がルミの冷たくなった背中を温める。
コンクリート打ちっぱなしの道が続き、その先に木造の家が2軒見えた所で、ルミの意識は暗転した。
目が覚めると、崩れそうな2席のイスを並べた上で、ルミは木造の天井が夕日のオレンジ色に染まっていくのをぼんやりと見ていた。
すぐ横には、カウンターがあり鞄が置かれている。
その先から甘酸っぱいタレの香りがする。
ゆっくりと起き上がると、割烹着を着た祖母くらいのおばあちゃんが、リズミカルに野菜をたくさん切っている。
一般家庭だろうか?
「あの.....ご迷惑かけて....」
やっと絞り出した声がかすれる。
おばあちゃんは、振り返るとニッコリと笑った。
「よかった。もうすぐ豚しゃぶサラダが出来るから、食べていきなさい」
知らない人の家で、ご飯なんてと思う前にルミのお腹がぐうっとなる。
そういえば、お弁当もゴミ箱に捨てられた。食べる気力なんてなかったが。
ルミは黙っておばあちゃんの背中を見る。気がつくと呼吸が自然に出来ている。
もう、どうでもいいやとぼんやりしていると、おばあちゃんが振り返る。
「召し上がれ」
お盆の上には、刻まれたセロリやレタスの野菜の山盛りの上に甘辛いタレの湯気をのぼらせている豚肉がのせられている。他には白飯と豆腐の味噌汁とたくあんが3切れと氷を砕いた冷水だ。
目の前におかれ、食べる以外に選択肢はないらしい。
ダラダラと箸をとりルミは、もそもそ食べだした。
「おいしい!」
この数ヶ月、出ない声が出て自分で驚き恥ずかしくなりおばあちゃんを見る。
相変わらずニコニコしている。
山盛りの野菜はシャキシャキしていて、梅雨すら忘れる爽やかな味だ。甘辛いタレのかかった豚肉は、タレが染み込み、白飯を誘う。
気がつくと、ルミは完食していた。
「あの、ごちそう様でした.....」
「お粗末様でした。雨もあがって良かったわ」
気がつくと、外はもう暗い。
「学生さんのお仕事は、たくさん食べる事と人生を選べる事なのよ?おばあちゃんになったら、選ぶ事すら出来なくなるのよ、ふふふ」
おばあちゃんがニッコリ笑う。
麻痺していたルミの心が、感覚を取り戻し始めた。涙が瞳からあふれでた。
汚された鞄を持ち、ルミはおじぎをして外へ出た。
引き戸の横の看板に、「おばあちゃん食堂、豚しゃぶサラダ860円」と書いてある。
ルミが慌てて、財布を探すがそれすら教室で、
とられた事を思い出す。
あやまりに戻ろうと引き戸を開けようとすると、電気はふっと消えた。引き戸が開かない。
空は雨があがり、一番星が見え始めている。
「たくさん食べる事と、人生を選べること」
ルミは小さく呟く。
「また、来ます」
小さく、しかし、しっかりとした声でルミが頭をさげた。
今度は、しっかりとした足取りだ。
向かうのは、家ではなく祖父の家だ。学校を転校しよう。おじいちゃんにお願いして一緒に暮らしてもらおう。
絶対に両親と姉が賛成しない選択だ。でもまだ私は人生を選べる。甘辛い豚肉のような今と山盛りの爽やかな野菜のような未来を怖がりながらでも選ぶのだ。
遠くのおばあちゃん食堂から、優しい笑い声が聞こえた気がした。
おばあちゃん食堂 長谷川 ゆう @yuharuhana888
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