日本


怪異──


妖怪、悪魔、霊、神などの超自然的存在。それらを総じて呼ぶ。


恐ろしい姿形をしている者も居れば、人によく似た姿をした者も居る。人に危害を加える者も居れば、人を守る者も居る。草や花のように弱い者も居れば、命を多く殺すほどの力を持った強い者も居る。


千差万別、多種多様の怪異が、この世界に存在しているのだ。


一般の人間には怪異は見えず、認識もしなければ聞こえない。だが、そこに居る。怪異は人間の傍に、身近に居るのだ。


そして時として、人間では考えられない怪奇現象や殺人を起こし、恐怖を与える怪異が現れる。




その怪異に関係する事件を、人々は「怪異事件」と呼び恐れていた。











日本──跳田国際空港はねだこくさいくうこう



「久しぶりの日本だあ〜〜!やっほい!」

「うるさいぞアルバート」

「元気だな………」



到着ロビーではしゃぐアルバートに、近くに居た客は視線を向けた。


目を引くのも当然だ。なぜならはしゃぐアルバートを含め傍に居る二人も、着ている服が喪服のスーツだったからである。


喪服の理由もあるが、その三人は長身な上に顔立ちが整っているため、近くに居た女性客は三人に目を向け「外国の俳優?」「有名人の葬式に出るのかしら?」などと呟く人も居た。

その視線に、シャズは不快そうに顔を歪めた。



「日本に来てすぐに面倒事を増やす気か貴様は」

「いいじゃねえか別に。ほらシャズちーずちーず!」

「撮るな馬鹿者!スマホを向けるな!」



アルバートはスマホで空港内を撮る最中、シャズにもスマホを向けた。シャズは写真を撮られるのが嫌なのか怒鳴りながらアルバートを押しのけサングラス越しに睨み付ける。そんな二人を先頭で歩いていたハーリスが振り向く。その表情は冷めていた。



「騒ぐんじゃない二人とも」

「私は騒いでないぞ!」

「騒いでいるだろう。声を抑えろ」

「なあなあ、日本に来たのっていつだっけ?」

「話を聞け。………七十年くらい前だ。第二次世界大戦が終わって十年くらい経った時に来たような気がする」

「ああ、人がたくさん死んだ時代だったから嫌でも覚えているよ」

「そのせいか怪異事件も多かったよなあ。日本も戦争が終わって平和になっていった時期だけど、森林を無闇やたらに破壊して回って建物建てたりしてたから怪異がめちゃくちゃ怒ってたよな。あれ鎮めるのに結構疲れたぜ」



と会話をしながらロビーを歩く三人。するとハーリスは辺りを見回し始めた。



「確か迎えが待っていると聞いたんだが………」

「?時間は合ってるはずだ」

「………もしかしてさあ、アレじゃね?」



アルバートが指差す方向に二人は目を向ける。


人混みの中、「エンドロック御一行様大歓迎」と言うボードを持ってその場に立つ、小さな人影があった。



「………アレか」

「アレだな」

「財団の関係者?にしてはなんか若いって言うか。つーか小せえ!日本人ってあんなに小さかったっけ?」

「さあな。話し掛ければ分かるだろう。アルバート、行ってこい」

「ええ!?シャズが行けばいいじゃねえか!」

「ならば俺が行こうか?」

「……分かった分かった!オレが行くから!」



アルバートはスマホを片手にボードを持った人物に近寄った。



「ハロー!」

「っ!」

「オレ、アルバート・エンドロック!君財団の関係者的な?一人で来たの?」



と笑顔で明るく声を掛ける。しかし、



「あ、えっと、その……!」



カタカタと震え、ボードでガードするように構えてしまった。


黒のキャスケット帽を目深く被り、黒い学ランを着たまだ若い少年だった。帽子の下からは丸い眼鏡が見える。


アルバートは反対に怖がらせてしまったのかとあたふたする。そんな二人を、ハーリスとシャズは呆れたような顔をしながら近付いた。



「何をやっているんだ、アルバート」

「いやっ、何もしてねえよ!?」

「すまない。俺はハーリス・エンドロック。君はラズベリー財団の関係者か?」

「あ、は、は、はぃっ!」



少年はピシッと背筋を伸ばした。



「ぼ、ぼ、ボクは影百合昌巳かげゆりまさみと申しますっ!え、エンドロック様がたの出迎えをっ」

「ふ、少し落ち着こうか」

「は、はぃっ!すみません!」



ハーリックが苦笑しながら昌巳の肩を叩くと、昌巳は大袈裟に身体を跳ねらせ頭を下げたのだった。



「なんかキョドりすぎじゃね?あ、あっちにカフェあんじゃん!行こ行こ!」

「えっ!?いや送迎の車が待ってますし、」

「アルバート!」

「いいじゃん別に!飲んだり喰ったりしたら少しは落ち着くだろ?」

「…そうだな。俺たちも少し休憩するか。そこで話をしよう。車の運転手には俺から話しておく」

「……………ハーリスが言うなら」

「よっしゃあ!行こうぜ!」



その言葉にアルバートは満足げな顔をすると昌巳の手を引っ張ってカフェレストランに入って行ったのだった。その間昌巳は「あの」「えっと」といまだ戸惑っていた。



「……………なあ、あの子おかしくないか?」

「え?ああ、まあ、そうだな?」

「それに、少年にしてはやたら身体が細いように見えるし、声もやたら低いような気がする………俺の考え過ぎか?」



ハーリスは連れてかれる昌巳を、左目で観察するように見ていたのだった。






「めっちゃ美味そうなパンケーキじゃねえか!写メ写メ!」

「うるさいぞ。黙って食べんか」



カフェレストランの中央にある四人用のテーブルに座る。アルバートの右横に昌巳、その向かいにハーリスと左横にシャズが座った。

アルバートは注文した三段重ねのイチゴとクリームがたっぷり乗ったパンケーキに目を輝かせながらスマホで写真を撮る。それをテーブルで挟み、向かいで頼んだコーヒーを飲んでいたシャズは冷めた目を向けた。ハーリスもミルクティーを飲んで少し笑っている。



「昌巳は?頼まねーの?」

「ぼ、ボクは別に……」

「もう昼だぜ?あ、パンケーキ一つあげよっか!」

「え、」

「まだお腹空いてないとか?……ん?なあその首の包帯」

「あっ!えっとこれはっ」



昌巳はサッと学ランの襟から覗く包帯を手で抑えた。



「怪我でもしたのかよー。見た目の割にヤンチャだなあ」

「アルバート、あまりしつこく言い寄るんじゃない。………すまないな昌巳くん」

「い、いえ……」

「ちえー」

「………ラズベリー財団から、近年日本で怪異事件が多発していると連絡が入った。君はそれを知っているのか?」

「は、はい………一応、財団日本支部は、ボクの父さんが支部長してまして……」

「ああ!日本支部長の息子か!だから俺たちの出迎えしてこいって言われたのか?」

「はい……」



昌巳は俯きながら頷いた。



「資料は確認したが、財団に所属している術師たちに多大な被害が出ているようだな」

「はい、そうみたいです……」

「それほど手強い怪異が居たってことだよな?」

「ああ。日本支部ですら今処理が追い付かないほどらしいからな。だから私たちがここに呼ばれたんだ」

「本部にまで救援要請を出してきたんだ。事態はかなり深刻なんだろう。君も財団で働いているのか?」

「そ、そんな、ボクみたいな厄介者なんて……」

「厄介者?」

「い、いえっ、何でもないですっ」

「………ああ、すまない」



更に俯いてしまった昌巳を見たハーリスは、席を通り過ぎようとした女性のウエイトレスに声を掛けた。



「はい!どうなされました?」

「ホットのミルクココアを一つ注文したいのだが」

「ミルクココアのホットですね!かしこまりました!」



ウエイトレスは明るく笑いながら奥へと入って行った。それを見た昌巳は首を傾げる。

そして暫くして、



「お待たせ致しました!ホットのミルクココアです!」

「ありがとう」



先程のウエイトレスがミルクココアを持って来た。ミルクココアを受け取ったハーリスは、ソレを昌巳の前に差し出したのだった。



「えっ」

「俺が払う。このココアを飲んで落ち着きなさい」

「で、でもっ」

「ハーリスの言葉に甘えなよ昌巳!」

「そうだ。それに君は私たちに緊張し過ぎだぞ。肩の力を落とした方がいい。それに、どうせ長い付き合いになるんだ。少しは私たちに気を許したまえ」

「………あ、ありがとう、ございます……」

「ふ、熱いから気を付けてくれ」



昌巳は恐る恐るミルクココアが入ったコップを持ち、口を付ける。飲むたび少しずつ顔が落ち着いてきたのを見たハーリスは、微笑を浮かべた。



「美味しい……」

「そりゃよかった。俺もミルクココア頼もっかなあ………あ!そこのウェイターさーん!」



パンケーキをいつの間にか完食していたアルバートが手を上げ、ウェイターに声を掛ける。




その瞬間、アルバートの目に映ったウェイターが潰れた。



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