───場所不明




「何?強い力を持った怪異に取り憑かれたガキが居る?」



広い和室で、上座に座る人影が反応する。その人影に頭を垂れた黒服の男はまた口を開いた。



「はい。その子供、宮島彰子は今エンドロック三兄弟と言う者たちの監視下に置かれたそうです」

「はあ?なんだソイツらは。しかし、強い力を持った怪異か……僕のコレクションに加えたいなあ」



ニヤリ、と人影は下卑た笑みを浮かべた。



「ガキもその三兄弟をぶっ殺して、その怪異を僕の下僕にしてやろう」











───場面戻り、とあるファミレス



「では話を戻すぞ」



ハーリスは頼んだスパゲッティを一口食べたあと、彰子に顔を向けた。



「“やまと”はどんな姿をしているのかな?」

「えっとねえ、おおきくてたかい!」

「大きくて、高い?」

「あとね、おぼうしかぶってるよ。かっこよくって、しょうこのおとうさんみたいにやさしいの!」

「お父さんみたい………え、つーことはまさか」



アルバートとシャズは顔を見合わせた。



「ソイツ、男なのか?」

「うん!“やまと”はおとこだよ!」

「おいおいマジかよ」



大きくて高い。つまり体格と身長のことを言っているんだろう。体格が良く、身長が高い、帽子を被った男の姿をした人型の怪異だと気付いたハーリスは、予想外のことに少し驚いたのだった。



「………どんな男性なんだ?」

「おかおはこわいけどやさしいよ!あとこのくらいながいのもってる!えっと、アレなんだったっけ………あ!このまえテレビでやってた“にほんとう”っていうの!」



両手を広げる彰子に、四人は頭を抱えたのだった。

体格も身長も良く、さらには日本刀らしき武器を携えている“やまと”と言う存在。想像すればするほど、恐ろしい外見が頭に構築していく。



「そういやあ、あの地下に居る怪異バラバラにされたんだったよな……」

「恐らくその日本刀で殺ったのだろう……」

「なんつーもんに取り憑かれてんだよこのガキは………」



アルバートは顔を青ざめながらパフェを口に運んだ。



「……彰子、君は“やまと”と会話出来るんだったな」

「うん!」

「“やまと”から何か聞かされてないかな?例えば自分自身の話とか、住んでた所とか」

「じぶん?んー……」



彰子は頭を傾け考え込む。



「あ!そういえば“やまと”、むかしがいこくにいってたんだって!」

「外国?」

「うん!なんかね、「おくにのためにたたかってたんだ」っていってた!」

「お国の……ため……」



ハーリスは眉を寄せ顎に手を添えた。その言葉の意味に、何か心当たりがあるようだ。



「ハーリス、スパゲッティ早く食べちまいなよ」

「……ああ、そうだな」

「この後買い物でもするか?」

「ああ。この子の服を買わないといけないからな」



その後、ハーリスたちは食事を済ませ、会計も終えファミレスから出たのだった。



「……なんか、さっきの人たち変わってましたね」

「ええ、特にあの三人の男性喪服着てたし……あとやけに背丈が低い男の子が居たわね」

「女の子は従姉妹かしら?」

「さあ……あ、それにもう一人居た男性、なんかめちゃくちゃ怪しかったわよね」

「え?」

「だって古そうな軍服に軍帽よ?アレコスプレかしら……」

「………なんの話してるの?」

「え?だから、あの女の子の隣りに居た男の話よ」

「………誰も居なかったわよ?女の子の隣り」

「…………………は?」



五人が出て行ったあと、ある女性店員二人はそんな会話をしていた。

そして、さきほどまで五人が食事をしていた席にある六つのコップ。彰子の隣りに置かれた六つ目のコップの水は、空っぽになっていたのだった。







「しばらくここが君の部屋だ」

「わーい!」



タワーマンション最上階。

ハーリスたちは住まう部屋に入り、ある一室を彰子に見せた。その部屋が今日から彰子が使う自室だ。



「はい。今日買った君の服と下着が入ってるからな」

「うん!ありがとうハーリス!」



彰子はハーリスから「しばらく共に暮らすんだ。お兄さん呼びではなく名前で呼んでくれ」と言い、遠慮なく名前で呼ぶことにしたのだった。



「さて、お前たち出来たか?」

「おう!バッチリだぜ」



彰子の部屋から出ると、アルバートとシャズが広いリビングやキッチン、廊下などに小さなカメラを設置していた。



「あの、何をしているんですか?」

「見ての通りカメラ設置してんのよ」

「怪奇現象が起きるかどうか、カメラで撮って確認するんだ」



と彰子には気付かれない位置にカメラを置いていく。これなら見付かることはないだろうとハーリスは考えた。



「あと昌巳、お前に頼みたいことがある」

「はい、なんでしょうか」

「日本支部の情報係じょうほうがかりに頼んで、彰子が最初に預けられた親戚の家を探してほしい」

「どうしてですか?」

「ファミレスで彰子は言っていただろう?“やまと”がその親戚の家の近くにある空き地に居たと」

「あ…!」

「その親戚の家の場所を見付ければ、“やまと”が居たであろう空き地も見付かるかもしれん」

「分かりました!連絡しますね」

「頼んだ」



昌巳はスマホを持って一旦外へ出たのだった。


その時、昌巳の背後を誰かが横切った。



「っ!?」

「………?どうした昌巳?」

「あ、えっと………なんでもない、です」



後ろを振り返ったが、そこにハーリスたちが居るだけで他に異変は無かった。

気のせいか、と昌巳は気を取り直して外へ向かった。



「ハーリスー!みてみてー!」

「ん?……もう着たのか?」

「うん!だって可愛いんだもん!」



部屋から出てきた彰子は、フリルが着いたワンピースを着ていた。それを見せびらかすようにクルリとハーリスの前で回る。



「どうかな?」

「ああ、とっても可愛いぞ」

「わーい!ハーリス、だいすきっ!」



彰子は、それはそれは嬉しそうな笑顔をハーリスに向けた。ハーリスも優しく微笑みながら、彰子の頭を撫でたのだった。






───夜



「すぅ……すぅ……」

「あらら、お姫様寝ちまったみたいだな」

「まあ買い物で動き回ったし、色々と疲れたんだろう」



夕食とお風呂を済ませた彰子は、大きなソファーに横になり眠っていた。そのあどけない寝顔に、三人は和やかな気持ちになる。

ちなみに昌巳は自分の家にタクシーで帰って行った。



「俺が運ぼう。お前たちもシャワーを浴びるなりなんなりしろ」

「はーい」



ハーリスは彰子を優しく横抱きに抱き上げると、彰子の部屋へと向かった。

両手が塞がっているため、闇の力を使って部屋のドアを開けようとする。と………



カチャン、ギイイイ………



「!………ありがとう」



突然ドアノブが回り、ゆっくりとドアが開いたのだ。ハーリスはかざしたドアノブから手を引っ込めるも、すぐさま冷静になり一応お礼を行ってから部屋に入ったのだった。



「すぅ……すぅ……」

「ふ……」



ベッドに優しく横たわらせ、毛布を掛けてあげる。眠る彰子の額を指で撫で、そして退室しようとした。



「………おかあさん……おとうさん……」

「!」



後ろから聞こえた声に、ハーリスは思わず振り向く。彰子はまだ夢の中だった。つまり、今のは寝言だろう。



「(……無理もないか。この子はまだ幼いうちに両親を亡くしたんだ。まだ一年しか経っていない。両親を求めるのは仕方のないことだ)」



唯一の肉親を数百年前に亡くしたハーリスにとって、その悲しみは嫌でも分かる。


今はソッとしておいた方がいいだろう。そう考え、彰子の部屋から出たのだった。


真っ暗になった彰子の部屋。ベッドに眠る彰子の閉じた瞼の隙間から、一筋の涙が流れる。


すると、暗闇から大きな手が現れ、その涙を指の腹で優しく拭ったのだった。






──翌日



「おはようございます!」



昌巳は部屋に入り、リビングで朝食を取っているハーリスたちに挨拶をした。



「おはよう昌巳」

「よっ」

「おはよう、今日も可愛いな」

「あ、あはは……ありがとうございます」

「まさみおねえさん!おはよう!」

「おはよう、彰子ちゃん」



彰子は先に朝食を終わらせ、壁にある大型テレビで子供向け番組を見ていた。



「ハーリスさん、昨日言ってたもの調べ終わったそうです」

「さすがだな。日本支部も仕事が早い」



ハーリスは食事を済ませコーヒーを飲みながら昌巳に目を向けた。



「何か分かったか?」

「はい。彰子ちゃんが最初に引き取られた親戚の家から徒歩五分ほどの場所に、広い空き地がありました」



と昌巳はタブレットをテーブルに置き、衛生で写した地図を開いた。



「ここが親戚の家です。で、この道を西に行きますと………この空き地に辿り着きます」

「やけに広い空き地だな」



スクロールしアップすると、そこには無駄に広い空き地が存在した。



「空き地を詳しく調べたら、実は七十年以上前、この土地に大きな屋敷があったそうです」

「大きな屋敷?」

「はい。この町ではかなり有名な名家が住んでいたみたいです。その時撮った写真がまだ存在していました」



と昌巳はタブレットを操作し、画面に白黒の古ぼけた写真を出した。


写っていたのは、高い塀に囲まれた大きな日本家屋の屋敷だった。



「その名家の名前は?」

「えっと、確か………“鳳凰寺家ほうおうじけ”ですね」

「鳳凰寺?大層な名前だなあ」

「その家の家族構成は?」

「父親と母親、そして長男と長女の四人のみですね」

「………家族の名前は分かるか?」

「はい。情報係の皆さんがそこも調べてくれました。えっと……鳳凰寺家当主の鳳凰寺清助ほうおうじきよすけ、その妻の鳳凰寺前子ほうおうじまえこ、そして───長男の鳳凰寺夜眞斗ほうおうじやまとと次女の鳳凰寺妙ほうおうじたえです」



ガタンッ



その時、四人のすぐ横の棚の上にあった置き物が一人でに倒れたのだった。



「えっ………」

「………長男の鳳凰寺夜眞斗と言う奴の情報は?」

「は、はい………鳳凰寺夜眞斗さんは、第二次世界大戦で戦死したと書かれています……」

「やはりそうだったか……」

「え?」

「“お国のために闘っていた”………昨日彰子が言っていた“やまと”の言葉だ」

「………あ!」

「お前………気付くの遅いだろ」

「そう言う所も可愛いぞ」



昌巳は分かってしまった。“やまと”の正体を。



「“やまと”は───鳳凰寺夜眞斗さん!?」

「昌巳、その家の家族写真はあるか?」

「あ、それが………実は鳳凰寺家は空襲を受け全部燃えてしまったそうなんです。そして、鳳凰寺家のご夫婦と長女の妙さんがその空襲で亡くなってしまっと書かれています」

「そうか………だが、これで“やまと”の正体はハッキリした。“やまと”は昔この土地に住んでいた名家の長男、鳳凰寺夜眞斗の霊だ。どう言った理由で彰子に取り憑いているのかは分からんがな」

「波長が合ったんじゃねえの?」



とアルバートはテレビに夢中になっている彰子に目を向けた。



「波長、ですか?」

「ああ。基本霊っつーのは一般人からは見えない存在なんだ。他の怪異も同じようにな」

「だが、ラジオの周波数のように、人間と怪異の波長が合えば、人間はその怪異を認識することが出来るんだ」

「だから彰子は夜眞斗が見えるのか」

「あの……彰子ちゃんと夜眞斗さんをどうするんですか?」



昌巳の言葉に、三兄弟は顔を見合わせた。



「無論………あの子から夜眞斗を引き離す」

「今回の調査依頼はそう言う内容だろ?」

「そ、そうですけど………」

「………昌巳、元々彰子はただの一般人の子供だったんだ。術も怪異にもなんら詳しくない、普通の女の子だ」



とハーリスは彰子に目を向け、話しを続けた。



「彰子が夜眞斗にとても懐いているのは俺も分かっている。だがな、夜眞斗が傍に居れば、彰子は普通の生活を送ることは出来んのだ」

「!」

「親戚をたらい回しにされてた話だけどさ、夜眞斗が起こした怪奇現象のせいでそうなったんじゃねえか?」

「私たちだって、あんな子から大切な友だちを取り上げたくはない。だが………」

「夜眞斗は他の人間には見えない。そんな見えない奴とずっと一緒に居たら、あの子は周りから変人扱いされ、人間の友だちも作れず社会に馴染めないだろう。それでは駄目なんだ」

「………………」



ハーリスたちの言葉に、昌巳は黙ってしまった。



「しかし、気になることがある」

「ハーリスもか。私もだ」

「え?」

「本来の霊なら、あの隔離部屋の結界を壊しかけるほどの力は無い。つまり、夜眞斗は普通の霊ではないと言うことだ」

「怪異を全員バラバラにしちまった前科もあるしな」

「田上家の中がめちゃくちゃになっていたのは、恐らくポルターガイストだろう。家の中にある物全てが倒れていたと聞いた。そんなパワーを持った霊は、今まで見た事がないぞ」

「………考えても拉致は開かない。取りあえず、彰子から夜眞斗を引き離す方法を考えないとな」

「ああ、そうだな」



ハーリスたちが会話する中、昌巳は彰子を見た。



「おもしろいねー、“やまと”」



彰子は誰も居ない隣りに向かって笑っていた。その姿に、昌巳は胸が締め付けられるような感覚に襲われたのだった。





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