9品目 水ようかん

「あっつー!」


スイミングスクールの送迎バスから降りてすぐ、望果みかの口から出たのはそんな言葉だ。

午後一のレッスンを終えて帰れば、日中の一番暑い時間帯にバスを降りることになるのだ。


後から降りてきた同級生の大翔ヒロトが、顔をしかめた。


「分かってても、つい“暑い”って言っちゃうよなぁ」

「だよね~」


大翔はスイミング習いごとが一緒だ。

夏休み中は、水曜日恒例の公園遊びはないというのに、結局ちょくちょく顔を合わせている。


幼馴染みって、こんなものかも?




「また明日ね」といつもの角で分かれて、望果は出来る限り日陰を走る。

早くクーラーの効いた部屋に入らないと干からびちゃうよ!


家の駐車場が見える場所まで来て、そこに停まっている白い軽トラックに気付き、望果はパッと顔を輝かせた。


この車は、伯母さん家の車だ。

この時期に伯母さんが来てるってことは、もしかして!?



望果は、バーンと玄関の扉を開けて家の中に入った。




「伯母さん、いらっしゃ〜い!」

「望果ちゃん、おかえり〜! 久しぶりね。あれ、また大きくなった!?」

「なった、なった! ぐんぐん伸びてるもんっ」


涼しい居間に飛び込むなり、伯母さんとそんな挨拶を交わす。


「成長期ねぇ! そんな望果ちゃんには、良いもの持って来たんだ〜」


にんまりと笑って言われ、望果は喜んで台所を振り返った。


「お母さん、今日のおやつは!?」




お皿を出しかけたまま止まっていた母さんは、呆れ顔で言う。


「伯母さんの水ようかんだけど……、なんで“いらっしゃい”は言えるのに“ただいま”は言えないの、望果は?」

「え? 言ってなかった?」

「「言ってない!」」


母さんと伯母さんにハモられて、望果はブゥと頬を膨らませつつ「ただいま」を言う。

暑い洗面所で濡れた水着を洗濯機に突っ込んで、手洗いうがいを済ませると、急ぎ足で涼しい居間に戻った。




テーブルの上には、水色のガラス皿に乗せられた、薄墨色の四角い水ようかんが待っていた。

つるりとした表面が光を弾き、澄まし顔で涼やかさを主張している。


「いただきます!」


座布団の上に正座すると同時に手を合わせ、望果は言って素早くフォークを持った。

だってもう、待ち切れない!


ほとんど抵抗なくフォークが入った水ようかんは、そっとすくい上げて口に含めば、サラリとほどけて、舌を柔らかく冷やしてくれる。

こしあんの上品な甘さと共に広がるのは、独特の風味だ。


「ん〜〜っ! これこれ!」


思わずそう唸ってしまうのは、この水ようかんが、寒天でなく天草てんぐさで作られているから。



天草は、寒天の元となる海藻だ。

心太ところてんの材料で、独特の甘みと海藻の風味がある。

伯母さんは海の近くに住んでいて、時々天然の天草が浜に流れ着いたものを収穫するのだ。


これを煮出して水ようかんを作ると、市販の寒天で作ったものとは全くの別物になる。

口の中でほどける感触、喉越し、何よりその風味とコクは、寒天には出せない美味しさだ!

堪らないっ!


望果は、満面の笑みでもう一口。



伯母さんの作る水ようかんは、大きな四角いタッパーにドーンと流し込んで固めている。

それを四角く切って出すと、きっちりと尖った角が薄く光を通し、とてもきれいだ。

小さな容器で作って、スプーンですくって食べる水ようかんもいいが、この澄ましたお顔の水ようかんを、そっとフォークで切り取って食べるのが贅沢に思える。



「相変わらず美味しそうに食べるわねぇ」

「誰に似たのか、とっても食いしん坊なのよ」


母さんが伯母さんにそんなことを言いながら、冷えた麦茶を入れてくれた。


どう考えたって母さんに似たんでしょと思いつつ、望果は麦茶を一口。


寒天で作られた、あっさりした水ようかんなら水出し緑茶の方が合いそうだけど、この水ようかんには香ばしい麦茶がぴったり。

なんなら、渋めに入れた緑茶にだって負けないよ!

……いや、渋いのは苦手だけど。



「おかわりしていい?」

「いっぱい食べな〜。天草も持ってきたから、またお母さんに作ってもらうといいよ」

「やった! ありがとう、伯母さん!」


海藻の風味で夏の海に想いを馳せて、ペロリとおかわりも平らげたら、望果はパチンと両手を合わせた。


「ごちそうさまでした」


暑い日にぴったりのおやつを頂いて、身体に籠もった熱もようやく落ち着いた。



ふぅ~、どんなに暑くても、やっぱりおやつは最高だね!

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