7品目 クレープ

ついこの間まで雨続きだったのに、梅雨入りを意識した途端に傘のいらない毎日だ。


望果みかは手でひさしを作って、雲ひとつない青空を見上げた。  

梅雨に雨が降らないのは困るんだけど、今日は降らなくてラッキーだ。


だって今日は水曜日。

公園で遊ぶ日だ。



「じゃあ後でね!」

「おう! おやつに夢中になって遅れるなよ!」


友達の大翔ヒロトが余計な一言で笑ってから角を曲がる。

望果は口を「いーっ」として見せてから手を振った。




毎週おやつに夢中になっていることは否定しないが、時間にはちゃんと公園に着いてるもんね。

私は、約束はちゃんと守る子なのだよ!


そんなことを考えながら玄関に帰り着けば、ほんのりと漂う香りに、望果は鼻をヒクリと動かした。


オーブンで焼いたケーキやクッキーの香りとは違う。

フライパンで生地に焼き目を付けた時の、こんがりとした温かな香り。

溶けたマーガリン。

少しのバニラ。


お?

今日はもしかしてパンケーキ?


「お母さん、今日のおやつは!?」




台所に飛び込んだ望果を、母さんはビシッと卵焼き器で指した。


「帰って来た時のお約束は!?」

「えっ、あっ! ただいまっ!」

「おかえり。も〜、約束の守れない子は母さん困るわ」


だぁ~、しまった!

約束を守れない子にされてしまう!


「守ります! 次は! 次こそは! それで、卵焼き器それってことは……」

「まったく〜。そう、今日はクレープよ」


呆れたように笑って、母さんは卵焼き器を構え直す。

望果は「やっぱり!」と手を叩いた。




荷物を部屋に置いて、手洗いうがいを終えると、望果は急いで居間へ戻る。


テーブルの上には、大皿に薄茶の巻物のようなものが積まれている。

棒状のそれは、巻きクレープ。

望果はかぶりつく気満々で席につき、両手を合わせた。


「いただきます!」


海苔巻きの細巻きより少し太いそれを、大皿から一本取って両手で持ち、恵方巻きさながらに端から豪快に、がぶり。

齧り応えのあるその中身は、丸ごと一本のバナナだ。


普段のおやつに生クリームを使わない母さんは、クレープだって一味違う。

卵焼き器で長方形に焼かれたクレープに、チョコクリームを塗ってバナナを一本。

それをくるくると巻いたら、巻きクレープの完成だ。



クレープといえば、円形に薄く焼かれた生地を思い浮かべる。

それにたっぷりのクリームやフルーツ、ソースをかけて、円錐状に巻いたおしゃれな姿が一般的。

もちろんリクエストすれば母さんもそういうクレープを作ってくれるけど、そういうものはお祭りなんかの時に、ちょっと特別感を持って食べたい。


家でのおやつは、気兼ねなく手で持ってがぶりとやれる、この巻きクレープがぴったりだと望果は思う。


そんなことを考えながら、大きくもう一口。

指に吸い付くようなしっとりとしたクレープは、チョコクリームとバナナをしっかりと巻き込んでいて、その一体感は半端ない!

食べ応えは言うまでもなく、一本食べると十分な満足感がある。


……いや、もう一本食べたいけどね。



「こっちも、どう?」


母さんが別皿で出してくれたのは、チョコクリームの代わりにあんこを塗ってバナナを巻いたもの。

それを一口大にカットして、ピンク色のピックが刺してあった。


「あんこバージョン!?」

「あんこがちょっとだけ残ってたからね」


ピックを摘んで、ぱくり。

チョコバナナは定番だけど、あんことバナナも合うんだな、これが!



あんこで、なんちゃってな和菓子感も楽しんだところで、母さんが注いでくれた冷たい牛乳を飲む。

牛乳は、あんこ、バナナ、チョコクリームのどれとも相性がいい。

口の中に残る濃い目の甘さも、冷たい牛乳だとごくごく飲めて、サラッと流せてしまうから不思議だ。



「お母さん、今度はハムのやつ作ってよ」

「いいわね〜。じゃあ、土曜日のお昼ご飯は手巻きクレープにしましょ」

「やったー!」


クレープは甘いだけのおやつじゃない。

ハムやチーズ、レタスにポテトサラダ、きんぴらごぼうだって巻き巻きして、食事として食べられちゃうもんね!

好きなものを巻いて食べるのは、楽しくて最高!




望果はパチンと両手を合わせる。


「ごちそうさまでした!」


土曜のランチまで楽しみになって、今日のおやつは120点だね!


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