勘違いも甚だしぃ 3/4
ベランダで洗濯物を干し部屋に戻ると、ルイが可愛らしくストレッチしていた。
前屈姿勢で尻尾も立てて両手を伸ばし大きな欠伸をすると、流動的な一連の動作で後ろ足を交互にプルプルと小さく震わせながら、ゆっくりだけど入念に伸びをして身体を解す仕種はいつ見ても顔が綻んでしまう。
丸まって眠る事が多いからか寝起きに必ずとるこの行動は、習性なのだろうけど珍獣ではなく猫なのだと再確認できて妙に安心したりする。
暑い季節なんかは、まるで人間の赤ん坊みたくバンザイするポーズで、無警戒に仰向けになり手足を伸ばし寝てる事も在る。
そんな奇妙な寝相から起きた後にも同様にストレッチするから、習性と云うだけでは無く筋肉や関節をベストな状態にする為に必要なのだろう。
見慣れた仕種だけど毎日欠かさずエンカウントする訳では無いから、これが見れた日は得した気分になるんだよな。
そしてルイは準備完了とばかりにちょこんとお座りしてこっちを見て来る。
これはひょっとして遊んで欲しいってサインなのかな?
でも不確定要素の塊みたいなこの仕種は、近付くとサッと逃げるように距離を取られたり、擦り寄って小さな手でポンポンって小突いて来たりと、行動原理が不明で予想は当てにならない。
簡単に見極める方法は、目線を下げる為にしゃがみ「おいで~」って云いながら手の平をかざすと良い。
遊びたい気分の時は飛び跳ねる様に走って寄って来るし、逆にそんな気分じゃない時は小首を傾げキョトンとして静観する構えで近付いて来ない。
こっちの都合をルイは一切考慮しないから、さて「どうしたものか」と思案の
まだ家事は終わって無いから中途半端に切り上げる訳には行かない。
と云うより気持ち好く眠っていたルイを気遣って、大きな音を立ててしまうものは何も手を付けて無いのでやる事は山盛り残ってる。
それでもこのまま放っておくのは忍びないし、何より私が後ろ髪を引かれて精神衛生上好ましくないから、遊ぶのではなく休憩を兼ねて頭や喉を撫でてスキンシップするくらいなら丁度良いのでは無かろうか?
瞬時に頭の中で考えるとルイを呼んでみた。
そして。
あぁぁぁ。
残念ながら振られてしまい惨敗……
いや玉砕に近いのでは無いだろうか?
スキンシップ脳にシフトしてしまってるので、この仕打ちはダメージが半端ない。
この小悪魔にゃんこめぇ! どうしてくれようかぁ。
そうだっ!
これは制裁……もとい、躾けが必要と判断するのが妥当と思われる。
ここは主としての威厳を示さなければならない時なのである。
由って掃除機大作戦を発動するものとする。
ルイの嫌がる家事も片付けられて好都合だし、心が痛まない口実としても千歳一隅なのだ。
さぁルイよ。怯えるが良いぞっ!
あれぇ~? おかしいぞうぉ?
ご主人がお座りして「おいでぇ」ってしてる。
何か企んで気もするからあたちは緩衝地帯をキープしたまま、ちょっと様子を窺う作戦で行く事にする。
でもご主人はそれをガン無視で、手の平を揺らしながら呼ぶなんて卑劣だわっ。
そんな事されたらあたちだってスリスリしたくなっちゃうじゃない。
どうするあたち?
初志貫徹で行く?
衝動のまま、刹那に身を委ねる?
ここは思案の為所ね。
う~ん……
何か漠然とだけど、嫌な事が起こる予感は在るのよ。
あたちの嫌な事って何が在ったっけ?
えっとねぇ。
爪切りされるのとぉ……
お風呂で泡まみれにされるのとぉ……
抱っこされながらの爪切りって、抱っこだけは気持ち好いのだけど、肉球をぷにってされた後にパチンって云うのが怖いから嫌っ。
泡あわにされるのは、その前に暖かいお水を掛けられてびちょびちょなるでしょ?
おまけに最後にまた『ざばぁ』ってされて、全身ずぶ濡れにされちゃうのが嫌っ。
後ねぇ、タオルでガシガシ拭かれて『ぶおぉ』って暖かい風で乾かされる時の大っきな音も苦手なの。
でもねぇ。でもよ?
爪切りした後はマットに引っ掛からなくなって動き易くなるのと、泡あわさんすると痒くなくなるのは良いわ。
あっ! ご主人ったら爪切りと泡あわさんしようとしてる?
そー云えばいつもそうだったわね。
いつもあたちが嫌な事する前って、とても優しい顔して呼んで来るのよ。
まんまと騙されてお膝に乗っちゃうと、電光石火で豹変して悪魔の如き所業に打って出るから、このあたちの悪い予感は、ご主人が無体な真似するのを察知して警鐘を鳴らしてるのかも知れない。
はぁは~ん。今日はそんな易い手に乗ってあげないわよ。
そういう事なら決まりだわっ!
やっぱりここはプラン通り初志貫徹でご主人に近付いてあげないんだからっ。
優秀で賢いあたちをそう何度も欺けると思わない事ね!
ご主人の企てはお見通しなんだから、ここからは頭脳戦よっ。
きっと不意打ちオペレーションに失敗して強硬手段に移行するタイミングを計ってる筈だわ。
ご主人の些細な一挙手一投足も見逃さない様に常に視界の端に入れて、更には五感アンテナのセンシティビティを最大に引き上げ、一分の隙も無く臨戦態勢を保ったまま何食わぬ顔で偽装しなきゃ。
決して手の届かない距離をキープするのが大前提だから、一歩近付いて来たらその分だけ移動する必要が在るけど、その挙動も偽らないとあたちのアドバンテージが目減りしてしまう。
とするとぉ……どうしてるのが自然なのかしら?
そうそう。布石を打って置くのが良いんじゃないっ?
何かに夢中となってる感じを装って、小さな虫とじゃれてるみたいにフロアをパチパチしてれば、
我ながら良い作戦だと思うし『凄いでしょ?』って自慢したくなっちゃう。
やっぱりあたちの知性を以ってすれば、ご主人の企てなんか出し抜くのは簡単だし造作も無い事なのよっ。
ふふふ。いつでも仕掛けて来るがいいわ。
返り討ちにしてやるんだからっ!
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