エンドロック三兄弟
「ぇ──ごほっ」
口から大量の血が吐き出し、スマホが手から滑り落ちコンクリートの地面に落とす。ハーリスとシャズは目を見開き、昌巳は唖然とする。何が起こったのか分からなかったからだ。
ズルリと杭が抜かれると、アルバートはそのまま左横に倒れ伏した。その背後には、両手が巨大な鉄製の杭になっている怪異が立っていた。
「あ、アルバートさんっ!!」
「ダメだ昌巳!!出てはいかん!!」
「でもアルバートさんがあっ!!」
「別の怪異だと…!?」
アルバートに駆け寄ろうとした昌巳を背中で制止させ怪異から隠そうとするハーリス。シャズはまた光の弓矢を出し、怪異に構えた。
怪異は赤いアーモンド型の目を昌巳に向けている。先程の怪異より人間と同じくらいのサイズで、狼のような頭に黒い毛で覆われた姿をしていた。その怪異は、杭の両腕を構え三人に近付こうとする。
しかし、その片足を何かが掴む。
「おい………お前……」
怪異は下を向いた。さっき胸を突き刺し殺したはずの男が、なぜ自分の足を掴んでいるのだろうか。
「痛えだろうが……あ゙あ!?」
アルバートの拳が怪異の顎にヒットした。怪異はそのまま吹き飛び、地面に転がる。
「お返しだ!!!」
仰向けになった怪異の胸を踏んづけると、右手を怪異の腕と同じ杭に変形させた。そして、その腕を怪異の胸に突き刺す。
■■■■■■!!!
怪異の悲鳴が駐車場に響き渡り、防護服と軍服を来た人たちが集まってきた。
「このっ、クソ野郎がっ!!オレのっ、ダンディーな身体にっ、穴開けやがってッ!!」
「止めろアルバート。もう死んでるぞ」
グサグサと怪異を突き刺しまくるアルバートを、ハーリスは腕を掴んで止めた。怪異は穴だらけになり、もう事切れている。我に返ったアルバートは腕を元に戻した。
「はあ……はあ……」
「怪異がもう一体現れた。肉体が灰になるまでにこの死体を調べてくれ」
「はっ!」
防護服の人間にそう命じ、アルバートを連れて二人の元に戻った。
「あ、あ、アルバート、さん?」
「おう!アルバートさんだぜ!」
「穴空けられたばかりなのに元気だな」
「だってもうすぐ完全に塞がるから」
アルバートの言う通り、杭が刺さり穴が開いた胸は、まるで時間が巻き戻るかのようにじょじょに塞がっていき、穴が出来たスーツとコートの下に傷一つ無い身体が見えた。それを間近で見た昌巳は黒い目を大きく見開き、アルバートの顔と穴が空いたスーツを見比べた。
「え………どうして……」
「あー……なんて言ったらいいのかなー」
「ハーリス、この子は私たちと一緒に行動するんだ。話した方がいいと思うぞ」
「そうだな………昌巳、君が男装の理由と怪印を話してくれたように、俺たちも君に話さなくてはならない事がある」
「は、はあ………」
「行こう。あとのことは財団に任せよう」
「そうだな」
「オレスーツと上着に穴空いたから新しいのに着替えたいんだけど」
「ホテルに着いたらすぐ着替えればいいだろう」
ハーリスは昌巳の手を取ると歩き出した。その後ろにシャズとアルバートが着いていく。
「…………くそっ、なんだよアレは…!」
その四人を、物陰から忌々しげに舌打ちしながら覗く人影が居たことなど気付かずに。
○
17■■年───某国
とある小さな国の町で、一組の夫婦が元気な三つ子を産んだ。三つ子は全員男の子で、最初にお腹の中から出てきた子を“ハーリス”、次に出てきた子を“シャズ”、最後に出てきた子を“アルバート”と名付けた。
そして三つ子はすくすくと育ち、次第に個性が現れた。
ハーリスは大人しく静かであまり表情を表に出さず、
シャズは本を好み友だちをあまり作らず、
アルバートは元気で活発で、誰隔てなく接しする子だった。
三つ子でありながら性格がかなり違うなんて少しおかしく見えるわね、と母ミーシャは苦笑を浮かべながら三人にそう呟いたのだった。
そして、ハーリスたちが十五歳になった時、父親が愛人を作って家を出て行ってしまった。ミーシャはしばらく塞ぎ込んでいたが、ハーリスたちの支えもあり次第に元気を取り戻した。
そんなミーシャと自分たちの生活のために、ハーリスたち三兄弟は新聞配りや工場で働くようになり、貧しいながらも四人で助け合いながら平穏に暮らしていた。
母と過ごす優しい生活が続くと思っていた。
ハーリスたちが二十五歳になるまでは──
現在──日本
「俺たちが二十五になった日、奴は現れた」
高級ホテルのレストランで食事をしながら、ハーリスは静かに語る。丸いテーブルで四人はステーキを食べ、それをハーリスの向かいで座っていた昌巳は、ポカンとした表情を浮かべながらナイフとフォークを握っていた。その目の前には、美味しそうな極厚のステーキが手ずかずで皿の上に置かれていた。
ちなみに、アルバートはホテルにチェックインしてすぐ部屋に行き着替え済み。その間従業員や客に白い目で見られたのは言うまでもない。
「ステーキ食べないのか?」
「いや、あの………その話が本当なら、ハーリスさんたちって………」
「貴様の考えている通り、私たちは何百年も生き続けている存在だ」
「え、えぇ!?」
「………奴は俺たちの夢の中に現れ、こう言った」
その日、二十五歳の誕生日を迎えたハーリスたちは、同じ夢を見た。
宇宙のような星々が煌めく暗い空間。その目の前に、突然光り輝く巨人が現れたという。姿形は分からなかった。眩い光に包まれていたために、その姿を捉えることが出来なかったのだ。
「「やっと会えたね。私の可愛い息子たちよ」………とな」
「けっ、なーにが息子だ」
「えっと………話がまったく分からないんですが………」
「私たちも、その巨人の存在が何なのか未だに分からないんだ。だが一つ言えることは………ソレは、私たちや人間に遠く及ばない、“大いなる存在”と言うことだけだ」
「“大いなる存在”…?」
「奴はこうも言った。「自我を持った三つの概念がこうも立派に育つとは……やはり人間の胎を使って人の形に産み落とさせる方法は間違いなかった」と」
「三つの概念…?」
昌巳は更に困惑した。それを見たハーリスは苦笑する。
「何を言っているのか分からないだろう?確かにそうだ。こんな話誰だって分からないし信じないだろうな。だが、これを見たら少しは分かるか?」
とハーリスはフォークを置き、右手を差し出した。
すると、その右手のひらから黒い何かが現れ、スライムのようにウヨウヨしながら浮かんでいた。それを見た昌巳は椅子ごと後ずさった。
「ひっ……なんですかソレ…!」
「闇だ。俺は、「闇」を操る力を持っている」
「や、闇?」
「そうだ。奴は、「闇」「光」「混沌」の三つの概念を宿した俺たちを人間の胎………つまり、母さんを利用してこの世に産み落としたんだ」
ハーリスは手のひらを握る。手のひらにあった闇は握り潰されると煙のように消えたのだった。
「「闇」と「光」と「混沌」…?」
「私は「光」だ。あの空港でお前が見た弓矢は、私の光を操る力で形成した光の弓矢だ」
「オレは「混沌」!色んな武器を出したり身体を変形したり、とにかく色んな事が出来るんだぜ!」
「あ……あの銃とバズーカも?」
「すげぇだろ?」
昌巳は頭を一旦冷静にし、整理した。
ハーリスたちは1700年代から生きる存在で、三つの力を持っている。
ハーリスは「闇」を操り、
シャズは「光」を操り、
アルバートは「混沌」を操る………。
「え、凄……」
「だろ?やっぱお前見る目あるなあ!」
「レストランを貸し切りにしてよかったな、ハーリス」
「ああ。この話は部外者にはあまり聞かせたくないからな」
「えっと……貴方たちが凄い人なのは分かりましたが………アルバートさんの傷が治ったのはなぜですか?」
「………俺たちは、「闇」と「光」、「混沌」が概念としてこの世にある限り、決して死なないのだと奴に言われたんだ」
ハーリスは少し俯きながらそう呟く。その言葉に、昌巳はえっと息を飲んだ。
「じゃあつまり………ハーリスさんたちは不死身……と言うことですか?」
「そうだ。この世界に闇と光と混沌がある限り死なない。歳も取らないんだ」
「あの夢を見た日からオレたちはこの力を目覚めさせちまった。それ以来、オレたちは歳を取らなくなった。知り合いや友人が死んでいく中オレたちだけは、ずっとそのままの姿だった」
「そして……母さんが老衰で死んだ日、私たちは決意した」
「決意……ですか?」
ハーリスはワインを一口飲んだあと、昌巳に左目を向けた。
「俺たちを死に至らしめる、「確実な死」を探す決意だ」
「え!?死…!?」
「母さんが死んでさ……もう大切な人がオレたちを置いていくのを見るのが辛くなったんだ」
「だから、私たちは探し始めた。決して死なないと言われた私たちを死なせる方法、死を与えてくれる存在を」
「も、もしかして怪異事件を追ってるのは、」
「怪異のせいで泣いている人たちを助けるのも理由の一つに入っている。だが、怪異事件を追えば、もしかしたら「確実な死」が見つかるかもしれない。だから俺たちは恐ろしい怪異事件を相手にしている」
「最初は金目的で怪異を倒していた。母さんのために、金を手に入れて少しでも貧しい生活の負担を和らげるように」
「身体をバラバラにされたり毒盛られたりされたけど、どれも死ななかったよあ」
「そのせいである程度の毒の耐性がついてしまったがな」
とシャズとアルバートはステーキを食べる。
「あ、あの!怖くないんですかっ?」
「何をだ?」
「怪異も、死ぬのも、怖くないんですか?辛くないんですか?」
思わず席を立ち、昌巳は三人にそう問う。その問いに、ハーリスは顎に指を当て考える素振りを見せ、
「怪異より生きた人間の方が怖いし、大切な人を見送る人生の方が一番辛いな」
「っ………」
「でもこの仕事をやるからには人間の繋がりが必要だ。だから、覚悟の上でやっている」
昌巳は胸に重しが乗っかったような感覚を抱いた。少し悲しげに笑うハーリスに、自分はなんてことを聞いたんだろうと青ざめる。
「す、すみません……」
「いいんだ昌巳。さあステーキ早く食べた方がいい。冷めるぞ」
「コレすげぇ美味いぞ!あ、おかわりー」
「貴様は一体何枚食べる気だ!」
「いいじゃねえか別に!」
「お前たち、食事中に喧嘩をするな」
喧嘩を始めるシャズとアルバートを止めるハーリス。そんな三人の姿から、死を探し求めているなど微塵も感じられなかった。
「(この人たちは、今までたくさんの人の死を見たんだ……だから、辛いんだ)」
そう思うと、胸が締め付けられた。昌巳は席に戻りステーキを少しずつ切って口に運びながら、騒ぐ三人を見つめたのだった。
「ああ、この話は決して他人には喋らないでくれ。これを知っているのは現会長と会長助手くらいだからな」
「え、会長って……財団の?」
「そうだ」
「えぇ……(この人たち本当に色んな意味で凄い………)」
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