傍観主人公、竜を倒す。

浅倉 茉白

傍観主人公、竜を倒す。

「勇者って、本当にいるのかな?」


「何バカなこと言ってんの。いるに決まってるじゃない」


 母さんはそう信じて疑わない。でもぼくは疑っている。


「あまりにも平和すぎると思わない?」


「だからそれは、勇者様が竜と戦ってくれてるからでしょ」


「でもその場面、見たことある?」


「ないけど、逆にあったら近くで戦ってるってことで危ないでしょう?」


 確かに、竜と勇者が戦っているところに出くわすのはきっと危ない。


 その時点で戦いに巻き込まれて命を落とすかもしれないし、そもそも勇者はなるべく、ぼくたち民間人が巻き込まれるようなところで戦うのを望まないはず。


「にしても、おかしい。本当は勇者も、竜も、竜にさらわれたお姫様もいないってことなら、これだけ平和なのも説明がつく」


 この言葉に母さんはため息を吐きつつ、呆れた様子で言葉を返す。


「そういうのをね、平和ボケって言うの。竜も勇者もいないなら、いない方がいいかもしれない。でも私たちは、いつ脅威が降りかかるかわからない中を、今も生きてるのよ」


 母さんがぼくをそう諭した瞬間。家の前の通りを、声高こわだかに駆け抜けていく大人がいた。


「大変だ! 勇者がいなくなったらしい! 竜が来るかもしれん、身を隠せ!」


 こんなことは初めてだった。さすがに存在を信じていなかったぼくも怖くなった。母さんも、疑っていたぼくを責めるより先に、恐怖で顔が歪む。そして二人で寄り添い地下に向かう。


 けれど。何も起きなかった。


 やがて、竜もいなくなった。姫もいなくなった。そういう話が出回るようになった。


 実は最初からいなかったのでは? そんな話まで出回るようになった。


 ぼくとしては、考えていたことが当たったようだけど、何か釈然としない。


 本当にこんな急に、流れが変わるなんて。


 もしかしたらまだどこかに、いるんじゃないか。でも、突然身を潜めるとも思えない。だとしたら、違う時代? 違う世界? どこかに消えたのか。



 何もわからないまま、時が過ぎた。


 母は亡くなり、やがてぼくも……。




「ねぇきみ。わたしのファンだよね」


「え? あ、はい」


 地下鉄の通路で、すれ違いざま突然声をかけられた。相手は、冬真とうま たつみ。元アイドルで、ぼくは彼女のことが好きだった。いや、今も。でもいったい、何が起きてる?


「わたしのこと、助けてくれない?」


「助けるって、何がどうなってるんですか?」


「わたし、前世が姫なの。それであなたは、前世が勇者なの。だから助けて」


「えっと……」


 さすがに意味がわからない。これは新手の告白? 冬真ちゃんがぼくに? いやいや。でも意味不明が過ぎる。


「あの、もうちょっと説明してください」


「だからぁ、わたし前世が姫で。あなたは勇者。それでたぶん総理大臣が竜なの。ねぇ、あなたは覚えてないの?」


 うわぁ。説明されるほどよくわからない。でも困ったな、冬真ちゃんをいきなりおかしい人扱いするのは。


 会話できるだけでも嬉しいし……。もうちょっと話を続けてみようかな。


「ごめんなさい、自分の前世が勇者だって記憶はないです」


「そっかぁ。わたしに記憶があるからって、あなたにも記憶があるとは限らないのね。でもわたしは、あなたを探すためにアイドルになったの」


「ぼくを?」


「そう。アイドルだったら、オフラインでもオンラインでも、色んな人と出会えるでしょ? それでやっとあなたを見つけたの」


「はあ」


「はあじゃなくて。あなたは勇者なの。だからわたしを守るために、竜を倒してほしいの」


「倒すって、どうすれば」


「その前に、ちょっと説明するね」



 冬真ちゃんは壁にノートを押しつけ、ペンで描いて教えてくれた。かつて、勇者と竜が戦っていて、竜にさらわれた姫もその場にいたとき。


 勇者が竜を倒すとき、姫も一緒に傷つけてしまった。そして勇者はそのショックで自らの体を傷つけた。


 そうして三者は転生することになり、その世界から消えたと。



「わかった? それでたぶん、今は総理大臣がゆう、じゃなくて、竜なの」


「うん。転生したのはともかく、何で総理大臣が竜ってわかるの?」


「だって、民を苦しめることもできるじゃない」


「えっ?」


「わからないの? まぁ、簡単にわかられるようじゃね。今は人の姿をしているし、竜のように物理的に強いわけじゃないから、一見、正義のフリしないといけない。色々と辻褄が合うの」


「そ、そうかぁ。じゃあこのへんで」


「ちょっと待って! まだ信じてないかもしれないけど、それならこれを受け取って」


 そう言って渡されたのは、連絡先が書かれたメモと、子どものおみやげになりそうな剣のキーホルダー。


「えっと……」


「この剣を握ってね、竜を倒すと念じれば、きっと竜を倒せるから」


「えぇ?」


「そしたら、わたしに連絡して。よろしくね、じゃ!」


 そうして彼女は、どこかへ行ってしまった。



 その日の夜。ぼくは一応、剣を握って竜を倒すと念じてみた。その後、彼女に連絡することが目的だ。


 でも、いったいぼくは何をしているんだろう。


 彼女からは「ありがとう(ハートマークの絵文字)」という連絡が返ってきた。


 悪い気分はしない。まるで夢のよう。だけど、彼女とこんなおかしなやりとりを望んでいたんだっけ。



 ぼくの前世は勇者か。はは。彼女の前世が姫だとしても、ぼくの前世が勇者はないだろう。そもそも、勇者なんているのかな。


 アイドルみたいに人を癒す姫のような存在も、理不尽なパワハラみたいな竜のような存在も、現代にはまだいるかもしれないけど。勇者にあたる存在ってなんだろう。


 良い人が損をするとも言われる時代。時に正義が笑われ、悪が倒されない時代。もしも総理大臣が竜だったら、確かに良くないことも起き得るのか。



 そんなことを考えて眠ったぼくの目を覚ましたニュースはこれだった。



山川やまかわ 勇士ゆうし総理大臣、行方不明」



 ぼくは、すぐさま冬真ちゃんに連絡した。けど、何も返ってこない。


 本当にいったい、何が起きている? ぼくが念じただけで、総理大臣を倒した? 竜を倒した? じゃあぼくは本当に、勇者なのか?



 いや。勇者に、こんなことができるだろうか。何かおかしい。


 仮にぼくに、念じただけで人を倒せる力があったとする。だとしたら、それは悪い人かもしれない。冬真ちゃんが言ってた世界設定からすると、竜? でもぼくが竜だとしたら、冬真ちゃんがぼくに竜を倒せと言う意味がわからない。勇者と竜を勘違い?



 だったらやっぱり、ぼくのほうが竜で……。待てよ。昨夜ぼくは、竜を倒すと念じただけじゃなく、勇者なんかいないんじゃないかって思った。姫や竜はいても、勇者はって。そしたら。


 もしかして、総理を倒すようけしかけた冬真ちゃんこそ竜で、あの総理大臣は勇者だった?


 なら、ぼくは何者? 姫はどこ?


 わからない。けどもしも、冬真ちゃんの言った通り、勇者や竜、姫には前世の記憶があるのだとしたら。


 ぼくに前世の記憶はない。ということはぼくは、勇者や竜、姫ではない。


「勇者が竜を倒すとき、姫も一緒に傷つけちゃって……」


 冬真ちゃんの話した、あの話は本当だとすれば。


 姫と竜は、同時に息絶えた? まさか一緒の体に転生した!?



 ぼくの想像が、次から次に浮かぶ。このままじゃダメだ、世界は。冬真ちゃんがどんな手を使うかわからないけど、きっと竜の姿を表して、この世界で悪さをするに違いない。


 いや、竜が悪とは限らないかもしれないけど。でも、こんな騙されたようなやり方は。


 それに、冬真ちゃんの中にもう一つあるはずの、姫は助けたいと思ってしまう。なのに勇者はもう、ぼくが倒してしまった。


 もう、傍観者ではいられない。このお話に、関わりを持ってしまった。


 それなら。三者の存在を認識した今、竜なんかいないと念じることはできないけど。


 かつて前世では、ただの民間人だったはずのぼくを信じたい。




 目を覚ました。まるでこれまでのこと全部が、夢のようだった。起きて、母さんに問う。


「勇者って、本当にいるのかな?」


「何バカなこと言ってんの。いるに決まってるじゃない」


 良かった。勇者はまだいる。姫もいる。竜もいる。ぼくらが信じればそこにいる。ここは、ファンタジーのある世界。


 ぼくは、竜を倒しに行く。


 竜を倒すのは、勇者じゃなくてもいいじゃない。




「ねぇきみ。わたしのファンだよね」


「え? あ、はい!」


「あのときはありがとう。それじゃあね」

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傍観主人公、竜を倒す。 浅倉 茉白 @asakura_mashiro

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