海が黄金色に染まる時(第2部最終話)

 酒宴は頼光の屋敷の広間を使って行われた。

 貴族は何かっていうと飲んだり騒いだりする。わたしだって、腐っても豪族の娘だ。昔はそういった酒宴にわけもなく何度も連れてかれたもんだよ。

 土蜘蛛一掃の決起のための宴だったから、主役は綱、貞光、駕籠女、金太の四人だったけど、主催者である頼光と宴席は並べられてなかった。

 しかし四人はそんなこと意に介さない。こと金太に関しては、もうそれどころじゃなかった。山育ちの金太からすれば新鮮そのものだ。何しろ初めて尽くしだからね。都も貴族も初めて、屋敷も初めて、もちろん酒宴だって。

 夜だってのに、昼間みたいに明るい大きな広間。見たこともない山海珍味。飲みきれないほどの酒。打ち鳴らされる楽器。歌い踊る美しい女達。余興。はやし立てる声。笑い声。その騒々しさと華々しさに終始、目をぱちくりしてたよ。

 しかし何よりも、宴に参列してる何十人もの男達。頼光とゆかりのある侍や貴族や、いずれにしても名のある男達だ。彼らが一様に、口を揃えて金太ら四人の武勲を褒めたたえるのが金太はこそばゆく、とても嬉しかった。そして、いささか奇妙な気持ちだった。金太よりうんと年上の男が次から次へと自分のそばに来ては、口々に金太を持ち上げるんだ。

 ――十五歳でなんと立派な働きか。将来が楽しみだ。童とは思えない素晴らしい働きだ。もはやれっきとした侍、いや頼光殿の片腕と言ってもよいのではないか? 素晴らしい体躯だ、綱殿にもひけをとらんじゃないか。おお、よくよく見れば大変な美丈夫。うむ、端正な顔をしておる。娘の婿に欲しいくらいだ。頼光殿より、わしのもとで働かんか? 生まれはどこだ? 両親はどこにいる? しかしこの髪の色はどうなんだ、これではどうにも……。いやいやこんなものは染めてしまえばよい。さっそく明日にでも黒く染め変えてはどうか。いやいやこの髪色もまた趣き深いものではないか。まあ飲め。まあ食え。――

 飲みなれない酒に酔っぱらい、金太の頭はくらくらした。

 申し訳ありません、どうも酒に弱いらしく……と言いながら金太は席を立ち、ふらつく足で広間を出た。後ろでは、どうにも田舎育ちゆえに不作法で……まだまだこういった席にも慣れておらず……という、場を取り繕う駕籠女の声が聞こえた。

 金太はそのまま廊を横切り、階段を下りて、広い庭へ出た。そして真っ白な玉砂利の上に、金太は直接腰を下ろした。大きくため息をつき、夜空を見上げる。

 立派な下弦の月が出てた。空気が澄んでるからか、星も多く見えた。それでも、山で見るよりはずいぶん少なく感ぜられた。

「――感傷に浸っている時じゃないぞ。席を立つとは」

 振り向かなくても声の主はわかった。でも金太は座ったままで体の向きを変え、横に座った駕籠女に一礼した。「……先ほどはお力添え、ありがとうございました」

 それを聞いて、駕籠女はほんの少し目を見開いた。

「ほお、いつの間にそんな言葉を覚えた?」駕籠女は水筒を金太に手渡した。「飲めよ。顔が赤いぞ」

「酒ですか」

莫迦ばか。水だよ」

 金太は筒を開け、水を飲んだ。冷えた水は、酒で無駄に火照った体に染みわたっていった。「美味いです」

「……まったく。我々がここに座っていることだって、本当は駄目なんだぞ? 頼光様は寛大だし、まあ今夜は酒の席だから大目に見てはもらえるだろうが」

「そうなんですか」

「そうなんだよ。――で、傷はもういいのか」

 金太はクムの刀がめりこんだ肩と、キンノに刺された腹を撫でた。「なかは斬られていないので。まあ痛むは痛みますが」

「頑丈なやつだな。……口の方は」駕籠女は空を見つめ、ぶっきらぼうに言った。

「口?」

「だから……わたしがあの時ぶっ叩いた傷だよ。血が出てたろう」

 今度は頬に手を当てた。舌で頬の裏を探ってみる。奥歯で切った傷はまだ癒えてなかった。

「ああ、こんなのは。山でもしょっちゅう怪我してましたから」

「……すまなかった」

「いえ。大事ありません」

 金太は面食らった。

 駕籠女に謝られるなんて思ってもみなかったんだ。自分だって、内からあふれ出た言葉だったとはいえ、ひどいことを言ったわけだからね。

「私の方こそ。失礼を申しました」

「いいさ、おまえが言ったことは間違ってないよ。駕籠女の心に信念なんてなかった。卜部季武が取るべき行動を取っただけさ」

 侍とはまことに身が重いな、と言って、駕籠女は金太から受け取った水筒に口をつけた。金太はそれを見るともなく見て、また夜空に目をやった。

「環雷に――とどめを刺した時もそうでした。大きな生き物の、体から出てすぐの血とはあんなに熱いのかと。驚きました」

「生そのものの熱さだな。……わたしだってまだ慣れないよ。もともと侍でもなんでもないんだ。人を殺すことになんか、ずっと慣れるものかよ」

「駕籠女殿もですか」

「あったりまえだよ」

 金太はさっきの酒宴での、自分を誉めそやす貴族や侍の顔を思い出した。次に、幼かった自分をまざりと呼んで肥やしをぶっかけた悪童達のことを考えた。

 そして拳を握り、玉砂利を何度も軽く殴った。その度に砂利はかさり、かさりと微かな音を立てる。

 駕籠女には、金太の気持ちが痛いほどわかった。

「おまえ、れっきとした侍って言われてたぞ。……良かったな」

「はい。でも……時に、わからなくなります。一体何が正しくて、一体何が……」

「わたしもだ。……だがな、金太。正しさとは何だ? 悪とは何だ? そんな曖昧模糊あいまいもことしたものについて、今は考えるべき時ではないよ。前だけを向いているべきだ」

 駕籠女は水筒に栓をして玉砂利の上に寝かせ、右手で着物の左の裾をまくった。

 そこにはあるはずの左腕がない。肘のすぐ上あたりの皮膚が強く引っ張られ、覆うように縫い閉じられて切断面は隠れてた。

 金太は瞬きもせずに、その傷跡を凝視した。駕籠女は少し恥ずかしげに目を伏せ、やがて上目遣いに金太を見た。

「これがわたしの人生だ。これによって道が決められた。様々なことが、この腕によって決められていったのさ。ここにもし腕があり、まともに動いてさえいれば、母が死ぬこともなかったかもしれないんだ。この左腕は、今もわたしを殴りつける」

 金太は黙り、駕籠女の言葉を待った。でも駕籠女が口を開かないんで、聞きたいことを聞いた。「元あった左腕を、一体どうやって切断したのですか?」

「頼光様にお願いして、太刀で切って頂いたんだよ。――五年ほど前、山賊に左腕を大きくえぐられて血が止まらなくなった。自分で傷を強く縛ったんだが、その縛り方が良くなかったんだ。傷がひどく膿んで高熱が出た。このままじゃ体も駄目になる、と綱様に言われたんだ。……どうせだらりと垂れ下がったまま動かない腕だ。いっそ無い方がいい。そう思ったんだよ」

 金太の胸は締めつけられた。

 ――なんてことだ。腕や脚を失った者は寿命が短い。きっと駕籠女はこの先永く生きられない。……それなのに。

「……だがな。ここに腕があれば、わたしは今ここにこうしていないだろう。わたしは腕を無くし、道を切り拓いたんだ。おまえのまさかりと一緒さ」

 駕籠女が微笑んだ。金太も少し微笑み、黙ったままで続く言葉を待った。

「なあ、金太。戦う理由わけなんて誰だってわからないのさ。誰だって戦いの中で、その理由を見失ってゆく。戦いが激しければ激しいほどな。誰かのために、何かのためになどという大義名分なんて本当は必要ない。……金太。おまえは、おまえのために戦えばいいんだよ」

「……私のため?」

「そうだ。おまえ自身を、坂田金太郎という人間を手に入れるための戦いだ」

 そこまで喋ると、駕籠女は一息ついてまた水を飲んだ。

 金太はしばらく駕籠女を見てた。と、駕籠女と目が合った。駕籠女は少し顔を赤くして、なんだよ、何あほづらしてじろじろ見てるんだよっ、と言った。

 金太は少し微笑み、いえ別に何も。ありがとうございます、と言ってまた空を見た。

 下弦の月はより高く昇ってた。

 白く輝くその巨大な弓から放たれる矢ならば、天空を切り裂いてどこまでも高く、ひょっとしたら星の彼方までも飛んでゆけるのかもしれない、と金太は思った。

「……駕籠女殿」

「……なんだよ」

「駕籠女殿は、何故矢を射るのですか」

 ややあって、駕籠女はきっぱりと答えた。

「殺すためじゃない。信念をつらぬくために射るのさ」



 目が覚めると、まだ世は明けきってなかった。

 酒に酔いすぎたせいで妙な寝付き方をしてしまったのだ、と金太は独りごちた。

 火照りを冷まそうと、金太はぼんやりした頭のままで、まだ暗い街を歩き出した。

 ずいぶん歩いた。町を過ぎた。家の数が減って、田畑が多くなった。まだ金太は歩いた。田畑がなくなった。それでも歩いた。

 いつの間にか、金太は森に足を踏み入れてた。

 ようやく空は、微かに灰色がかった青に染め変えられてた。

 川に出た。川幅は広い。水音は静かだった。

 身を清めよう、と金太は思った。頭から冷たい水を被れば、少しは気持ちもすっきりするかもしれない。

 金太は川に足をつけた。思った以上に冷たい。

 辺りは静まり返ってた。対岸にはすぐ山があるものの、鳥もまったく鳴いてなかった。

 水音しか聞こえない。不思議なこともあるものだ、と金太は思った。

 ふと、気配に気づく。気配の方に金太は視線をやった。男が一人いる。

 縮れた褐色の、伸び放題の髪。髭だらけの顔。左まぶた上にある、角みたいなこぶ。体中に無数についた、刀傷と思しきあと。高い身の丈。

 シュタインだった。

 やつれてはいるものの、すっかり日に焼け赤銅色になったその腕や体には無駄な肉が一切無く、がっしりと引き締まってた。そして、とても優しい目をしてた。

 金太は目をみはった。そして確信した。

 ――この威容。こいつに間違いない。

 クムが死に際、口にした名前。都をおそれさせている土蜘蛛の頭領。帝に弓引く者。

 見たことはないが、間違いない。こいつが酒呑童子しゅてんどうじだ。

 同時に、金太は不思議な気持ちを抱いた。

 ――なんだ、この言いようのない気持ちは? 聞いてた通りのなりをしてる。まったく聞いてた通りだ。

 でも、何故だ。どうしてこいつは、こんなにも俺に似てるんだ。

 この……体の奥底から沸き起こってくる気持ちの正体はなんだ。

 シュタインが静かに口を開いた。「……なにものだ」

 金太はシュタインに体を向け、下腹に力を入れた。

「摂津源氏、源頼光みなもとのよりみつが臣下の者だ」

 シュタインは頷いた。「そうか、頼光の。……私の命を狙う侍だな」

「いかにも。これより数日ののち、俺は貴様の命を貰いに行く。心しておけ」

「何のために私を殺す」

「言うまでもない。正義の行使だ。民の牙として、貴様を討つ」

 そうなのだな、と言ってシュタインはまた曖昧に頷いた。「これ以上は聞くまい。侍には侍の道理があるからな。……しかし……」おまえはどうなんだ、とシュタインは金太を指差した。「言わずともわかるだろう。――おまえのその顔。おまえは純粋な、この国の人間ではない。おそらくは私のゆかりの一族のものだ」

 金太はその言葉に少しはっとして、おし黙った。

 自分の中にシュタインの血が流れてることなど金太は知る由もない。シュタインも、また……ああ、ああ。

 金太の中に自分の血が流れてるなんて……ああ、思いもよらなかったんだ。

 でも、金太はゆっくり頷いた。そして言ったんだ。

「何色の血が自分に流れているかは関わりない。おこないは血でなど決まらない。おこないを決めるのは意志だ。そして――意志を貫き通す信念だ」

 シュタインは黙って頷き、かすかに微笑んだ。「それもいいだろう。いつかわかる日が来るはずだ。意志や信念ではどうしようもないことだってある、とな。……だがな、若き侍よ。おまえは異人まれびとだ。彷徨人さまよいびとだ。この私と同じようにな。侍の成りをしようが、この国では招かれざる客なのだ。そうであることはおまえが一番よく知っているだろう」

 異人、と面と向かって言われたもんで、金太の心には波風が立った。波風はすぐにおさまらず、金太の肌を粟立たせた。

 金太の内に生まれたかすかな弱気を見透かしたのか、シュタインは慈しむような悲しい笑みを浮かべたんだ。

 金太にはその時、シュタインが途轍もなく巨大に見えた。決して越えられない壁のように、巨大に。

 それは、まさに――。

 その赤銅色の岩みたいな体中を覆う、大小様々な傷は紛れもなく血みどろの戦いのしるしだ。その傷という傷ぜんぶに、その優しい目に、彼が今ここに存在することの意味と、彼の揺るぎない強い意志と、決して金太が侵すことのできない鋼のような信念が宿ってるように感ぜられたんだ。

 金太は目を逸らしてしまいたくなった。

「……おまえ――なんなんだよ? 一体……何者なんだよ、おまえは?」

 金太がようやく絞り出した問いに、シュタインはゆったりと答えた。

「私はただの商人だよ。ずっと前に、嵐によってここへ流れ着いた。それから十五年以上もこの国を彷徨っている。……土蜘蛛と呼ばれ始めたのが何年前からかは覚えていない。そう呼ばれるのもやむを得ん。人を殺さねば、鬼にならねば生きてゆけなかったのだからな」

「…………」

「私は今も自分の国へ帰ることを諦めていない。いつか必ず船を手に入れて、相棒と一緒に帰るつもりだ。――だがその前に帝を殺す。時間は掛かっているが、何としてもこの手で殺す。絶対に殺す。それが気に喰わないのなら、追ってこい」

「……なぜそうまでして帝を狙う」

「決して許されぬことをしたからだ」

「許されぬこと?」

「おまえが知る必要はない」

「本当におまえがたくさんの人を殺したのか?」

「……殺したさ。だが本当に殺したかどうかなど、侍であるおまえには関係のないことだ。そうだろう?」

 シュタインの後ろでかすかに水の跳ねる音がした。後ろにもう一人、男らしき影が見えた。

「シュタイン、もう行こう。――小僧、貴様も侍なら俺達のことをよく知っているだろうよ。俺達は手ごわいぞ、決して油断するなよ。……今ここで殺してやってもいいんだが」

「俺はこの歳まで山で育ったんだ。おまえらのことなどよく知らん。ただ討つのみだ」

「……山で育っただと?」シュタインが怪訝な顔をした。「おまえ、名は何という?」

「俺の名は――」

 突然、甲高い笑い声が静けさを打ち破った。

 金太がはっとして声に振り返る。岸辺を、数人の子供達が追いかけっこをして走り去っていった。

 慌ててシュタインの方に向き直る。いつの間にか、川面からはもやが立ち上ってた。

 刹那、山際から朝陽が差した。

 強い陽の光によって靄はより白く輝き、金太の目をくらませた。一陣の風が吹き、靄を散らす。二人の男の姿は、もうどこにもなかった。

 辺りからはようやく音が戻ってきた。



 酒呑童子を成敗するために金太達四人が馬で都を出たのは早朝だった。

 金太は駆ける馬に揺られながら、今朝の不思議な出来事について思いを馳せてた。

 気づくと、金太は都の大橋のたもとに座り込んでた。うたた寝をしてたのかと言われれば、そうだったのかもしれない。酒が体に残ってなかったとは言い切れない。あれが夢ではない、とも言い切れない。果たして現実うつつなのか、夢なのか。

 しかし。と金太は思った。

 それすらもう、今の金太にはどっちでもいい話だった。

 試しに、駕籠女に聞いてみた。あれは夢だったのでしょうか? と。

 駕籠女は夢だ、と断じた。そうでしょうかと尋ねる金太に、駕籠女は笑いながら言った。

「――わたしと神と、どっちを信じる気なんだ?」



 夕方近く、四人は尾根に着いた。

 四人は馬を降りて休ませ、自分達も一息ついた。そこからは周囲を広く見渡すことができた。西方向へ見下ろすと、朽ちた小屋がある。その小屋の下方には小川が流れてた。

 金太は、その先に視線を飛ばす。荒地と、遥かに砂丘が見えた。その奥には海があり、さらに向こうで夕陽が燃えてる。

 鮮烈な赤色だった。胸が締めつけられるような。

「……胸が締めつけられるよなあ」

 唐突に綱がそう呟いた。金太は、自分の胸中が見透かされたのかと思い、どきりとした。

「あの夕陽の赤だけは。本当に美しいよ。恐らくこの先、何百年経とうがあれは変わらず燃え続けるんだろうよ。そして一体この先何百年経てば、人の手であの色を作り出せるようになるんだろうな。なあ貞光?」

「それは無理と言うものでしょう。あれは御仏そのもの。人の身でそれをどうこうなど、時を経ても成し得ぬ夢かと」

「ま、そういうことだな。成し得ぬからこそ美しいのよ」

 金太は呆然と海を見てた。

 山育ちの金太は、海を見たのはこれが生まれて初めてだったんだ。

 美しいと思う前に、金太には不思議でならなかった。夕陽は赤いなのに、どうしてか波に反射うつると光は金色に変わってるんだ。

 そこに、ひとつとして同じ金色はない。無数の金色が、それぞれに与えられた刹那の命を煌めかせ、全身を震わせて謳ってる。無限の乱反射を繰り返しながら。とてつもない迅さで。とてつもない広さで。とてつもない大きさで。遠く、遥か彼方まで。

「――でええっっ……けえなあああ~~~あっ‼」

 心底感心した金太の口から、ごく自然に素っ頓狂な声が出た。

 その声があんまり間抜けだったもんだから、綱も駕籠女も、貞光ですらも思わず大声で笑ってしまったんだ。

 笑ってる三人を見て、金太は激しく赤面した。でももう夕陽の赤のせいで、四人全員の顔は同じように真っ赤に染まってた。

 綱が、なおも海を見つめながら言った。

「……金太、俺はな。夕陽に海が染められた時が大好きなんだ。海が金色に光る、この時がな。ここでは誰もが静謐な気持ちになれるからな。――そこでだ」

「……はい」

「おまえの諱名いみなを、この渡辺綱が付けようと思うが。どうか」

 刹那、駕籠女の顔がぱっと明るくなった。

 そりゃそうさ。それは侍であることの証しだからね。

 金太はとうとう、己の力でそれを掴み取った。血と泥と反吐にまみれながら。

 それが正しいことなのか、そうじゃないのか。それは金太にしかわからない。……いや、今の金太にもきっとわからないんだろう。それは金太が生きてゆくなかで、幾度も暗闇を彷徨いながら手探りで見つけてゆく答えなんだろうさ。

 だって、いつだっていっとう大事なことは自分で気づくしかないんだからね。

「……もったいのうございます」

 綱の申し出に金太は頷き、曖昧に微笑んだ。

 どうして微笑んだかって?

 なんと名付けられるか、もう金太にはすっかりわかってたからさ。



「……では金太。いや、坂田金太郎。おまえの名は、今この時から――――」



 -了-



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ラブリンマン 〜真説・坂田金太郎〜 まもるンち @mamorunchi

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