眠りにつくまで

惣山沙樹

眠りにつくまで

 ここであたしは人生を終える。

 メディカルホームという名前のついた老人ホーム。担当になったアンドロイドが、伊吹に似た金髪碧眼の女性型だというのは、運命が最後に用意していたささやかなオマケだろうか。


「藤乃さん、完食されたんですね!」


 クララと名付けられ、他の利用者からも親しまれているそのアンドロイドはふんわりと笑った。あたしは言った。


「カボチャのスープが美味しかった。食べやすかったよ」

「それはよかったです。今日はお散歩に行かれますか?」

「うん……そうだね」


 歩行の機能は確実に衰えつつある。抗えない。それでも足が動くうちは、クララとの散歩を望んでいた。

 クララは食器の乗ったトレイをさげてくれた。あたしは自力で着替え、日焼け止めを塗った。


「見てください藤乃さん。ツツジですよ」


 クララが指差す方向には、ピンクや白のツツジが咲いていた。


「ふふっ……綺麗だね」

「藤の花も咲く季節なんですよね」

「ああ、覚えていてくれたの」

「藤乃さんと沢山お話したくて」


 あたしが働いていた時よりもずっと、アンドロイドは進化した。会話のバリエーションは増え、感情表現も豊かになった。まあ、アンドロイドに感情はない。あるように見えるだけだ。


「藤乃さん、あそこのベンチで休憩しましょう」


 ここのメディカルホームの公園は大きい。他にも介護用アンドロイドと共に散策を楽しむ利用者が見えた。


「クララ、どこまで話したっけ?」

「伊吹さんと新しい部屋に引っ越した、というところまで」

「そう。部屋の隅で充電させてもよかったんだけどね。毎晩添い寝するようになったよ」


 伊吹との関係は何だったのか。あたしはそれに名前をつけないことにした。そうすれば陳腐なものに成り下がってしまうかもしれないから。


「それからは……とにかく働いた。手持ちのお金が尽きそうになってたし、タバコがやめられなかったからね」

「私、タバコは見たことないです」

「クララはここの生活しか知らないものね」


 どういう返答をしてくるのか気になって、こんなことを聞いてみた。


「クララは、外に出たいと思う?」

「いいえ。私はここで利用者さんと過ごすことが生きがいですから」


 生きがい、か。そんな単語を話すようにプログラムされていたのか、誰かが学習させたのか。どちらにせよ、生き物ではないアンドロイドからそんな言葉が飛び出すなんて、残酷な気がする。


「そろそろ戻りましょう。藤乃さん、立てますか?」

「手を取って……」

「はい」


 クララの手はなめらかで柔らかい。私はそれを支えに立ち上がった。


「藤乃さん、昼食までベッドでお休みになって下さい。お疲れのようですから」


 自室に戻り、またクララの手を借りてベッドに入り、ブランケットをかけてもらった。


「ありがとう、クララ」

「はい。また何かあればコールして下さいね!」


 あたしは目を閉じて、伊吹の顔を思い浮かべた。最後に見たあの笑顔を。そうしていれば、幸せな眠りにつけるのだ。

 開け放たれた窓から、ゆるやかな風が吹いてきていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

眠りにつくまで 惣山沙樹 @saki-souyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る