第2話 神(見習い)はコロッケを所望する

 一人の神見習いが下界へと落とされた数時間後、日本の管理を担当する神アマテラスは上級神と謁見するため呼び出された選定の間へと急いでいた。選定の間は天界にある大聖堂の一角に設けられた部屋であり、そこでは神や神見習いとなる者が選ばれ神見習いとなった者には教育係となる担当神を、神となった者には管理する土地を割り当てられる場である。


また、上級神の選定もこの場所で行われるようだが、ここ数千年の間上級神の誕生はないようだ。


「上級神様、どういうことでございますか!?」


選定の間の扉が勢いよく開くとアマテラスが凄い剣幕で入って来た。入口の扉に背を向け選定の間の上座に飾られている十二体の像を眺めていた上級神が溜め息を一つ吐き、ゆっくりと選定の間の入口に立っているアマテラスへと振り返る。


「おおアマテラスよ、よくぞまいった」


108番を下界へと追放した時とはうって変わり、上級神は穏やかな顔と口調でアマテラスを迎え入れた。


「『よくぞまいった』ではございません。なぜ私の弟子が転生の罰を受けねばならぬのです!? 私の弟子が何をしたというのですか!!?」


穏やかな上級神とは違いアマテラスには余裕がなかった。それもそのはずで、本来、転生というのは天界からの追放を意味しここでは一番重い罰となっている。そのため、転生は担当する国を滅ぼしてしまうなどの重罪を犯した神にのみ与えられるものなのだ。────そう、『神にのみ』与えられる罰だ。


「108番は【 真名 】すら持たぬ見習いの神、それを追放するなどアナタは一体何を考えておられるのですか!? こんなこと十二神様方が、、、、いや、最高神様が黙っておられませんよ!?」


凄い剣幕で詰め寄り抗議するアマテラス落ち着かせるため上級神はアマテラスの両肩を手で押さえると、「少し落ち着け」と声をかける。


「あのまま彼奴を見習いのままにしておくといずれ取り返しのつかない事をしてしまいそうだったのでな。ワシの独断で108番を研修という形で下界へと送ったのだ。なぁに、心配せずとも彼奴が人間についてちゃんと理解すれば天界に戻してやるつもりだ。それに力を抑えたとはいえ魔法も使える、問題ない」


アマテラスは上級神の言葉に思い当たる節があるのか頭を抱えてしばし俯く。


「・・・・ですが108番はまだ見習い、罰するのであれば108番の担当神である私を罰するべきです」


「アマテラスよ、其方ほどの優秀な神を追放などできるわけがなかろう。其方は天界、そして人間界に多大な貢献をしてきた神だ。ワシは其方を上級神とするよう十二神様方や最高神様へ推挙したこともあったのだぞ?」


「身に余る光栄。ですが私などにそのような大役は分不相応にございます」

「・・・・良くも悪くも、其方は欲が無さすぎる」


二人は互いに沈黙してしまった。


「とにかく、108番についての決定は覆ることはない。後は彼奴しだい。全ての責任はワシがとる!!」

「・・・・かしこまりました」


アマテラスは選定の間を出ると空を見上げ下界へと追放された108番をしばし慮った。


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 一方、大雨が降る下界へと落とされた俺は見知らぬ部屋のベッドの上で目を覚ました。俺が横になっている部屋には小さなテーブルと冷蔵庫のみが置いてあるだけの殺風景な部屋だった。


俺はベッドから立ち上がると見慣れぬ服を着ている事に気づく。これはたしか作務衣という服だ。天界にいた頃、日本に住む人間が着ているのを見たことがあり覚えている。────そもそもここはどこなんだ?



ぎゅるるるるるるぅぅぅ・・・・・


俺の腹が鳴る。たしか人間は定期的に物を口にしないと死んでしまうんだったな。────何とも不便なものだ。


俺は部屋の中を見回し誰もいない事を確認すると部屋に置かれている冷蔵庫を開ける。冷蔵庫からはひんやりとした冷気が出て来るだけで中には何も入っていなかった。


「クソ、一体何なんだよここは!!」


食うのを諦めベッドに腰を下ろすと深呼吸をし、今後の事を考える。思い返してみれば、人間の世界なんてロクに見ていなかった気がする。神の仕事などといって人間の世を見る事に何の意味があるのかと思っていたくらいなのだ。


その結果、俺は右も左もわからない下界へと追放になり今俺は途方に暮れている。こんなことになるのであれば、もっとちゃんと下界を、人間たちの生活を見ておけばよかったと後悔した。


(・・・・それにしてもここはどこなんだ?)


今いる部屋が下界の人間が住んでる小屋であることに間違いはないのだろうが、何故自分がこんなところで寝ているのかわからなかった。ここまでの経緯を振り返ってはみるものの、こんな殺風景な所に来ることとなった原因に全く心当たりがない。


そんなことを考えていると突然、ガチャという音を立てて部屋のドアが開く。


「あ、目が覚めたようだね。体の方は大丈夫かい?」


扉を開けて部屋に入って来たのは小柄な人間の女だった。エプロンをつけ肩まであると思われる真っ黒な髪を後頭部で一つにまとめ、頭には三角巾バンダナを付けたその女が手に持ったお盆にはにぎり飯と見た事がない食べ物が乗っていた。


「何だお前は?」

「何だとはご挨拶だね。大雨の中倒れていたキミを女手一つでここまで運んでくるのには苦労したよ。少しは労ってくれてもバチは当たらないと思うけどな」


そう言うと女は部屋にあるテーブルの上にお盆を置き、コップに茶を淹れるとコップもお盆に乗せベッドに座っている俺の所へと持ってきた。


「お腹減ってるんじゃないのかい? よかったら食べておくれよ」

「俺がそれを食うのか?」

「お腹一杯なら無理に食べる必要はないよ。でもそうでないなら食べておくれ、せっかくのおにぎりとコロッケが無駄になってしまうからね」

「ころっけ?」

「コロッケを知らないのかい? このコロッケはうちの売れ筋商品でね、いつもうちに買い物に来てくれる常連さん達にとても喜んでもらっているんだよ。一個80円からあるうちのコロッケをわざわざ一時間かけて買いに来てくれるお客さんだっているんだから」


よくわからないがこの『ころっけ』というものは下界に住む人間たちにとって良質なエサのようだ。まぁどれほど美味いかわからないが、俺たち神族が普段から摂取している天の霞に比べれば家畜のエサにも劣るような下卑た食べ物であることは間違いないだろう。


そもそも、本来俺たち神族に食事など必要ないのだが上級神のジジイによって人間となってしまった俺は今こうして空腹に苛まれている。このままでは人間となった俺は死んでしまう。────人間のエサなど食いたくはないが背に腹は代えられない。


俺は神族である誇りやその他諸々を投げ捨て人間(家畜)のエサに手を伸ばし目を瞑ると一気に口へと運んだ。


それからムシャムシャと四~五回噛み飲み込む。


「何だこれ!? 美味いな!!」


思わず口から出てしまった言葉を聞いて人間の女は「ふふっ」と笑った。


「何だ人間の女、何が面白いんだ?」

「いや、キミは本当に素直な人なんだなと思っただけさ」

「おい、人間の女! 俺を人間なんかと一緒にするな。俺はこう見えて神(見習い)なんだ。本来であれば人間の女が気安く話かけていい者ではないのだぞ!?」


人間の女は驚いたのか言葉が出ないようだ。それも仕方ないこと、人間風情が神族である俺に馴れ馴れしく口をきくことなど不敬極まりないのだから。この女もそれを理解したのだろう。


だが、俺は寛大な神(見習い)なのだ。人間の女の無礼な振る舞いなどコロッケのおかわりを供物として俺に提供することで水に流してやるつもりだ。


「キミ、倒れた時に頭でも打ったのかい? 近くに良い病院があるから紹介しよう。そこで勤務している乾医師は名医で・・・・」

「ちょっと待て人間の女。お前何を言っているんだ!? 俺は腹は減っていたが頭など打った覚えはないぞ」


人間の女は「じゃあ何か精神的な病気か?」などと、ひとりごちると俺に名前や住所などを聞いてきた。


「名前は108番。住所は天界だ!!」

「108番・・・・ 天界・・・・」

「あぁ、これでわかっただろう? 俺は天界に住む神なんだ!!」


人間の女は「はぁ」と大きな溜め息を吐く。


「・・・・それで、なぜ神様があんなところで雨に打たれながら倒れていたんだい?」

「あぁ、あれはな・・・・」


俺はこれまでの経緯を女に話すことにした。


すべてを話し終わった後、この目の前にいる無礼な女が地べたに額を擦りつけて土下座という最上位の謝罪方法をもって俺に対する不敬を謝罪する姿が容易に想像できたため必死で笑いを堪えながら経緯を話した。


だが、どういうわけか俺の話しが終わると人間の女は俺に土下座して不敬を謝罪することなく哀れみの目を向けて来た。それどころか神である俺に対し「強く生きなければいけないよ」などと励ましの言葉を放ったのだ。────本当に人間という生き物はわけがわからない。


ぎゅるるるるるるぅぅぅ・・・・・


食事をとったはずなのに何故かまた俺の腹の虫が鳴った。


「あはは、アレだけでは男の子にはちょっと足りなかったみたいだね。おかわり持って来るよ」

「あぁ、あのころっけとかいう食べ物も頼む。人間のエサなどと思っていたが、あれは神である俺すらも舌を巻いたぞ!!」

「ふふっ うちの店のコロッケを神様にお褒め頂けて光栄だね。あぁ、それからキミが着ていた服はうちの店の隣にあるコインランドリーで洗濯しているから後で取りに行くといいよ」

(こいんらん・・・・何だって???)


そう言い残し人間の女は部屋から出て行った。


よくわからないが着ていた服はそのコインなんちゃらにあるようだ。俺はこのままこの作務衣というものを着て人間の世界で過ごすことになるのかと思っていたので少し安心した。────人間が着る作務衣というものにはあまり良いイメージがないのだ。


悔しいが、今の俺には百分の一の力しか出せなくなってしまった魔法と着ていた服だけが天界にいた証なのだ。まぁ魔法はともかく、服はこの世界に住む人間が着ているような服だから誰も天界で与えられた服などとは思わないだろうけどな。



「あ、それから・・・・」


突然部屋のドアが開くとさっき俺にころっけを持ってきた女が立っていた。瞬間移動の魔法でも使いコロッケを持ってきたのかと一瞬胸が高鳴ったが、どうやら違うようだ。


「ころっけか?」

「違う違う。キミの名前だけ聞いて自分は名乗っていなかった事に気づいて戻って来たのさ」

「ふん、別に人間の女の名前などどうでもいい」

「それだと私を呼ぶ時に不便だろう?」

「人間の女と呼ぶから問題ない」

「問題大ありだよ。私は雨宮水琴(アマミヤミコト)だ。よろしく頼むよ、108番君。それじゃあね!!」

「・・・・」


神(見習い)に対して『108番君』とは本当に無礼な女だ。いつかあの人間の女、、、、いや、あのアマミヤミコトに天罰の一つでも落としてやりたいがあのコロッケに免じて大目に見てやることにしよう。


天界に帰る時、あのコロッケというものを持ち帰ってみてもいいかもしれない。


その時はアマミヤミコトに大量にコロッケを用意させ、なんならアマミヤミコトを天界に連れ帰り俺の専属巫女としてその生涯を俺のコロッケ作りに専念させるのもいいかもしれない、などと考えながら俺はベッドに横になるとコロッケのおかわりを待ちきれずそのまま眠ってしまった。

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追放された神見習いは人間を知りたい 癸卯紡 @twilightjourney

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