13品目 和栗のパウンドケーキ
「はあ〜…」
下校中、似合わないため息をついた
「どうした?」
「うん、もう栗の食べ納めだわ、と思って……」
「なんで? 年中甘栗売ってるし、正月に栗きんとんも食えるじゃん」
「バカッ! 分かってないよ、大翔!」
詰め寄る望果の剣幕に、大翔は「バ、バカ!?」と身体を避ける。
「生で手に入る和栗だよ! もう旬は終わりなの! 加工してるやつとは別なんだから! だいたいさ…」
「あ、俺こっちな。それじゃ、また後でぇ〜」
ちょうど分かれ道に辿り着いて、大翔はあからさまな笑顔と共に、手を振って曲がって行った。
むう、と望果は唇を尖らせた。
大翔め、後で公園に集合したら、話の続きを聞かせてやるんだからね!
そう思いながら、望果は駆け出す。
今日は水曜日。
公園で遊ぶ日だ。
夕方暗くなるのも早くなってきたけど、まだまだ外気温は高め。
外遊びには問題なしだ。
でもその前に、おやつを食べていかなきゃ!
今日は、保存してある今年最後の栗を使っておやつを作ると、母さんが言っていたのだ。
栗の食べ納めが寂しいと思っていたのも忘れて、望果は最後の栗のお菓子はなんだろうと、ワクワクして玄関の扉を開ける。
ケーキを焼いた時の温かく香ばしい香りが出迎えて、思わず大きな声で言った。
「お母さん、今日のおやつは!?」
望果が台所に入ると、電気ケトルを持った母さんが、呆れ顔でこちらを見ていた。
「もうここまでくると、わざとやってるんじゃないかと思えてきたわ……」
「え? なにが?……あっ! ただいまっ!」
「はいはい、おかえり〜」
なによぅ、わざとじゃないもん。
望果はぷぅと頬を膨らませる。
だって、家中がいい香りなんだもの、つい言っちゃうでしょ!
そう思いつつ、急く気持ちで部屋に荷物を置き、手洗いうがいを済ませる。
その間にも、お芋のようなほんわりと濃く甘い栗の香りに、期待感は増し増しだ。
居間に戻ると、皿の上に長方形のケーキが置かれていた。
やっぱり、栗のパウンドケーキだ!
満面の笑みで座布団に座り、望果は手を合わせた。
「いただきまーっす!」
フォークもなく、お手拭きが置かれてあるということは、手掴みでどうぞという意味だ。
望果は、厚めにスライスされたケーキを一枚小皿に取ると、そのまま口へ持って行って、大きくガブリといく。
「んっふ〜〜」
思わずそんな声が出てしまうそれは、栗をふんだんに使ったベイクドケーキだ。
蒸し栗をペースト状にして、たっぷり混ぜて焼き込んであるので、生地はとてもしっとりとしている。
噛めばほっくりとした甘みを感じ、鼻に濃い栗の香りが抜けていく。
パウンドケーキといえば、バター、卵、砂糖、粉を同量混ぜて作る、バターケーキの代表格。
バターのリッチな風味が堪らなく美味しいケーキだけど、このケーキに、実はバターは入っていない。
母さんはバターをサラダ油に替えて作っているからだ。
「正確に言えばパウンドケーキ風よね」と母さんは笑うけど、見た目は変わらないし、別にいいじゃんと思って、パウンドケーキと呼んでいる。
バターを使わないからケーキ自体はとてもあっさりしているけど、その分、混ぜるものの風味を邪魔しないから、栗の風味がガツンとやってきて、栗好きには堪らないのだ。
続いて噛み締めるのは、刻んで混ぜ込まれた甘露煮の粒だ。
甘みが染み込んだ栗の欠片は、栗の食感もプラスしてくれるので、もう、お口の中はマロンパラダイスだ!
ああ、これぞ秋の味!
この一本のケーキに、一体栗が何粒入っているんだろう。
こんなに贅沢に栗を食べるお菓子って、他にあるかな!?
「望果ったら、鼻息荒いわよ」
笑って言った母さんが、ミルクたっぷりのミルクティーを勧めてくれた。
一口、コクリ。
砂糖なしのミルクティーは、まろやかさと少しの渋みが、口の中に残った栗の風味によく馴染む。
「栗はアッサムと相性が良いのよ」と説明してくれるけど、紅茶の銘柄ってよく分かんないや。
でも、入れてくれたミルクティーとケーキが合うことは分かるよ!
どちらもいい香りで、一緒に口に含んでも仲良しだもん。
お!
よく見れば、色味も似てるよね?
これは大発見かも。
望果は最後の一口をゆっくり味わいながら、この秋に食べた、栗の料理とお菓子を思い返す。
今年我が家にやって来た生栗は2キロ。
焼栗、栗ご飯、栗と鶏の煮物。
甘露煮、モンブラン、栗茶巾にパウンドケーキ……。
たくさん食べたけど、ああ、もっと食べたかったなぁ……。
「ごちそうさま……」
「さぁ、今度はどんな栗のお菓子を作ろうかしら」
「えっ? これで終わりじゃなかったの!?」
母さんの楽し気な声に振り返れば、保存バックに入った冷凍の剥き栗を見せられた。
「食べきれないからって、伯母さんにもらっちゃった〜!」
「やった〜っ! まだ食べられるっ!」
えっと、じゃあ次は何を作ってもらおうかな?
まだまだ我が家の栗おやつは終わらないよ〜!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます