羽ばたくための丁寧な準備

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　帰巣本能、と大人たちは言っている。僕が一番嫌いな言葉だ。だから僕は鳩をいじめる。

　こっそり、一羽ずつ丁寧にいじめる。飛べなくならない程度に羽の一部を折ったり、くちばしに小石を突っ込んだり、足の爪を数本もいだり、餌の中に苦い薬草を混ぜたりしている。

　鳩は丸い目で僕を見る。僕はとても嫌な人間だ。

　レース三日前、鳩たちは籠に入れられたまま父の車に乗せられ、山を三つ越える。そこから放たれて、元の鳩舎に戻ってきた鳩の数を競うというレースだ。

　父は鳩舎に詰め込めるだけの鳩を詰め込んで飼育し、鳩たちの水にこっそり増強剤を混ぜ、飛行距離を人為的に伸ばしている。レースで他の鳩師に勝ち、賞金を得るために頑張っている。

　でも僕は知っている。帰巣本能は、安全な住処に戻ることによって、生存率を上げるための生物としての戦略だ。だからあの鳩たちは、羽を折られたり小石を飲まされたり爪をもがれたり苦い餌を食わされる狭苦しい場所になんか帰りたいと思っていない。開放された鳩たちは、想定された飛行ルートなんか飛ばず、広く羽ばたける場所に行って新しい住処を作るだろう。

　鳩たちは僕が嫌いだろうが、僕は鳩たちが大好きだ。

　父が帰ってくる前に、僕も家を出る。