幕間 ゴーレム職人の朝は早い

ダグラス・フォン・アジュール。

橄欖礼院の魔術教師である彼は、とても早起きである。夜が明けていない頃に目を覚まして、朝ご飯の準備をする。

名門貴族出身の彼であるが、一部の生徒同様に教員用の社宅を使っている。

その為、貴族の嫡男であってもメイドや給仕係も雇わずに一人で生活をしている、いわば"変人貴族"である。


『本日の朝食』

フライドエッグにベーコン、黒麦のパンにスライスしたバター、塩と胡椒をふってかぶり付く。


自分で用意するのは最初は面倒であったが、すぐに慣れた。今では市街に買い物をしにいくのが楽しみなくらいには食事を大事に思っている。

まぁ、独り身なことを除いては、概ね幸せだろう。

家を出る支度をした頃には、空は白みを帯びてきた。

澄んだ空気と閑静な雰囲気に、まるで知らない街にいるような錯覚に陥る。


夜が明けた頃に差し込む光から、空を青色へと導いているような、この瞬間が好きだ。

なんて、柄でもない感傷に浸ってしまった。

それも今年はじめの実技試験が始まるからだろうか、なんと一年月日が過ぎるのは早いことか。


学院に到着するが、もちろん人っこ一人いない。いつも多くの生徒で賑わう校舎は、不気味なくらい静かだ。

いつもはこれほど早く来ることはないのだが、明日に迫った魔術試験用の【土塊造兵アイアンゴーレム】を制作しなければならない。

試験生の人数はおよそ100名だが、必要なゴーレムは10体、予備の魔力核を10個。核に施された再生の魔術式によって、壊れたゴーレムの肉体は自動的に再構築される。核を破壊しても、一定の時間があれば再生することができるので、この人数であれば予備を合わせて事足りるだろう。


「さて」


やってきたのは、学院で最も大きな工房室。今日はここでゴーレムを製造していく。

全ての作業が終わるまで約半日、この部屋に篭りっきりになる予定なので、しっかりと準備を整えておく。魔力総量は潤沢だが、午後からの試験打ち合わせもある為、念の為に回復薬ポーションを終わり際に飲もう。

工房の中に様々な鉱石が積まれている。それを配分を均等にするように集め、一つの山にしていく。魔力核を添えて、構築魔術を発動する。

すると、核を中心に肉体が形成されていき、大きな巨人の姿になった。

この工程から、さらに外装を固めると自律式魔術・土塊造兵になる。


一つ一つ作っていきながら、試験について考える。近年、聖炬火騎士団の動きが活発化しており、橄欖礼院をはじめ修道教学院や、衛士部隊などにも声掛けをして、若く才能ある兵士を入隊させようと取り組んでいるようだ。

2年生は課外授業を含めた実戦科目が少ない為、そういった兵士としての適性が測れるのが実技試験とも言える。


授業過程で見て、一番優秀なのはオランジェ君だろう。やはり、あらゆる魔術の適正があるという天賦の才能は他の生徒が決して待ち合わせないものだ。学院で普段の様子も極めて真面目で思慮深いが、些か謙虚な部分というより我を抑えているような印象を持つ。同じ名門貴族として若い頃に感じるその重圧は重いと共感してしまう。

ベルナール君のように肩で風を切りながら過ごせとは言わないが、もう少し堂々としてもいいと思う。

彼は彼で主張が激しい、この学院ではありがちな話だが、あまり続くようではこの先苦労するだろう。成績は悪くはないが、いまいち伸び悩んでいるようだった。

伸び代といえば、やはりレナード君はオランジェ君とと違った方向で抜きん出ている。剣術についてはあまり詳しくないが、やはりセーブルの名を持つ彼も優秀のようだ。魔術については学生には小難しい無属性系統を習得するほどの地頭の良さが出ている。若干偏った傾向は彼の性分なのか、些か不安な所もあるが。


(…不安か)


2年生の中で不安の種といえば、彼だろう。

セロシア、教会孤児院の出身という自分の知る限り学院はじめての生徒。

かの有名な"元聖火騎士・アレキサンドラ"がわざわざ推薦して寄越した人物という、これも異例だ。

確かに引退した聖火騎士がその余生で人材育成している例は無くはないだろうが、まだ年端も行かない子供を推薦するほどの理由が分からない。

生活態度や授業成績も申し分ない、ただ魔術に関しては適正値が低いため、苦労している。

何より学院で彼がやっていくのは酷な話だ。聖国は差別意識の高い国である。

教会の恩恵が得られない街などは廃れる一方で、その中でも国境の周辺"外縁部"は見放された土地で貧困層が住んでおり、日夜犯罪が絶え間なく、餓死者も多いと聞く。

隣国の通商共和国や敵対国"獣政府ティリヤン"の魔族や獣徴種は当たり前のように生活するが、聖国では魔族は魔物と混同され、獣徴種は特別な理由がない限りは捕縛され、隔離される。

そんな意識が生まれた頃から根付いてしまう聖国の人間、その上流階級が占める学院ではさぞ辛いことが多いだろうが、救おうとは思わない。

自分が彼ならば、その事も承知で入学したはずだ。だから、これは自分の力で越えるべき事だと思うし、必要な試練は与えるべきだ。



「さて、これで終わりっと」


最後の土塊造兵が組み上がる。

時間にして半日、耳を澄ますと遠くから生徒の声が聞こえてくる。予定した時間より早く余裕ができた、回復薬を飲んで一息をつく。


学院の教師になってから随分経ったが、自分が誰かに物を教えるとは考えもつかなかった。人との関わりを嫌って魔術ばかりに傾倒していた自分に、ラーデン先生が声をかけてくれなかったら、こんな人を慮ることも出来ないろくでもない貴族になっていただろう。


その恩を返す為にも、学院の生活がどうあれ、彼らに公平に平等に学ぶことや権利に差をつけてはいけない。

知識は人を裏切らない、自分達の未来を開く為に彼らにその機会を与えるのが教師の勤めであり、私の矜持なのだ。

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