最終回 これからもずっと

涙は、笑輝に、自分の母親に愛那を会わせたいと話した。

もちろん笑輝は反対しなかった。

どんな母親だろうと、涙の母親に変わりはなく、愛那の祖母に変わりは無いからだ。


出産から1ケ月がたち、涙は健診の後、深から聞いた母親のアパートを訪れた。


――嫌な顔されたらどうしよう。


少しの不安もあったが、涙は車を止め、チャイルドシートから愛那をおろし、アパートの二階にあがった。


チャイムを鳴らすと、しばらくしてドアが開いた。


「いらっしゃい。入って。」


母親は表情を変えずに涙を迎えた。


6畳二間にダイニングキッチンの小さなアパートだ。


「赤ちゃん産まれたんだってね。深君から聞いたわ。」


母親はお茶を出すと、引き出しから祝儀袋を出した。


「これ、少しだけど。」

「お母さん、あたしは別にお祝いを貰いたくて来たわけじゃないわ。」

「わかってる。これは、あたしからの気持ちだから。受け取って。」


涙は、ゆっくりと立ち上がると、愛那を母親に渡した。


「抱かせてくれるの?」

「もちろん。」


母親は、ゆっくりと愛那を抱いた。


「あーうー。」


愛那は、母親に話しかけるように声を出す。


「うん。うん。そうなの?」


硬かった母親の表情は優しくなり、愛那の声に合わせて話しかける。


「可愛いわねぇ。」


母親は優しい顔で涙に話しかける。


「涙、ごめんね。今更だけど・・・だめな母親で。」


母親は呟いた。


「お母さん・・・」

「涙を妊娠した時、相手の男とは、もう別れた後で、自分1人でどうしていいか、わからなかった。あたしには母親もいなかったし、1人で悩んでる間にもう堕ろせなくなって、1人でアパートで産んだの。

なんともいえない痛みと恐怖だったわ。

産まれた血だらけのあなたを見て、このまま一緒に死のうと思った。

でも、できなかった。

産まれたばかりのあなたが、大きな声で泣いたの。生きたい、死にたくないって・・・・。

あたしは、必死に這って、あなたを抱きしめた。

大きな綺麗な曇りの無い瞳のあなたを見た時、あたしは泣いたわ。あたしは死んでもいい、誰かこの子を助けてって。」


それは、初めて聞く出生の秘密だった。


「あたしは救急車を呼んで病院に運ばれた。

幸い、あたしも、あなたも命に別状はなく、あたしは、あなたを育てる事を決めたわ。

名前を決めるとき、迷わず涙にした。

あなたが産まれた時、大きな声で泣いてくれた事、あなたを助けたいと泣きながら必死になった気持ちを忘れないため。

それと、嬉しい時、悲しい時、辛い時、笑った時に涙が出るように、自分の感情に素直に生きてほしいと思って、涙ってつけた。」


――え?


涙は、初めて笑輝と居酒屋で飲んだ時の話を思い出した。


――自分の感情に、まっすぐに生きてほしいって意味で、涙ってつけたんだと思うって・・・笑輝が・・・。


「ホントにそうだったんだ。」

「ごめんね。バカで学のない母親だから、まともな仕事に就けなくて、水商売しかできなかった。誰かにすがりたくて、そこで知り合った男にすがって、でも、あたしなりに一生懸命だったから、正論を言ってくる人に腹が立って、その人達に助けてもらってたのにも関わらず、距離を置いたりもして・・・・」


母親はなみだを拭いながら愛那を見つめる。


「あなたと偶然再会した時、最低だけど嫉妬心で、ひどい事をしちゃったわ。

あたしは男に媚びてすがって生きてきたのに、あなたは病院長の息子と付き合って、きちんとした場所で働いてる。それがなんか・・・悔しくて・・・。

なのに・・・こんな可愛い孫を抱かせてもらえるなんて。涙、ありがとう。そして、笑輝君と出会えて良かったね。

あたしが言うのもなんだけど・・・

あんなに素敵な子は、他にいないわよ。

あたしはいい加減だったから、こんなふうになっちゃったけど、きっと、あなたは一生懸命、仕事を頑張ってきたから、神様が、ご褒美をくれたのね。」


涙は首を横に振った。


「あたしが小さい時、お母さん、毎日働いてくれた。帰ってくると、疲れ果てた顔してるのに、休まないで、毎日働いてくれてたじゃない。あたしを育てる為に。

あたしの事、可愛いと思ってくれてるんでしょ。必死に助けようとしてくれたんでしょ。

ありがとう。お母さん。ありがとう。」


母親は、涙を愛おしく見つめる。


「可愛い子、あたしの涙。」


涙も溢れるなみだをこらえる事ができなかった。


時間が過ぎ、涙は帰る時間になった。


「あたし、しばらくしたら、フランスに戻るけど、日本にいる間は、何回も来ていいかな。愛那と一緒に。」

「ありがとう。そんな嬉しい事は無いわ。」


母親は、愛那の顔を見る。


「ばいばい。愛ちゃん、また来てね。」


母親は涙と愛那を姿が見えなくなるまで見送った。


◇◇◇◇◇◇


それから1年がたち、涙と愛那はフランスに戻る事になった。


「愛ちゃん、いつでも帰っておいでね。ばあばは待ってるからね。」


笑輝の母親は、泣きながら別れを惜しんだ。


「涙さんも、子育て無理しないでね。笑輝を上手く使うんだよ。」


笑愛も笑顔で見送った。


フランスに到着すると、空港で笑輝が待っていた。


「ただいま。」


涙は笑顔で言う。


「おかえり。」


笑輝は笑顔で2人を抱きしめた。


ずっと、幸せでいよう。ずっと・・・


Fin




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カシスオレンジ 本間和国 @kunuakitubu

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