現れた怪異と昌巳の秘密
一瞬のことだった。血飛沫や肉片が近くに居た客や料理、テーブルなどに飛び散り、ウェイターは悲鳴を一つ上げる暇もなく、長く太い赤黒い柱に押し潰され、床と一体化した。
それを目撃した客や、アルバートたちも突然のことに目を見開き唖然とする。
しかし、ハーリスだけはすぐさま上を見上げた。
カフェレストランの天井………ちょうどウェイターが居た真上に、まるで空間に空いているかのような黒い穴がポッカリと現れていた。そこから、ややくの字になっている柱が生えている。………いや、それは柱ではなく、赤黒い肌をした大きな足であったのだ。その足元から大量の血が広がっていくのをハーリスたちは見た。
「きっ──きゃああああああああッ!!!!」
一人の女性客が悲鳴を上げた瞬間、カフェレストランは騒然と化す。客は悲鳴を上げながら店から出ようと駆け出した。中には床に倒れ踏まれる者も居れば、動きが遅い老人を押しのけ我先に逃げる者も居た。
「アルバートッ!!」
「おう!」
椅子から立ち上がったアルバートは、どこから出したのか銃を構え足に向かって撃ち始めた。パンッ!と言う銃声が何発もカフェレストランに響き渡る。しかし足は銃弾が当たっているにも関わらず、血は一滴も出ず怪我も付いていなかった。
「固ぇ足だなっ!」
アルバートは悪態をつき、発砲を止める。すると、足は穴の中に戻っていった。逃げるのかと思ったが、次の瞬間赤黒い大きな手が現れた。
「ひっ」
その大きな手は、アルバートではなく昌巳に向かって勢いよく伸びる。昌巳は身体を固まらせた。しかし、突然身体に衝撃が走り、視界が変わる。
「大丈夫か!?」
ハーリスがテーブルを越え昌巳を押し倒し、昌巳から怪異の手を避けさせたのだ。
「こんの……!!」
アルバートは手を下から思いっ切り蹴り上げる。上に跳ねた手はすぐさままた穴に戻っていき、そして穴はじょじょに大きくなっていった。
「おい!
「ここは狭い!ロビーに出るぞ!」
「オーケー!」
「昌巳くん、捕まっていろ」
「えっ……わあッ!?」
ハーリスは昌巳を横に抱き上げると、二人と共に荒れたカフェレストランから出た。
ロビーは何が起こったのかと客たちが集まってきている。
「馬鹿野郎ッ!!テメェらさっさと逃げろ!!死にてぇのか!?」
とアルバートが声を上げ、持っていた銃を天井に向けて乱射。そのおかげで客たちは悲鳴を上げながら逃げ始めた。そして次の瞬間、カフェレストランの窓や壁を破壊しながらソレは現れた。
五メートルはある程の赤黒い大きな身体、頭は牛のような形で角は黒く、目が四つあり右手には金属バットの形に似た棍棒が握られていた。
ロビーはすぐさまカフェレストランと同じような状況に陥る。逃げ惑う人々の中にスマホで怪異を撮ろうとしている人間が居れば、シャズが「さっさと逃げんかアホ!!」と怒鳴って背中を蹴り飛ばした。
空港のロビーはあっという間に人影は無くなり、ハーリスたち四人と怪異のみとなった。
「昌巳くん、君は財団に連絡をしてくれ!」
「は、はい!」
昌巳を降ろしたハーリスは背中を向け、怪異と対峙する。怪異はフスーッと鼻息を荒くしながら、四つの目でエンドロック三兄弟を見下した。
「牛かあー………終わったらステーキ食べに行かね?」
「貴様なあ、アレを見てよくステーキ食べたいと思えたな!」
「落ち着け。………コイツは一般人にも見えるタイプの怪異か。しかしなぜこの空港に現れたんだ?」
「知るかよ。ぶっ殺して調べれば分かるだろ!」
と、アルバートは肩にバズーカ砲を担いだ。スマホで財団に連絡し終えた昌巳は、アルバートが持つ武器に驚く。
「ば、バズーカ!?(いつの間に!?)」
それにさっきの銃もどこから出したんだろう?と疑問を抱く。
すると、怪異が動き出した。右手に持っていた棍棒で三人に目掛けて振り下ろした。三人は咄嗟に避けると、棍棒で打ち付けられた床に大きなクレーターが出来た。
「怪力かよ!」
「怪異は皆怪力だろう」
「いやそうだけどさあ!」
「見た目に合ったパワーだな」
怪異の人間離れしたパワーを目に昌巳は青ざめ床に座り込んだ。にも関わらず、ハーリスたちは呑気な会話をしている。誰一人焦ったような様子はない。
■■■■■■■!!!
ロビーに怪異の雄叫びが響き渡り、昌巳は耳を塞いでその場に縮こまる。と、怪異は三人から昌巳に四つ目を向けた。
そして三人を無視し、昌巳に向かって棍棒を振り下ろそうとした。
「ひっ」
逃げようにも、足がすくんで動けない。天井に向かって上がっていく棍棒に、昌巳は死を覚悟した。
しかし次の瞬間、怪異の身体の中心に大穴が空く。
「余所見をするな、馬鹿者が」
シャズの冷たい声が昌巳の耳に入る。棍棒は床に落ち、怪異はズシンと倒れた。ピクピクと数度痙攣したのち、怪異は次第に動かなくなり、事切れたのだった。
昌巳は何が起こったのか分からず、倒れた怪異の背後に居たシャズに目を向けた。
しかしそこに居たシャズの姿に驚愕する。
シャズは左手を前に出し、その手から綺麗に光る光の粒子が溢れ、それが弓矢の形を作っていた。怪異に大穴が開いた時、何か光るものが飛んだような気がするが………。
「あーー!!シャズお前何で怪異瞬殺するんだよ!!俺が殺りたかったのに!!」
「じゃあさっさとその武器で殺ればよかっただろう。まあ私の武器の方が威力があったようだがな」
「くっそぉ!破壊力抜群のバズーカ出した意味無ぇぇえ!!」
アルバートはバズーカ砲を床に投げ捨て、悔しそうに頭を掻きむしったのだった。そんな二人を呆然と見ていた昌巳だったが、すぐさま我に返りシャズに口を開いた。
「しゃ、ずさん」
「ん?なんだ?」
「その弓矢は………」
「見て分からないのか?弓矢だ」
「いや光ってる弓矢が何なのか聞いてんだよ」
「あの、術師なんですか?」
「いいや。術師ではない」
「え……」
「それより昌巳くん、怪我は無いかい?」
昌巳の質問を遮るかのように、ハーリスが声をかけた。
「え、あ、はいっ、大丈夫です」
「ならよかった。………ん?さっきの襲撃で包帯が緩んでしまったようだな」
「え!?」
「直そう。少しジッとしてくれ」
さっきの騒動で学ランの襟が外れたのか、昌巳の首に巻かれていた包帯が緩んでいることに気付いたハーリスは手を伸ばした。
しかしその手を、昌巳はパシンと叩き落とした。
「!」
「あっ、す、すみませんっ!でもこの包帯に触ったら……!」
「………すまないが、少し見せてくれ」
「え、わあ!?」
昌巳の様子がおかしい。包帯に手を伸ばしたら顔をこれでもかと青ざめ払ったのだ。ハーリスは何かを感じ、昌巳の包帯を無理矢理解いた。
「………!!君、これは」
「あ、あ、………」
「昌巳……お前ソレなんだよ……」
包帯が外された細く白い首筋が顕になった瞬間、三人は目を見開いた。
喉仏辺りの位置に、親指サイズくらいの桜の花のような形をした黒いアザが、くっきりと浮かんでいたのだ。
「まさかこれは……「怪印」か?」
「怪印だと!?」
「っ……」
「しかもそれだけじゃない」
とハーリスは昌巳のキャスケット帽を取り上げた。あっ、と昌巳が顔を上げた瞬間、丸メガネも取る。
丸い黒目にふっくらした唇、サラサラしたショートの黒髪、小さな顔が眼下に晒された。
「やはりな。君───女の子だったのか」
「え、ええええええええええええええッ!!??」
「うるさい!!」
可愛らしい顔立ちをした昌巳の顔は少女そのもの。そしてハーリスの言葉にアルバートは驚愕の声を上げ、シャズに背中を蹴り飛ばされたのだった。
○
「R」の下に十字架が重なったマークが着いたワゴン車やトラック、軍用車が空港の駐車場を占領する。ラズベリー財団だ。
ゾロゾロと白衣を着た者や防護服を身に付けた者などが空港内に入っていく光景を、ハーリスたちは駐車場にあるトラックに背中を預け眺めていた。
「やっと落ち着いた所で質問しよう。君、どうして男の子の格好をしているんだ?」
「あの……その……ボクの家、影百合家は代々長女は産まれた時から男として育てる掟がありまして………」
「変わった掟だな」
「それなー」
「……あの、いつからボクが女だって気付いたんですか?」
「君を抱き上げた時に、女性用のシャンプーの匂いがしたのと、身体の軽さからもしやと思ったんだ」
「あ……あの時の……」
「つーか可愛いじゃん!男として育てるなんて勿体ねえよ!」
「か、かわっ……ごほんっ…影百合家は最初に産まれた子を次の影百合家の跡取りにするんです。女だろうが男だろうが関係なく……だからボクは影百合家の次の跡取りとして育てられました。けど………」
昌巳は俯きながら首筋に手をやった。ちょうど、怪印がある場所に。
「怪印──上級クラスの怪異が稀に、特別な力を持った印を人間に付けることがある」
「確か、怪印を付けられた人間は金持ちになったり幸運に恵まれたりするんだっけ?」
「またその反対に、身体が著しく弱くなる、大切な人が死んだりするなどの不幸に陥る場合もある………」
「怪印の力は付けられた者によって様々だが、君の場合は……」
「………この怪印は、ボクが十歳の時に付けられたんです」
静かに語り始めた。
昌巳が十歳の頃、ある不思議な夢を見たと言う。赤い鳥居が数え切れぬほどある階段をなぜか登り、その頂上にある大きな神社に辿り着いた。そして───、
「朝になって目を覚ましたら………このアザが………」
「なるほど」
「神社って確か神が住むところだよな?まさかこの怪印付けたのって神みたいな奴ってこと!?」
「その夢から察するに、神格の存在かもしれないな。しかし、なぜそんな者がこの子に怪印を?」
「それは付けた本人に聞かなければ分からん。だが……君の様子から見て、その怪印は幸福を呼ぶものではないらしいな」
「…………あの夢を見てこの怪印が付けられた時から、ボクの身体は怪異に狙われやすい体質になってしまったんです」
「え!?」
やはりそうか、とハーリスは昌巳の言葉に額に手を当てた。
「さっきの怪異、ロビーやカフェにたくさんの人間が居たはずなのに、真っ先に昌巳を狙ってきた。しかも二度もだ」
「あ……そういえば」
「足で潰されたウェイター以外他の人間に目もくれなかったしな」
「低級怪異も関係なく、ボクを食べようとしたり殺そうとしたり………この怪印のせいで、ボクは怪異を引き寄せ周りの人たちを害してしまう存在になってしまったんです。さっきのウェイターさんも、ボクのせいで……!」
昌巳は顔に手を当てる。ぐすぐすと、顔を手で隠し泣いた。すると、
「んなわけねえだろ!」
「……えっ?」
「お前のせいなんかじゃねえよ!あのウェイターは不運にも怪異の下に居ただけだ。そもそもあそこに現れた怪異のせいだろ?お前が気に病むことはねえよ!」
とアルバートは昌巳の肩を叩いて笑った。シャズもアルバートの言葉に頷く。
「そうだ。そもそも、なぜあそこに怪異が現れたのか疑問だ」
「そ、それはボクの体質で」
「ああもう!それ無し!お前は自分をとことん責めるMなのか!?」
「え、えむ?」
「君はその怪印のせいで辛い目にあったんだな……そう思うのも無理はない。だがな、全部自分のせいにしなくていいんだ」
「ハーリスさん………」
「なあ、もし君が良ければ、我々と行動しないか?」
「え?」
「俺たちは色んな怪異と闘って倒してきた。君を狙う怪異が現れれば、俺たちが君を守る。それに助手も欲しかったしな」
「お!それ良いねー!むさ苦しい男ばっかじゃつまんないと思ってたところだし!」
「むさ苦しいは別として、怪印を付けた怪異ももしかしたら見付かるかもしれないしな」
「そんな………ボクには助手なんて……」
「やってみないと、分からないだろう?さあ、どうする?」
とハーリスは昌巳の頭を優しく撫でた。優しいその手付きに、昌巳の目はまた潤んでいく。そして、昌巳は意を決した。
「ぼ、ボク、この怪印を消したいですっ、皆さんに着いてって良いですか!?」
「ああ、良いよ。よろしく昌巳」
「よろしくな昌巳!仲良くしようぜ!」
「怪異事件は甘くはないぞ。だかまあ、最後まで私たちに着いて行く気があるなら守ってやる」
「お前何様だよ」
「あ、あの!これからよろしくお願いいたします!」
昌巳はバッと勢いよく頭を下げた。ハーリスは「よろしく」と昌巳の肩に手を置く。
「よーし!じゃあ今から四人でステーキ食べに行くか!」
「本当にステーキ食べたかったのか……」
「日本のステーキまだ喰ったことねえんだよなー。なあなあ、昌巳は喰ったことある?」
「あ、あんまり……」
「支部長の娘なのに?まあいいや。どっかオススメのステーキ屋無い?どデカい奴で美味そうな肉使った店探して喰いに行こうぜ!」
アルバートは三人の前に立って笑いながらスマホを取り出し検索を始めようとした。
その時、アルバートの胸に大きな杭が突き刺さった。
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