勘違いも甚だしぃ 4/4


 宙に浮く差し伸べた手を霞を掴むように虚しく握る。

 ルイに振られた傷心も癒えぬままにお仕置き半分、腹いせ半分、大部分は八つ当たりと言い換えられる『家事の続き』と云う名目のオペレーションを発動させた。

 きっと今の私は少しだけ悪い顔になってるだろうと自覚しながら、手早く掃除機のセッティング済ませ憂さ晴らしをしてやるとほくそ笑む。


 頭の中では映画やアニメの様に、何か動作する度に『ジャキーン』とか『バーンッ』とか効果音が鳴っている。

 もしこれが超短期的な一過性の事では無いなら『左手が疼く』などとのたまってしまう恥ずかしい病を罹患したと自己嫌悪に陥る事だろう。

 この病を患うほど若くも無いし、全能感なんてものはうの昔に消え失せてる社会人だから『ないない』と自己弁護し、理性を確り保った上で『遊びの演出』として楽しんでしまおうじゃないか。

 理不尽なにゃんこの仕打ちに報復するまで。


 そして掃除機ウェポンを手に部屋へ戻るとACコードを引き出す。

 リールがカチカチとクリック音を鳴らしながら、伸びるコードのプラグを持って壁のコンセントに差し込んだ。

 チラリと横目でルイに視線を送り『ニヤッ』と口の片端を吊り上げると、穏やかに『戦闘開始だLet's party』と呟く。

 


 にゃんにゃの?

 想定してなかったご主人のリアクションに戸惑ってしまうわ。

 急速にあたちへの興味を失ったかのように、あっさりと諦めてしまうなんて……


 所詮あたちとは遊びだったのね。

 ふんっ! あたちだって本気じゃ無かったわよ。勘違いさせて御免遊ばせっ。


 爪切りやお風呂は杞憂だったみたいでホッとしたけど、まだ安心してお昼寝の続きをするには時期尚早ね。

 今の距離だと一足飛びにあたちを捕まえるのは不可能だけど、警戒を解いてしまったら忍び寄って来られて捕まっちゃうかも知れないじゃない。

 もう少しこの状況の推移を観察してから慎重に見極めるのが重要よ。


 あらっ。にゃんだ。すぐに戻って来たじゃない。

 あたちの魅力に絆されて、やっぱり恋しくなったなんて可愛い所も在るのね。

 でも簡単に元鞘になんて戻ってあげにゃいんだからっ。

 もう許してあげるけど、建前上のあたちは『ツン』なんだから、体裁を取り繕うくらいの誠意は見せてくれないと駄目よ?


 あれって何?

 ご主人は何か持ってるわね。

 まさかっ!

 にゃんて事するつもりなのよっ!

 この鬼畜ぅ! 悪魔っ! 極悪非道のならず者っ!

 そんな酷い事はしにゃいでぇ。

 お願いだからぁ。

 嫌ぁぁぁ……



 手元でボタンを操作する。

 スイッチオンッ!

 モーター音は唸りを上げ、何かも呑み込んでしまう様なバキューム音を立てる掃除機ウェポンを手に、少し離れた場所から徐々に包囲網を狭めてルイに迫って行く。


 どうだ、思い知ったか。

 これが主の威厳と云うものなのだ。


 『畏怖と敬愛を以って我に屈すれば、慈悲を与え賜い安寧を約束しよう』


 あれ? 凄く不自然な言い回しが吐いて出たけど……

 この耳馴染みのない台詞は、アニメか何かの曖昧なイメージの産物なのだろうか?

 きっと文法や単語の使い方、その他諸々と間違ってる事だろう。

 まぁ、遊びの演出みたいなモンだし、誰かが聞いてる訳じゃないから無駄に添削するのは如何にもあの病気っぽいから流してしまうとしよう。

 それよりも更に包囲を狭めてチェックメイトの一手を打つ事にする。

 ルイよ。もう逃げ場は無いぞ。

 さあ、どうする?



 やめてぇ。

 怖いからぁ。

 こっち来ないでぇ。

 謝るからぁ……ごめんにゃしゃい。

 あっ……噛んだ……


 脱兎の如く壁際まで退避したけど、すぐに犯した過ちに気付いてしまったの。

 電光石火の攻勢にパニクったのが敗因ね。

 どうやっても退路が見つからない隅っこに追い遣られて、逃げ場の無い袋小路みたくなってるからどうする事も出来ないわっ……

 この状況を打破するには背水の陣と定義した上で、覚悟を決めて反撃に転じ一矢報いる他にない。

 でもその前に打てる手は全部打ってみる価値は在るわね……

 それでご主人の気が変わってくれれば、玉砕を覚悟しなくても済むのだから試す理由としては充分よ。

 だって、このお腹に響く重低音は凄く怖いものっ。


 そうだわっ! 先ずは威嚇よっ!

 少しでも身体を大きく見せる為に尻尾と毛を逆立てて、全身の気力を一点に集中させるイメージで貫くようにご主人に向かって放ってやるぅ!

 かかって来やがれぇぇぇ!

 シャァァァアアアッ!!



 ほほう、威嚇とはな。

 怯えた様子から一転して覚悟を決め、遂に反攻に出る気配だな。

 ふむ、良い覚悟だ。にゃんこながら天晴れと云うもの。

 しかしそんな事で怯むと思ってるのかっ。甘いわっ。


 ほれほれぇ。あと半歩で陥落だぞ?

 この一触即発の状況は文字通り窮鼠猫を噛む……いや……

 これはきっと、窮主を噛むだな。

 いつも捕食の頂点に君臨出来ると思うなよ。

 恐らくはルイに残ってる手段など、もう肉球ぱんちだけだ。

 ふふふ。かかって来なさい。



 ダメだったわ……

 威嚇くらいじゃビクともしない鉄壁の陣の攻勢はなんなのよっ。

 戦況はどんどん悪化する一方だわ。

 こうなったら最終奥義『連続ぱんち』をお見舞いしたその隙を衝いての一点突破に賭けてみるしか無さそうね。

 これは一撃離脱の離れ技。

 何よりもタイミングが全てだから慎重に図らないと……


 あの余裕を見せつける様に押しては引く波状攻撃を掻い潜り、忌々しい武器が引く一瞬の間隙に賭けるっ!

 

 静かにカウントダウンを開始する。

 三……二……一……いまっ!




 交戦後記

 遂に実力行使に出たルイは、ノズルブラシの上面に肉球ぱんちを数回撃ち込むと瞬時に離脱して戦況を打破した。

 その仕草があまりにも可愛らしくて吹き出してしまい、悪ノリにも程が在ると悟った私は状況終了と相成りました。


 何処かに隠れてしまったルイを探したり、無理強いして構ったりするのは可哀想だから、いまはそっとして置くのが良いと考えた。

 そして安心させてあげたくて掃除機を手早く片付けると、ルイが逃げ込み少し残った一角の掃除を粘着ローラーで済ませる事にする。


 私がコロコロと掃除をしてると、動くものに誘われたルイが姿を現す。

 粘着ローラーに肉球がくっ付くのが面白いのか、ペタペタと貼り付けては離れる挙動を繰り返し、新しく覚えた遊びにご機嫌なルイは夢中でじゃれついてる。

 ルイ的にお気に入り遊びランキング上位にランクインしたようで、掃除が終わっても止めようとしないのだから、粘着ローラーを掃除用具としてでは無く玩具として認識したに違いない。



「勘違いも甚だしぃ」 完



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「陽だまりのにゃんこ」は不定期ながらシリーズとして執筆して参りたいと考えて居ります。

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陽だまりのにゃんこ ~勘違いも甚だしぃ~ 七兎参ゆき @7to3yuki

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