時をへて

 おもてを上げるよう命じられ、それに従うと、綱の前には頼光が坐していました。

 頼光よりみつつなの前にはそれぞれ徳利と酒椀、そして野趣あふれる岩魚の燻製が膳に乗って置かれていました。

「旅の道行きでは、そういった肴で飲んでいたと聞いた」

「お耳が早うございますね。荷を減らすため、酒の肴はその場で調達しておりました」

「堅い話はやめだ。まずは飲もう。務め、ご苦労であった」

「は……」

 各々が徳利から注いだ酒を、まずは二人ともぐっと空けました。

「――大変に美味い酒でございますね」

保昌やすまさ殿も大層気に入っていた。……そういえばあれはずいぶん前、この屋敷で保昌殿と酒を飲んだ時だ。たしか、おぬしの働きを褒めていたな」

「その話は以前も伺いました。もったいなき話でございます。私がいばらの片腕をねた時ですから……もう十五年ほども前になりますか」

 頼光は感嘆の声を上げました。「そうか。その頃よりずっと土蜘蛛つちぐも一派を追い続けておるのだな。早いものだ」

「は、まことに。――此度こたびは土蜘蛛一派の、主たる二名を斬り伏せることに成功致しましてございます」

「ふ。……十五年もかかって茨の片腕と、主たる二名か。何せ彼奴等は神出鬼没。多勢で押しても雲隠れするばかりで意味を成さぬ。おぬしらのような少数精鋭をもって、地道に追い詰めてゆくしかあるまい」

「まことに情けなき所存。言葉もありません」

「して、その者らの名は」

「は。異形の、肌の黒き兄弟の土蜘蛛で、兄の名はくま。弟の名は金乃きんのと申すようです。そして熊が申しておりました。首魁の名は、どうやら酒呑しゅてんと申す模様」

「しゅてん、か。――彼奴らがそう申しておったのか?」

「は。異人まれびとの名はどうにも発しづらく。……私にはそのように聞こえました」

 なるほど、と呟くと頼光は肴を箸で少しつまみ、また酒を口に含みました。

「十五年間で増えては減り、減っては増えを繰り返していた土蜘蛛一派も、つまりいまでは首魁である酒呑と、その側近である片腕の茨。二名が残るのみか」

「左様でございます。討つべきは、まさに今かと」

「そうであるな……しかし、まずは一服だ。疲れていては良き侍働きもできぬ」

 そういってまた二人は酒椀を掲げ持ち、ともに一息に空けました。頼光と綱はともに、深くため息をつきました。「感慨深いか。綱よ」

「いえ。務めであります故」

「そうだな。――昨夜の酒宴はどうだった。楽しんだか?」

「もったいなき場を頂戴致しました。新参も含め、大いに飲み、寛がせて頂きました」

「それは良かった。金太郎、とか申したな」

「土蜘蛛の兄、熊にとどめを刺した者です。心臓を一突きでした」

「……そうか。十五の童にはさぞ大義であったろうな」

「何をおっしゃいますやら。頼光様」綱は改まって頭を垂れました。「それこそが侍の務めでございますれば」


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