第3話 園児にとって過酷なクリスマス

 クリスマスシーズンが近くなると、町は綺麗なイルミネーションが輝き、恋人たちは寄り添いながら自撮り撮影しているシーンをよく見かけます。

これは、都会のクリスマス。

わたしの田舎は夜になると、真っ暗で誰も歩きません。

たまに、歩行者に会うと、「お、人だ」と驚いてしまうほどです。


 そんな田舎の小さなカトリック幼稚園は、神父様がドイツから来た方で、所属も厳律シトー会という、保守的で厳しい修道会の神父様でした。

そのせいか、幼稚園のクリスマス会だというのに、開催は夜暗くなってからでした。

何時からだったのかは覚えていません。

とにかく、雪がしんしんと降り積もる底冷えがするような寒い夜に、園児も保護者も幼稚園に集まってクリスマス会を開くのでした。

今考えると、園児なのにありえないですよね。


 クリスマス会は、園児によるお遊戯や歌が披露されます。そして、最後のクライマックスが聖劇です。

聖劇とは、イエスさまがご生誕された出来事を劇で表現したものです。

聖書に書かれている通りの人物が、キャストになるわけです。

登場人物は、聖母マリア、ヨゼフ、東方からきた博士たち、羊飼い、天使たちです。

お生まれになったイエスさまは人形を使います。

聖劇は、最初から最後まで聖歌と踊りで表現されます。


まずは冒頭、聖書通りに、大天使ガブリエルがマリアにお告げをするシーンから始まります。


聖母マリアに抜擢されるのは、特別可愛い子ではなく、町のお金持ちのお嬢様でした。


(時代劇か朝ドラかよ!)


町の権力者に、先生たちも弱かったのでしょうね。

そのマリア役のお嬢様は、わたしの近所の子で仲が良かったのでよく覚えています。

きっと、親御さんはお嬢様のために張り切っていたのでしょうね。

何故か、マリアさまは着物をお召しになられていました。

おそらく自前でしょう。

赤と白の綺麗な着物を着て、ベールをかぶったマリアさまでした。

聖画と違うマリアさまに、とても違和感があったのを覚えています。


東方の博士は、背の高い男の子たちが選ばれました。

こっちは町の権力者であるとか関係なく、床屋の息子とか、ごく普通の背の高い男の子三人組でした。


わたしは、天使の役でした。

大天使ではありません。ただの天使です。要するにその他大勢のエキストラです。

天使たちはセリフや踊りがありません。

それじゃ、楽でよかったねと思ったでしょう。

とんでもない! 天使は聖劇のオープニングからラストまでずっと立っているのです。

ただ立っているだけではありません。

両腕をピンと伸ばして、横に広げた状態をキープし続けなければならないのです。

子どもですから、疲れて来ると腕はさがったり、ぶらぶらさせたりしますよね。

練習中に、少しでも腕が下がると先生に怒られました。


「ほら、そこ! 天使は腕をピンとさせて!」


まるで修行です。




 さて、いよいよ本番の日です。クリスマスイヴがやってきました。

寒い夜にわたしは、修行に出るような覚悟でステージにあがりました。

着物で踊るマリアさまを眺めながら、


(いいなぁ、動けて)


と、想いながら天使役を演じていました。(そもそも立っているだけで演じていると言えるのか)

マリアさま役は、綺麗な着物を着て羨ましいとかじゃないんです。

動けることが羨ましかったのです。



 すると、わたしが立っている台の横から、チョロチョロと水が流れて来ました。


(げ! これは、もしや……)


真冬の寒い夜です。きっと体が冷えて、トイレに行きたくなった子がいたのでしょう。

可哀そうに、動いてはダメと指導されていた天使役のその子は、おもらしをしてしまったのです。

しかも、その子は背が高い女の子で天使の列の一番高い台に立っていました。

水は高いところから低いところへ流れるモノ。

天使たちは皆、誰かがおもらししたと気が付きました。

でも、動いたら怒られます。

徐々に迫りくる水から逃れることもできず、天使たちは自分の足も白い衣装も、黄色く染まっていくのをただ見ているしかありませんでした。

幕が下りるまで。


 幕が下りた直後のことは、よく覚えていません。

そのあと、クリスマス会よりも過酷なことが信者には待っていたからです。


先ほど説明したとおり、厳しい修道会のドイツ人の神父様でしたから、クリスマス・ミサは

伝統的なミサが行われました。


雪国の深夜0時に、教会に集まりミサに与かるのです。

園児が眠くならないわけがない。

過酷な聖劇で、とんだハプニングに見舞われながらも、真夜中のミサに参加した園児のわたしって偉かったよなー。

今はそんな根性はもうありません。


 皆さんが知っている聖歌の“きよしこのよる” は、

賛美歌109番“しずけきまよなか”というタイトルと歌詞でした。

ミサは本当に、マジで、『静けき真夜中』でした。




皆様の上に、神のご加護があらんことを。

メリー・クリスマス!

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小さなカトリック幼稚園で 白神ブナ💫 @nekomannma07

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