4
───数日後
───
「お〜でかけお〜でかけうれし〜な〜!」
人気が無い田んぼに囲まれた大きな道を歩くのは、ハーリスと手を繋いだ彰子、そして二人の後ろを歩く昌巳たちだった。
「あ!ハーリスみてみて!ちょうちょ!」
「ここは田舎だからな。見た事のない虫がたくさん居るんだぞ?」
「ほんとう?じゃあようじおわったらいっしょにむしとりしよ!」
「………ああ」
楽しそうに歌いながら歩く彰子。しかし、その後ろでは昌巳は浮かない顔をしていた。
「………昌巳、君が気に病むことはない」
「シャズさん……でも」
「気持ちは分かるけど……仕方ねえよ」
「…………」
昌巳はハーリスと手を繋ぐ彰子を悲しげに見つめた。
今日、ハーリスたちがこの山に囲まれた小さな村にやってきたのには、理由がある。それは──この村の山にある寺で彰子に取り憑いている霊、
今、寺では巫女や神主、拝み屋たち数十人が彰子たちの到着を待っている。
ハーリスたちは夜眞斗が妨害を起こす可能性があると危惧していたが、なんと何も起こらなかったのだ。あの件以来目立った怪奇現象も無く、彰子は毎日のように誰も居ない空間に語り掛け、遊んでいた。
カメラを無駄にした……とシャズは少しだけ落ち込んでいた。あのカメラを買ったのはシャズだからだ。
そこに居るのに、あまりアクションを掛けて来ない夜眞斗に、ハーリスたちは訝しがった。
そして今日、ようやく儀式の準備は整った。
「彰子ちゃん……絶対悲しみますよね」
「悲しんで、オレたちを恨むだろうな」
「無理もないだろう……ずっと一緒に居た幽霊の友だちをこれから引き離し、浄霊するんだからな」
「なのに、ハーリスはそれを承知でやろうとしてる。一番辛いのはハーリスだろうよ。あんなに仲が良いのに、恨まれ役を買って出たんだから」
彰子から夜眞斗を引き離し浄霊する……それは、二人の別れを意味していた。
彰子には儀式のことを伝えていない。伝えたら抵抗することが目に見えているからだ。そのせいで夜眞斗が牙を向き、昌巳や周りの人たちが被害を受ける可能性だってあるのだ。だから敢えて黙り、用事と嘘を言って儀式場所であるこの村の寺へと向かっているのだ。
儀式が無事終われば、彰子は再び普通の生活へ戻ることが出来る。だがその変わり、ハーリスたちに怒りを向けるだろう。あんなに大切で信頼していた霊の友だちを引き離すのだから、当然だ。
まだ幼い子供だから、霊と共に暮らすその危険性を分かっていない。いつか分かってくれることを願うしかないのだ。
「(ハーリスさん……本当は彰子ちゃんの悲しむ姿は見たくないだろうに……)」
彰子に優しく笑うハーリスに、昌巳は泣きそうになった。
「………コレ終わったらさ、ハーリス慰めパーティーしね?」
「なんだそのパーティーは。私はやらないぞ」
「いいじゃねえか、たまにはパーッとして気分を晴らすのもストレス発散になるし!」
「……そうですね。アルバートさんの言う通りです。やりましょう!」
「よし買い出しは私と昌巳に任せろ。貴様は部屋の装飾でもしていろ」
「手のひら返し早すぎだろお前」
なんて後ろで会話をしているのもつゆ知らず、ハーリスと彰子は歩き続けた。
すると、
「………ん?」
ハーリスがいきなり足を止めた。彰子は首を傾げ「どうしたの?」とハーリスに尋ねる。三人も突然止まったハーリスに疑問を浮かべた。
「ハーリス?どうしたんだ?」
「………アレはなんだ?」
「え?」
ハーリスが前に指を差す。差した方向、その遠目に、三人の黒服を着た人が道を塞ぐように立っていた。黒装束に顔を黒い布で隠し、黒い頭巾を被った黒子のような格好をしている。
「あ?なんだありゃあ」
「財団……ではないな。あんな怪しい格好をした職員など見た事がない」
「もしかして、儀式の関係者でしょうか?」
「────いや違う、全員頭を伏せろ!!」
ハーリスの言葉に、シャズはすぐさま昌巳を抱き締めアルバートと共に身を屈めた。ハーリスも彰子を腕の中に居れ頭を下げる。
それと同時に、何かの斬撃が五人の頭上を通り過ぎた。道端にあった木が、綺麗な断面を見せながら倒れる。
「へえ〜、“切り鬼”の攻撃を躱すなんて結構やるじゃないか」
三人の黒子の後ろから別の人間が前に出る。
黒のブレザーを身につけ、短い黒髪に両目の下に泣きぼくろがある青年だった。青年は五人を見下し不敵な笑みを浮かべている。
ドシンッ
青年と黒子の背後に、大きな巨体をした浅黒い肌に一本角が生えた鬼が現れた。ボサボサの髪の隙間から恐ろしい形相が覗き、その右手には金棒ではなく大きい刀が握られていた。
「誰だテメェら!!いきなり何しやがる!!」
「はあ………これだから外人は。この僕を知らないだなんて」
「………!あの人、まさか──“
「?……知り合いか?」
「い、いいえ。父から聞いたんです」
昌巳は顔を青ざめながら青年、坂的遥輝を見た。
「坂的家は平安時代に陰陽師として活躍した術師の名家で、あの人はその坂的家の時期当主で術師界では有名だそうです………悪い意味で」
「何?」
「あの人は、至って大人しい怪異を殺し回ったり、人間と契約した怪異を無理矢理奪って自分のものにしたり、問題ごとを起こしたら金で揉み消したり、そのせいで他の術師さんたちから危険視されている人なんです!」
「そんな奴がここに現れたと言うことは………」
ハーリスは自分の腕の中に居る彰子を見た。
「?どうしたの?」
彰子は何が起こっているのか分からないのか、首を傾げていた。
「ねえ君たち、そのガキと取り憑いてる怪異を僕に渡してくれない?」
「何を言っている貴様。はいそうですかと頷いて渡すわけがないだろう」
「ここに一千万円ある。取り引きしようじゃないか」
と遥輝はアタッシュケースを見せ付ける。が、ハーリスたちは反応しなかった。
「断る。それに、彰子に取り憑いているものをなぜ欲しがるんだ」
「決まってるだろ?この僕の下僕コレクションにするためさ!」
「コレクションだあ?」
「より強く凶悪な怪異を集め下僕にすれば、僕は術師界で有名になり最強の術師となる。そうなれば僕に逆らう馬鹿どもは居なくなり、術師界の頂点に立つ存在になれるのさ!」
と高らかに笑いながらそう言い放った遥輝に、ハーリスたちは冷めた目を向けた。
「コイツ、バカなのか」
「金をすぐさま出す辺りクズだな」
「このド
「は、はい!彰子ちゃんこっち!」
「ハーリス……」
「大丈夫だ。すぐに終わるからな」
「………うん」
不安げな顔を浮かべる彰子を昌巳に預ける。ハーリスたち三兄弟は二人を守るように遥輝たちに立ち塞がった。
「無駄な抵抗は止めた方がいいよ?切り鬼が君たちを一瞬にしてバラバラに切り刻んで、」
その瞬間、遥輝たちの後ろに居た切り鬼の頭が吹っ飛んだ。
「………で?」
「なっ………!」
「その怪異は今、私に殺されたんだが?」
シャズの光の弓矢が切り鬼の頭を吹き飛ばした。頭が無くなった切り鬼は後ろに倒れ、動かなくなってしまった。
「へえ……中々やるじゃん。ただの怪異事件専門のスペシャリストじゃないな」
「ま、貴様よりかは強く凶悪な怪異をたくさん見て来たからな」
「泣いて逃げ出すなら今のうちだぜお坊ちゃ〜ん?」
ハーリスもコートの裏からサーベルを出し、アルバートも両手に銃を持ち構えながらせせら笑う。
余裕綽々な三人に、遥輝の顬に青筋が浮かんだ。
「おい!あの舐めた外人どもを始末しろ!」
「はっ!」
遥輝の命令に、三人の黒子が前に出て指で印を結ぶ。すると黒子たちの影から大百足や大蜘蛛の怪異、牙と鋭い爪を剥き出しにした大猿が現れた。
「貴様らはこの“影の三人衆”がお相手いたす!」
「我らの秘術を得と見───」
シャズはそのまま怪異に向けて光の矢を四本放った。その四本の矢は大猿と大蜘蛛の身体に二矢ずつ穴を開けた。
アルバートは銃からマシンガンに変え、大百足に容赦なく撃ち込んだ。そして頭部に容赦なくバズーカ砲をかまし、頭を吹き飛ばす。
「話す暇があったらさっさと攻撃を仕掛けんか馬鹿どもが」
「あっ」
気が付けば影の三人衆の前にハーリスが居た。ハーリスはサーベルを振り上げ、三人を切り捨て………てはおらず、サーベルの柄で三人を殴ったのだった。
一瞬にして意識を刈り取られた三人衆は、無様に地面に倒れ伏したのだった。
「安心しろ、峰打ちだ」
「いや殴っただけじゃん」
「サーベルを出した意味……」
「(よ、容赦がなさ過ぎる!)」
昌巳はあっという間に怪異と影の三人衆を倒したハーリスたちに、冷や汗を浮かべたのだった。
「ハーリスたち、すご〜い!」
しかしそんな昌巳の腕の中で、彰子だけは目を輝かせながらパチパチと拍手をしていた。
「さあ、お前だけになったぞ」
「くそっ!この約立たずどもが!」
倒れた黒子たちに悪態をつく遥輝に、ハーリスはサーベルを向ける。
「まあいい……やはりここは僕が片付けないとな」
「何?」
「僕の手持ちコレクションの中でも一番お気に入りの奴をお前たちに見せてやろう。光栄に思え!」
遥輝は不敵な笑みを浮かべながら右手で印を結び、ボソボソと呪文を唱え始めた。すると、遥輝の影がじょじょに大きくなり、そこから巨大な腕が生えてくる。
「え………何アレ……」
次第に姿を現したソレに、昌巳は青ざめた。
長い長い黒髪を生やした女の胴体に、下半身は黒色の鱗を持った蛇だった。その大きさは十五メートル以上あり、五人を血走った目で見下ろしていた。
「………コイツ、“
「ああ、久しぶりに見たな」
「堕ち神……!?」
堕ち神───
理性と神秘性を失った荒ぶる神のこと。原因は様々だが、主な理由は信仰の消滅であると言われている。堕ち神になった神はおぞましい化け物の姿に変貌し、人間も怪異も関係なく襲う大変危険な存在と成り果ててしまう。
「なるほど、堕ち神を使役するほどの力はあったのか」
「天才なのにもったいないねえな」
「間違った方向に才能を使うとは……救いようがないな」
「ごちゃごちゃ言っているのも今のうちだ!堕ち神!コイツらをぶっ殺せ!」
ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!!
堕ち神は乱杭歯を剥き出しにして三人に突進する。シャズはすぐさま昌巳と彰子を抱き上げ、ハーリスたちと共にその場から離れた。
激しい音と共に堕ち神が地面に激突する。その衝撃で地面は揺れた。
「念の為村の住人全員避難させといてよかったな!」
「ああ」
「シャズさん…!」
「昌巳、君はこの子と一緒に離れた場所に居てくれ。大丈夫、君たちのことは私が必ず守ってみせよう」
「シャズ!!イチャイチャしてねえで早く闘えよ!!」
「うるさいぞバカルバード!!」
「なんだそりゃ!!」
シャズは昌巳たちを開けた場所に降ろし、ハーリスたちの元へと戻り堕ち神と対峙する。
「堕ちたとは言え元は神だ。気を付けろ」
「オーケー!」
「私は右腕を狙う。アルバート、貴様は左腕をやれ」
「おう!」
ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!!
堕ち神は右腕を上げ、そして振り上げた。三人はバックステップで攻撃を避ける。打ち付けられた右手は地面を抉った。
「(なんてパワーなんだ……!)」
「おねえさん、ハーリスたち、だいじょうぶ?」
「あ、だ、大丈夫だよ!ハーリスさんたちはとっても強いんだ!」
「そっか、そうだよね!ハーリスー!みんながんばれ〜!」
彰子は大声を上げてハーリスたちを応援した。
「(でも、相手は理性を失った荒ぶる神………ハーリスさんたちが負ける姿なんて想像出来ないけど、かなり厄介な敵なのは間違いないんだ………)」
昌巳は不安そうに堕ち神と闘う三人を見つめたのだった。
「かわい子ちゃんが応援してるんだ、無様な姿は見せらんねーなあ!!」
アルバートはロケットランチャーを構え、そして引き金を引いた。物凄い音と共に発射されたロケットランチャーは、堕ち神の左肘辺りに着弾する。
ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!!!
撃ち落とされた左腕は、田んぼにボチャンと沈んだ。
悲鳴を上げる堕ち神。そのすきを狙い、シャズは光の弓矢を力いっぱい引き、放った。
矢は右腕の肩口から下辺りに当たり、撃ち落とされる。両腕を失った堕ち神に、ハーリスは地面を強く蹴って高く飛んだ。
サーベルで堕ち神の頭を跳ねるために。
………しかしその時、何十もの黒い何かがハーリス目掛けて飛んできた。
「!!」
襲い掛かるソレをサーベルで防ぐ。しかし体勢を崩したハーリスに、堕ち神の顔が接近した。
一瞬だった。ハーリスは空中で回避しようとするも、堕ち神はハーリスの左腕を見事に食いちぎったのだ。
「ぐあッ……!!」
「ハーリス!!」
地面に背中から転がったハーリスに二人は駆け寄る。肩から下が無くなった左腕から大量の血が流れていた。
すると、また黒い何かが三人を襲う。アルバートとシャズはハーリスを担ぐとその場から退いた。
地面に突き刺さったソレは、黒い鱗だった。
「コイツ、自分の鱗を飛ばせれるのかよ!」
「!!見ろ!!」
堕ち神の撃ち落とした両腕の傷口から、ズルリと新しい腕が生えてきた。
「再生力が高いのか……!」
「はははははは!!どうだ僕の自慢のコレクションは!!何十人もの民間人を犠牲にした甲斐があったってものだ!!」
「なんだと…」
「テメェ…!!」
嘲笑う遥輝に、シャズとアルバートは顔を険しくした。
「ハーリスさんっ!!」
左腕を噛みちぎられたハーリスを見て、昌巳はショックを受ける。
それを、彰子も見ていた。
「─────い、いやああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
彰子の悲鳴が村中に響き渡った。その声に全員の動きが止まる。
………そして、“彼”は現れた───。
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