ダークライトカオス

ゆきな

死を探そう


18■■年──

某国──とある漁村



目の前に青い海が広がる小さな漁村。ニャアニャアと鳴きながら夕日の空を飛んでいるウミネコの姿はまさに神秘的だった。そのウミネコたちの下に、ポツンと小さな船が海に浮かんでいた。船には黒い服に身を包んだ三人の男たちが、目元を赤くしながら乗っている。そのうちの一人は、小さな壺を大切そうに腕に閉じ込めていた。



「…………なあハーリス、オレたちは何で普通じゃないんだよ」



眼鏡を掛けた男は前に座る男にそう呟いた。


男の茶髪が、潮風でゆらりと揺れる。



「…………母さんの前で変な事を言うな、アルバート」

「その母さんが寿命迎えて、今日灰になったんだぞ?なのにオレたちは……!」

「止めろ」



ハーリスと言う男の肩を掴もうとしたアルバートは、左から伸びた手によって制止された。



「シャズ…!」

「ハーリスは今、母さんの遺灰を持っているんだぞ」

「っ!」



シャズと呼ばれた男の言葉に、アルバートはハッと我に返り、静かに身を引いた。



「ハーリス、母さんの遺灰を海に……」

「ああ……分かっているさ」



左目を包帯で巻いているため、右目で青い海を見詰めるハーリス。手に持っていた壺の蓋を開け、海に乗り出しその中身を放つように壺を逆さまにした。


サラサラと壺から遺灰が落ち、海に流れ、そして消えて行った。



「さよなら……母さん」



ハーリスがそう呟くと、後ろでアルバートは泣き崩れ、それをシャズが背中を優しくさすって慰めたのだった。彼も涙を流している。ハーリスも、静かに泣いていた。









「母さん、九十八歳で死んだな」

「ああ、長生きした方だ」

「本当に最後まで良い人だった」



その後、三人は浜辺に寝転がり、日が暮れていく空を見ていた。服に砂が付くことも構わず、どちらも更に目を赤くして愛していた母の話をしていた。



「オレたち、葬式で孫って間違われたよな。本当は母さんの息子なのに」

「私たちはもう七十五だが、見た目は二十代の若者だ。間違われるのは当然だろうな」



とシャズは遠い目をしながら呟いた。するとハーリスも口を開き、重い声を出す。



「もう、俺たちだけになってしまったな………知り合いも友人も皆消えてしまった。残ったのは俺たち兄弟のみだ」

「………ああ、そうだな」

「はあ……なんでオレたち年取らなくなったんだろう………この力が使えるようになった日から、銃で撃たれても死ななくなったし」



とアルバートが身を起こし左手を上げると、手の平から鋭く光るナイフが出現した。それを右手で引っこ抜き、クルクルと器用に回し遊ぶ。



「なあハーリス、オレたちこれからどうすればいいんだ?この力を使って、化け物どもを狩って母さんを支えてたけど………その母さんも死んじまった……オレたち、これから何のために生きればいいんだ?」

「………アレは俺たちに言った。「宿る概念がこの世にある限り死なない」と」

「?ああ、言ったな」



ナイフを砂浜に投げ捨て項垂れるアルバート。するとハーリスは砂を払いながら立ち上がり、二人に左目を向けた。



「前の依頼を覚えているか?三人とも身体をズタズタにされた日のことを」

「あー………アレめちゃくちゃ嫌な思い出ぇ……」

「強敵だったな。長時間の闘いの末三人がかりでやっと倒した」

「あんな強いものが居たんだ。もしかしたら、俺たちよりも強く凶暴で、殺すことが出来る奴がこの世界のどこかに居るかもしれない」

「!ハーリス、まさか」

「シャズ、アルバート、探そう。俺たちが死ぬ方法を、確実に死に至らしめる存在を」



ハーリックの言葉に、二人は驚いた。



「何言ってんだよ!アンタ母さんが死んだからって自暴自棄になったのかよ!」

「なっとらん」

「ではさっきの言葉は一体なんだ!?正気を疑うぞ!」

「………考えてもみろ二人とも。俺たちは本来なら年老いている年齢だ。だが力が現れた瞬間から老いは止まり、殺されようがすぐに傷は塞がり止まった心臓は再び動き復活する。そんな人間、この世に居ると思うか?」

「それはっ……」

「きっと、おそらく、俺たちは生き続けるだろう。途方もない、長い長い時間をな。時代が変わる中俺たちのみ変わらず取り残される。大切な人にも、先立たれるんだ………本当にそれでいいのか?」



その言葉にシャズとアルバートは黙った。



「で、でも、オレたちは死なないってアイツがっ」

「だから探せばいいんだ。「確実な死」を」

「「確実な死」…?」

「死は生きる者に平等にあるものだ。俺たちに無いなんて有り得ない。無いなら探すのみ。それが俺たちの、唯一の救いになるはずだ」



ハーリスは二人の肩に手を置いてそう言い放った。シャズとアルバートは互いに顔を見合わせ、そして意を決したような顔付きになってハーリスを見た。



「分かった。探そう、私たちが死ぬ方法を」

「ああ!母さんをあの世で一人残すのも可哀想だしな!」



その言葉にハーリスは優しく笑みを浮かべると、二人を引き寄せ抱き締めた。シャズもアルバートも腕を回し抱き返す。


沈みゆく夕日の光が、浜辺に居る三人を照らしていた。





その日から、三人は途方もない長い旅をすることになる。国が変わり、時代が変わり、人が変わっていく時間の流れの中を。



ただ一つ、自分たちの「確実な死」を探すために。人智を超えた怪事件を追っては殺したり殺されたりする日常をくり返りながら、彼らは探す。



何十年、何百年経とうとも───。











202■年───現在

アメリカ合衆国───ラズベリー財団本部



「オレゲームの続きしたいんだけどー」

「我慢しろ。ほらさっさと歩け」

「はあ〜………かったる」

「文句を言うんじゃない、アルバート」



真っ白な長い廊下の真ん中を堂々と歩く、三人のトレンチコートの男たち。白衣を来た人々は、彼らを避けるように壁や窓の際に移動した。

その時、若い女性がきょとりとした顔をしながら、奥へ消えていく三人の背中を見つめた。



「あの、先輩……あの人たちは一体誰なんですか?」

「あ、ああ……お前入ってきたばっかだから知らねえよな。あの人たちはエンドロック三兄弟って言う三つ子で、このラズベリー財団の会長と知り合いであらゆる怪異事件を幾つも解決している超優秀な怪異事件専門のスペシャリストだ。真ん中に立ってる眼帯の男が長男のハーリス、右側に居るのが次男のシャズ、左側に居る男が三男のアルバートだ。かなり仲が良いのか常に三人で行動してるんだよ」

「兄弟!?しかも三つ子!?だから髪の色とか同じなんですね。へえ〜……あ、あの人たち、着ているのもしかして喪服ですか?」

「ああ、俺がここに入社した時からずうっとあの三兄弟は喪服のスーツを着てる。どんな意味があるのか分からないがな。………あと、こんな噂話があるんだ」

「噂話ですか?」

「エンドロック三兄弟は………もう何百年も生きている不死身の怪物だって言う噂話だ」

「えぇ!?いや、いやいや、まさかあ」

「………実際、あの三兄弟のうち一人が悪魔と闘った時に身体が真っ二つに引き裂かれたのを財団の新人が見たらしい。でも………その真っ二つになった身体が、まるで時間が巻き戻るかのように引っ付いて、何事も無かったかのように元気に動いたんだとよ。その新人はすぐに辞めちまった。…………俺の、弟だ。アイツ心底怯えた顔をしながら話してくれたよ」

「……………冗談、ですよね?」



女性はサッと顔を青ざめる。研究員は何も言わず、複雑な表情を浮かべながら、消えゆく三人を見つめたのだった。









会長室と書かれた大きな両開きの扉を無造作に開ける。



「来たぞ。ジョセフ」

「ああエンドロック様がた。どうぞおかけになってください」



三人は、高価そうな調度品にシャンデリアが着いた広い部屋に入る。



ショートをオールバックにし、前髪を少し出した髪型に灰色のトレンチコートに黒縁眼鏡をかけた男は気怠げに欠伸をしながら入り、


顎先まで伸ばした外ハネの髪に、黒いサングラスを掛けベージュのトレンチコートを着た男はオールバックの男の背中を強く叩き、


首元まである少し毛先が跳ねた茶髪に右目に黒い眼帯を着け、黒色のトレンチコートを肩に羽織った男は、喧嘩を始めた二人の頭に拳骨を下ろし制止させた。



三人ともよく似た茶髪をしており、一人はサングラスを掛けていて分からないがあとの二人は透き通るような青色の瞳をしていた。また全員顔立ちがよく整っており、背は高く筋肉も程よく付いていた。



「いてぇよハーリス!コイツが先にやって来たんだろうが!」

「貴様はもう少し礼儀を知れ!今何歳だ!?」

「百超えた時に数えなくなったから分かんねえよ!」

「うるさいぞ。もう一発逝くか?」

「「すみませんでした」」

「………すまないジョセフ」

「いえいえ、相変わらず仲が良さそうですな」



ギラリと左目が怪しく光った瞬間争っていた二人は頭を下げ静かになる。

それを笑いながら見ていた七十代くらいの老人男性は杖をつきながら接客用ソファーに近寄る。汚れが無い白いスーツに白髪をオールバックにし、顎髭を蓄え温和そうな表情がよく似合っている男性だった。

すると、部屋の奥から同じ白いスーツを着た青年がワインを片手に現れた。



「イタリアから取り寄せた最高級ワインです。どうぞお召し上がりください」

「サンキュー!」

「ジョシュア、元気そうで何よりだ」

「祖父の仕事の手伝いは慣れたかい?」

「はい。まだまだ学ぶことがたくさんありますが」



プラチナブロンドの髪に金色の目をした美丈夫の青年はニコリと笑いながら、用意したワイングラスにワインを注いだ。


ソファーに座った三人を、テーブルを挟んで向かいのソファーに座ったジョセフと言う老人は、この世界有数の大企業「ラズベリー財団」の創始者でもあり、現会長でもあった。


そしてプラチナブロンドの美青年、ジョシュアはジョセフのたった一人の孫息子であり、ラズベリー財団の後継者でもある。今はジョセフの助手として働き、財団の仕事を学んでいた。



「うっまあ!コレ最高のワインだな!」

「アルバート……」

「ははは、いいんですよシャズ様。お気に召したようで何よりです」

「………それより、話とはなんだ?」



コトリとワイングラスを置いて、眼帯の男ハーリスは左目を真っ直ぐジョセフに向けた。

ジョセフはすくさま笑みを消し、真剣な顔付きに変える。



「実は、近年日本で怪異事件が多発しているそうなんです」

「何?日本で?」

「はい。ジョシュア」

「はい会長」



ジョシュアは何十枚も束ねられた資料をジョセフに渡し、ソレをすぐさまハーリックたちに差し出した。



「この一年で実際に日本で起こった怪異事件を調査した資料です」

「拝見してもいいか?」

「もちろん」



ジョセフが頷いてすぐにハーリックは資料を手に取ると、一枚一枚ゆっくり捲った。



「…………死者がたくさん出ている事件が二ヶ月に五件起きたのか。どれも解決しているみたいだが………」

「日本には財団の支部があるんだろ?それに日本は術師や退魔師とか多いし」

「………その術師と退魔師がこの一年で百人も亡くなったようだ。犠牲を払って解決したものが大半だな」

「え!?」

「どう言うことだ?日本の怪異は、外国の怪異より比較的穏やかで平和を好む者が多いはずだ」

「はい。しかし現に日本では怪異や、その怪異と手を組んだ人間による事件や犯罪が多発しており、日本支部の職員と所属する術師や霊能力者では対処し切れなくなっているようです。しかも、日本に居るはずのない外来怪異が現れたと言う目撃情報も上がっています。そして昨日、日本支部から救援要請が入りました。「怪異事件に長けたスペシャリストを急いで呼んで欲しい」………と」

「なるほど……話は分かった」



資料を閉じ、この部屋に来て初めて、ハーリスは笑みを浮かべた。



「シャズ、アルバート、日本へ行くぞ。そこに、俺たちが探し求めている「確実な死」が見付かるかもしれん」



長男の言葉に、弟たちも笑ったのだった。





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