狙う者、守る者



「昌巳っ!」

「!!お父さん!」



食事を終えてレストランから出ると、一人の男性が走って来た。黒いスーツに白髪混じりの短い髪をした三十代くらいの男性だ。



「よかった!無事だったんだな!」

「お父さん……ごめんなさい……」

「謝るな。お前に怪我が無くて本当によかった……」

「お姉ちゃんッ!!」



その場で昌巳を抱き締める男性の後ろから、小さい人影が現れた。長い黒髪をツインテールにし、フリルがふんだんにあしらわれたワンピースドレスを着ている。顔は可愛らしい顔立ちで、まだ小学生のように見えた。



花凜かりん……」

「はあ……はあ………ふんっ、また怪印のせいで周りの人に迷惑かけたの?」

「花凜ッ!」



花凜と呼ばれた少女は荒い息をすぐさま整えると、腕を組んで顔を逸らし冷たくそう言い放った。



「だから私反対だったの。お姉ちゃんみたいな根暗は大人しく家に居ればいいのよ。怪異がお姉ちゃんを狙って出てきたら周りの一般人にも被害が及ぶのに」

「いい加減にしなさい花凜!!」

「ああ失礼する」



叱る父親と花凜の間に、ハーリスが割って入ってきた。

ホテルに泊まりに来た客たちがハーリスたちに好奇の目を向けるが、後ろに立つシャズとアルバートが「見世物じゃないぞ」と言わんばかりに睨み付ける。それを見た客たちはそそくさとその場から離れて行ったのだった。


父親はハーリスとその後ろに居るシャズとアルバートを見た瞬間昌巳から離れ、花凜は知らない人間に警戒しているのか眉を寄せ腰に手をやった。



「あなた誰?」

「もうお前は黙るんだっ!……あなたがたがエンドロックさんですね。私はラズベリー財団日本支部の支部長を務めている影百合昌彦かげゆりまさひこと申します!」

「貴方が支部長か。俺はハーリス・エンドロック。こちらは次男のシャズと三男のアルバートだ」

「よっ」

「ちゃんと挨拶をせんか馬鹿者」



右手を上げ軽く挨拶したアルバートにシャズは頭を叩いた。



「この度は私の娘を助けて頂きありがとうございます!なんとお礼をすればいいか……本部からはエンドロックさんたちの話は聞いております!怪異事件のスペシャリストが来て頂けるなんてとても有り難い!どうぞ何なりとお申し付けください!」

「ではこの子を、影百合昌巳を俺たちの助手にくれないか?」

「…………え?」

「はあ!?」



昌巳の肩に手を置いてそう言い放ったハーリスに、昌彦はポカンとした。それを見て娘と同じ顔だな、と後ろに居たアルバートは密かに笑ったのだった。花凜も驚いたのかハーリスの言葉に声を上げる。



「そ、それはどういう」

「怪印のことは聞いた」

「!!昌巳っ!」

「あ……ごめんなさいっ!」

「昌巳を責めないでほしい。俺たちが無理矢理聞き出したんだ。………助手の仕事をさせるかわりに怪印を消す方法を、俺たちも協力して探そう」

「え………ほ、本当ですかっ?」



ハーリスの言葉に昌彦は喰いついた。その目には希望の光が宿った。



「怪異事件を一緒に追えば、もしかしたら怪印を付けた怪異の情報や正体が手に入るかもしれない。だから昌巳を俺たちの助手に着けてほしい。昌巳は俺たちが必ず守り抜くと誓おう」

「本当ですか?昌巳の……怪印を消す手助けを、してくれるんですか?」

「ああ。約束する」



力強く頷くと、昌彦は目に涙を浮かべながらハーリスに頭を下げた。



「よろしくお願いします!どうか昌巳を、怪印の呪いから救ってください!」



お願いします!と再度願いを込める。その姿に、ハーリスは昌彦の肩を優しく叩いたのだった。

すると、



「待ってパパッ!!」



花凜が昌彦とハーリスの間に入り、昌彦を睨み付けた。



「つまり、お姉ちゃんを怪異事件の調査に連れ出すってことだよね!?」

「あ、ああ」

「そんな……ダメっ!!絶対ダメッ!!」



サッと顔を青ざめ首をブンブンと横に振る。ハーリスは花凜の肩を叩き、自分に向かせた。



「なぜダメなんだ?」

「だ、だって、お姉ちゃんは鈍臭いし、それに怪印のせいで怪異に狙われやすい体質なんだよ!?そもそもお馬鹿なお姉ちゃんに助手なんて無理!あ、そうだわ!お姉ちゃんのかわりに私があなたたちの助手になる!」

「花凜!!何を言っているんだ!!」

「私がお姉ちゃんの怪印を解く方法を見付けるから……!」



花凜は右手を自分の胸に当て助手を志願し始めた。それを聞いた昌彦は花凜の両肩を掴みハーリスから離れようとする。

ハーリスは花凜を見つめたあと、フッと笑って花凜に顔を近付けた。



「お姉ちゃんが心配なのは分かるが……まだ君は小さい子供だ。だから君に助手は無理だな」

「なっ…!べ、別にお姉ちゃんの心配なんてしてないわよ!あと私を子供扱いしないで!!もう十歳のレディよ!!」



顔を真っ赤にして昌彦を振り解き、ハーリスに掴みかかろうとするも、ハーリスは花凜を笑いながら脇に手を入れ高い高いするように抱き上げる。それにムキーッ!!と更に怒り、ジタバタと両手足をバタつかせた。



「弄ばれてんな……」

「可哀想に」



それを後ろから見ていたシャズとアルバートは少しだけ花凜に同情の眼差しを向けたのだった。










「なあんだ、良い親父さんじゃん」

「ああ………俺たちの父親とは大違いだ」

「私たちに父親は居ない」



昌彦と花凜と共に昌巳は帰って行った。その三人の後ろ姿をハーリスたちホテルの外で見送る。



「あの妹……言い方はアレだが影百合昌巳のことを気にかけているようだったな」

「当たり前じゃん!実の姉なんだから。にしてもよかったな!明日から昌巳と一緒に仕事が出来るぜ!」

「そうだな………ん?」



すると、ハーリスのスマホから着信が入った。ラズベリー財団からだ。



「もしもし───ああ、あの空港の件、何か分かったのか?───何?」



ハーリスは眉を寄せ、しばらくしてスマホを切った。そして二人に顔を向ける。それに気付いた二人はハーリスに近寄った。



「どうしたんだハーリス」

「……空港で現れた怪異二匹だが、どうやら改造を施されたものだったらしい」

「改造怪異か!」

「あー、だから見た事の無い怪異だったのか」

「あと、あの怪異らの身体に操縦の術式が刻まれた跡があったそうだ」

「つまり、あの二匹の怪異は何者かによって操られていた……と言うことか?」



ハーリスたちは険しい顔を浮かべた。


改造怪異は、その名の通り怪異を改造した存在。道を外した術師が低級怪異を捕まえ、術で怪異の身体を改造し強化させる。またその際に操縦の術式を刻み、怪異を人形のように操り、人間を襲わせ、殺す者も居るのだ。



「では、あの改造怪異は何者かの手によって空港に現れたと言うことになるな」

「何のために?まさかオレたちを殺すため?」

「それは分からん。しかし、何か悪どいことを考えている輩が居ることは間違いない。シャズ、アルバート、しばらくは用心と警戒を怠らない方がよさそうだ」

「そうだな」

「日本に来て早々厄介事かあ〜」

「ふん、そう言うわりには顔がイキイキしているぞ。この戦闘狂が」

「ははっ、言ってろ」



アルバートはニヤリと悪い笑みを浮かべ、ベッと舌を出したのだった。











翌日───




一台の白いワゴン車がある一軒家の豪邸の前に止まる。


高い塀に囲まれ、しめ縄がついた大きな鉄製の門が侵入を防ぐかのように固く閉ざされていた。その門の扉には、まだ真新しい札が何枚も貼られている。そして門の柱の下には盛り塩が両側に備えられていた。

タクシーから降りたハーリスたちは、その門を見上げる。



「しめ縄に札……そして盛り塩があるな」

「結界を施しているようだ。恐らく怪異が入って来ないようにしているんだろう。ほら」



とハーリスは門の上を指差す。門の上、空中にヒルのような低級怪異が一生懸命何かを頭でぶつけていた。それは透明な結界のようで、結界を壊そうと躍起になっている。それを見かねたアルバートは銃を取り出し、その怪異を容赦なく撃ち抜いた。頭を撃ち抜かれた怪異はそのまま地面に落ちていき、死んだ。



「昌巳に引き寄せられたのかあ」

「そうだろうな。───昌巳、俺だ。迎えに来たぞ」



スマホを取り出したハーリスはこの門の奥に居るであろう昌巳に電話を掛けた。

するとしばらくして、重い音を立てながら門がゆっくりと開いた。



「すみません、お待たせしました!」



昨日と同じ学ランとキャスケット帽を身につけた昌巳がショルダーバックを抱えて走ってくる。と、



ぐしゃっ



「あっ」

「えっ…………わああああああッ!!何ですかコレ!?」

「低級怪異だ。さっきアルバートが撃ち殺した」

「あ!まさかさっきの音って」

「聞こえちまった?ごめーん」



死んだ怪異を踏んずけてしまった昌巳は、感触を消そうと地面に靴裏を擦り付けたのだった。



「そんなことより、早く仕事に取り掛かるぞ」

「昌巳、財団から怪異事件の情報が送られてきているはずだ。読んでくれ」

「あ、はい!」



昌巳はバックからタブレットを取り出した。そのタブレットの裏面にはラズベリー財団のマークが入っている。



「えっと、昨日の夜に一件送られて来た調査依頼です。ここから五キロ離れた場所にある倉庫で従業員の死体が三日前に見つかったそうです………死因は、何か得体の知れないものに食い殺された、と………」

「野獣ならともかく、何か得体の知れないものか……」

「怪異じゃね?だって財団から送られてきた殺人事件だし」

「調べてみないと分からん。行こう」

「そうだな。よーし、昌巳行こうぜ!」

「は、はい!」



ハーリスたちは待たせているワゴン車に向かおうとする。と、



「お姉ちゃん!」

「!……花凜?」

「あ、ツンデレ妹」



花凜が門の奥にある、大きな日本家屋の屋敷から走って来た。ハーリスたちの姿を確認するとあからさまに顔を顰める。



「またあなたたちね。まあいいわ………お姉ちゃん、これあげる!」

「え?うわっ」



昌巳に向かって何かを投げた。それを両手でキャッチする。手の中にある物を見た昌巳は首を傾げた。



「これ……キーホルダー?」

「そうよ。他に何に見えるのよ。男の子にプレゼントされた物だけど、ダサいからお姉ちゃんにあげるわ」

「あ、ありがとう」

「べ、別にお礼なんて要らないわよ!ふんっ!」

「花凜。物を投げてはいけないわ」



ヒイラギの葉をガラスの中に閉じ込めたキーホルダーだった。花凜はそのままそっぽを向くと、後ろから一人の女性が現れた。

黒く長い髪を簪で綺麗に束ね、桜の花が描かれた高価そうな着物を着ていた。顔立ちは美しく整っており色白で艶やかな雰囲気を放ち、赤い紅を唇に塗っていた。



「お母さん」

「ママ!」

「昌巳ちゃん、お仕事本当に行くの?」

「は、はい!」

「そう………絶対無理しちゃダメよ?怪異に襲われそうになったら真っ先に逃げて隠れなさい。絶対よ?港の倉庫なんて場所は暗いし、海がすぐ近くだから気を付けてね」

「はい、分かりました!」



昌巳は力強く頷く。母親は優しく笑みを向けたあと、「頑張ってね」と言って花凜を連れて屋敷に戻って行ったのだった。



「どうした?」

「あ……花凜がボクにこれを」

「………ヒイラギ……ああ、なるほどな」

「?」

「いや、なんでもないさ。さあ行こう。場所はどこだ?」

「‪✕‬‪✕‬港と言う場所です」



ハーリスは含み笑いを浮かべながら昌巳を連れタクシーに向かったのだった。


ワゴン車の助手席にハーリス、後ろの真ん中に昌巳、昌巳の左側にアルバートと右側にシャズが乗る。



「すまないが‪✕‬‪✕‬港に向かってくれ。ここから東に五キロだ」

「はい!」



ナビを起動させ場所を入力したあと、ラズベリー財団らしき黒スーツを来た男性は運転を始めた。



「…………………」



昌巳はチラリと右側に座るシャズを横目で見る。シャズは車の窓際に片膝を付き、何かを見ていた。それは銀色に光る素朴な十字架のネックレスだった。



「………あ、あの、」

「なんだ」

「そのネックレスは……」

「貴様には関係ない」

「う………」

「シャズ冷たくすんなよな!ごめんな昌巳、コイツと無理に仲良くすることはないぜ。サングラスもオレらの前でしか外さねえしな」



冷たくあしらわれた昌巳が身体を縮こませると、すぐさまアルバートがフォローした。そして昌巳に顔を寄せる。



「あのネックレスはな、オレたちの母さんの形見なんだ」

「え………」

「シャズが管理してるんだよ。だから常に持ち歩いてんの」

「アルバート、余計なことを言うな」



シャズがサングラス越しから睨む。しかしアルバートはどこ吹く風と言わんばかりに笑った。



「(ハーリスさんとアルバートさんとはすぐ打ち解けたけど………シャズさん、やっぱりボクみたいなのとは仲良くしたくないのかな)」



これから始まる助手としての仕事に、昌巳は少し不安を抱いたのだった。




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