第2話 行方

「実に奇妙かつ悲惨な事故だと言わざるおえません」


 テレビ越しの専門家の声がベットで横になった俺の耳の中で遠くこだまする。


「自動運転車両には何の異常も無く、事故の原因も不明であり、全くの手がかりが掴めない現状です」


「そして、それよりも奇妙なのが被害者の遺体が発見されなかった事です、事故当日は爆発音と閃光のようなものがあったとされますが監視カメラの映像を見る限りあの規模では人体を完全に消滅させる事は……」


 テレビの電源を落とすとゆっくりとベットから立ち上がりまだ、お香の匂いがする喪服を眺める。


━━━━━━━━━━━━━━━

───ヴェリタス自治区教会


「彼女の突然の死は確かに悲しみ、悼むべきであろう、しかし……」


 神父が聖書を片手に説教を解く中、コソコソと喋る声が微かに聞こえる。


「ねね……ご両親は来ないの?」

「シッ!髪色見てわかんない?孤児よ!ヴェリタス自治区に捨てられたの!」


「生徒会執行部に刃向かったからからだろ?」

「暗殺?そこまでやんの?アイツら」

「ちげーよ元書記長だったろ?粛清だよ粛清」


 震える手を膝の上で握り締めながら唇を噛み締める。


 こんなとこで暴れてもなんの解決にもならない。


「ちょっと良いかしら?」

「……はい、何でしょうか」


 暗い声を上げながら振り向くと、そこには朗らかな顔の女性が立っていた。


「貴方がレナの助手さん?」

「……はい、そうですね」

「そう、この度は……」


 形式的な挨拶が済んだ後、女性は部長の通っていた孤児院の先生だという事がわかる。


「あの子はメールで良くあなたの事を書いてたわ、小学校の時もよく遊んでくれたよね?」

「そうですね、あの時は楽しかったです」

「あの子もそう言ってたわ」


 昔話をしているうちに何かが込み上げてくるのを必死に抑える。


 それを察したのか、女性は途中から静かに頭を撫でてくる。

 その事が悔しくて情けなくて、涙が流れる。


 しばらくして落ち着くと女性が口を開く。


「実はね、あの子良く言ってたの、私の荷物はいずれ全部助手君にあげるって」


 女性はそう言うと写真を見せる。


「こんな量何だけど、もし良ければ……」


 俺は二つ返事でそれを了承すると、女性は何処か嬉しげに「ありがとうね」と呟く。


 少し奇妙に思ったが、その後葬儀はなんの問題もなく執り行われ、俺は部長の宗教の風習に沿って、彼女の最後に持っていたカバンと焼け焦げた白衣を返された。


 遺体が残ってないので遺品を骨壷に納めるそうだ。


 今、その骨壷は俺の部屋にある。

 そしてどうやら孤児院には骨壷を置かないらしい。


 ふと、壺に目をやる。


 素朴な白色の壺は変わり無くそこにある。



 筈だった。



 カタカタ……カタカタカタ……と、壺が微かに振動しているのだ。


「わッ!!??!?」


 恐怖と動揺からベッドから転げ落ちると、その衝撃で卓上から壷も落下してしまう。


「ちょっ!?えッ!!??蓋ッ!!」


 ツボの蓋が落下の衝撃で開き、中から光が溢れる。


「お化けッ!!?」


 光と共に震えながら壺の中から出てきたのは、彼女のカバンの中に入っていた本だった。


「この本……もしかして」


 俺は本を拾い上げると急いでページをめくる。

 本の中には大量の付箋と手書きのメモが貼り付けられていた。

 綺麗だとは言い難い字。間違いなく、彼女が書いたものだろう。


 ページをめくって行くと、綺麗な羽が貼り付けられていたページに辿り着く。


「羽が2枚無い……」


 5枚あったはずの羽がそこから消え失せており、残りの羽は相変わらず美しい光を放っていた。


 その時、部長との会話を思い出す。


『き、消えた……』

『正しくは"戻った"』


 その時、本から紙の切れ端ようなものが落ちる。


「……これは!?」


 切れ端には小さく走り書きでこう書かれていた。



『私は異世界に』



 瞬間、俺は彼女の遺品である本の山に手を伸ばし始めていた。


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───数日後


 部屋には古い本とハンダ、そして様々な薬品の臭いが充満していた。


 そんな中、俺は最後の1枚の図面を書き進めていた。


「羽は……位置記録装置だったんだ」


 極度の寝不足と精神的ストレスからかひとりごとをブツブツと呟きながらもペンを握る手はフラフラ、しかしスラスラと進む。


「その羽が記録してるレナ部長の居場所を抽出して、この世界の法則に変換する」


 図面の回路図は魔法陣のような紋様を描く。


「魔法陣は変換の"公式"」


 机の上に置かれたロボットアームにより自動でハンダ付けされている装置を指さす。


「回路はその信号を元に座標を計算する」


  大釜の中でブクブクと音を立てる液体をお玉ですくい上げて小瓶の中に詰め始める。


「溶液は短時間に放たれる莫大な魔力の人体への影響軽減を」


 溶液を詰め終えると、再び製図へと戻る。


「これで……出来た」


 書き上げ終えた図面を1枚ずつ拾い上げて、自室の壁に貼り付けて行くと巨大な1枚の図面になる。


 それは魔法陣の曲線と、現代的な直線が複雑に組み合わさったものだった。


「後は、部長の……レナの日記に書いてあった場所に行きさえすれば」


 そう言って小汚く汚れた服のまま図面や溶液、装置をバックにヨロヨロと詰めて、バックを背負ってドアを開いたその瞬間、全身から力が抜けてその場に倒れ込んでしまう。


 最後に目に写ったのは、安否確認の為に合鍵を手にしていたカル執行部長の冷酷ながらも豆鉄砲を食らった鳩のような顔だった。

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