アメリカ⑥

 買い出しに行く手間が省けたのは良かった。二人が帰ってきたのは午後の三時をまわった頃、ちょうど夕飯の献立を考えていたところだったのだ。私が仕事をしない二人に夕飯の買い出しをお願いすると途端に渋い顔をされた。さっきまで出かけていたのだからさほど変わらないように思えるのだが、既に二人は家でくつろぐモードに移行していたらしい。


「余ったお金は好きなものに使っていいから」


「余ったお金て、駄菓子買うんじゃあるまいし・・・・・・」


 2ndは大きなあくびをして脱ぎ散らかした衣服をつまみ上げる。オレンジと私はその光景を見ていると、途端にこちらへ向き直り言った。


「これをもう一度着て行けと?」


 外は今朝降った雨と熱で水蒸気が舞い上り、蒸し暑い空間を生み出していた。外出は避けられるなら避けたい。


「悠に行かせろよ。育ち盛りだろ」


「こんな治安悪いところ子供一人で行かせる気?鬼畜にも程があるんだけど」


「でもさっき見かけたぜ、ガキが一人で歩いてるの」


 二人の口論は数十分に及んだ。このまま決着がつかないのなら私が代わりに行こうかと重い腰を上げかけた時、足をバタつかせてその光景を眺めていた悠が先に立ち上がった。


「私が行くよ」


 2ndはケタケタと笑った。何が面白いのか一瞬分からなかったが、悠の口元にはさっきまで飲んでいたココアで口が汚れていたのがおかしかったらしい。


 部屋に戻って行った悠は数分経って外出用の服に着替えてきた。そして私の目の前に立ってきて右手を差し出す。


「メモ、ちょうだい」


「ああ、うん。じゃあこれ・・・・・・」


「じゃあ、行ってくる」


 颯爽と外に出て行った悠に呆気を取られた二人はお互い顔を見合わせた。



 買い出しを終えた悠がペロペロキャンディーを手に帰ってきたのはそれから一時間半後のことだった。


 既に二人はくつろぐモード満喫中であり、私は買い出しを頼んであるもの以外の食材で別で一品できないかと模索していた。物価が高騰しすぎており、これも貧富の差を広げる原因になっているのかもしれない。支給されたお金は日に日に目減りしてしまっている。私たちは特段大きな買い物をすることもないし、普通に暮らしていれば十分足りるだろうと思っていたが、果たして来週まで足りるのか・・・・・・。


「おかえり、悠」


「ただいま」


 寝転がっているオレンジを一瞥して悠は私の前に頼んでおいた物を差し出した。


「ありがとう」


「うん」


 悠は音も立てず部屋に戻っていく。オレンジは「徳を積んでるんだよあれは」と小言を言っていたが、私は悠がやけに嬉しそうな顔をチラつかせていたのが少し気がかりだった。


「徳を積んでいればどうなる」


「極楽浄土に行ける。輪廻転生の輪から逃れられるとか、なんとか」


「どこの国の風習だそれは」


「私が住んでた時代ではあったんだよ」


「なら今は誰も徳を積んでないから地獄を味わってるわけだ。そりゃ傑作だ」


「はは、アメリカっぽい」


 トマトを切りながら、私の頭の中は全く違うことを考えていた。

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Into the Unknown 詩佳 @utaka_note

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